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Aisihaiti Kelimubai
【現職】
中共第16期中央委員候補、新蛮ウイグル自治区委副書記
【生年・出身】
1947年1月 新蛮伊寧 カザフ族
【学歴】
新彊大学数学系(1970年卒)
【略歴】
1970年‥・8月 新彊ウイグル自治区伊寧県牧場幹事、同県文化教育局幹事、伊犁地区党委
組織部副部長、伊犁行政公署副専貝、伊犁師範学院党委書記、伊犁カザフ自治州長、同州 党副書記などを歴任。
1975年…11月 中国共産党入党
1993年・‥1月 新顔ウイグル自治区人民政府副主席選出、伊型カザフ自治州長、同州党委
副書記兼任
1996年・‥2月 新蛮ウイグル自治区委副書記
1997年・‥9月 中共第15回全国代表大会で中央候補委員に選出
2002年…11月 中共第16回全国代表大会にて中央委員候補に再選
カザフ族と行政公署
カザフ(Kazak)族は新盤ウイグル自治区に住むトルコ系イスラム少数民族で、2000年の人口
は125万人である。
アシハテ・クリムバは1970年代から一貫して、地元新彊自治区で活動し、カザフ自治州副書
記から、新顔自治区委副書記にまで上りつめている。クリムバは行政公署の副専貝出身で、 地方ではこの行政公署経験者がその後の昇進のキャリアコースとして注目される。中央委員、 候補委員の中で、行政公署専員経験者は多い。
Abulahat Abdurixit
【現職】
中共第16期中央委員、新彊ウイグル自治区人代常委主任、全国政協副主席
【生年・出身】
1942年3月 新彊伊寧 ウイグル族
【学歴】
新彊工学院電子自動化系(1965年卒)
【資格】
高級工程師
【親族】
夫人は医師、長男は外留学校を卒業し貿易会社に勤務、長女は新彊財経学院を卒業
【略歴】
1960年・‥7月 中国共産党入党
1965年・・・9月 新彊ウイグル自治区政府建築監察設計院技術員、同専業組組
長、同技師、同副院長、自治区政府計画委員会副主任、同党組メンバー、同党組書記などを
歴任
1991年…8月 新蛮ウイグル自治区人民政府副主席に選出
1993年…1月 新顔ウイグル自治区人民政府副主席に再選
同年11月 新蛮ウイグル自治区人民政府主席代行、中共新彊ウイグル自治区委員会副書記
任命
1994年…3月 新盤ウイグル自治区人民政府主席に選出
1997年…9月 中共第15回全国代表大会で中央委員に選出
2002年…3月 全国政協副主席に選出
11月 中共第16回全国代表大会で中央委員に再選
2003年…新彊ウイグル自治区人代常委主任
【新彊ウイグル自治区】
新顔ウイグル自治区は人口の56%がウイグル族で、中国最大の少数民族自治区である。そ
のため、新彊では、党要害記は中央からの漢民族(現在は王楽泉 政治局員)の派遣である が、省長に当たる区政府主席はウイグル族が担当という慣習が定着している。中国における 少数民族の尊重は党委書記も少数民族が占めるようになって初めて定着するといえよう。
Ismail Amat
【現職】
中共第16期中央委員、全人代副委員長
【生年・出身】
1935年9月 新顔ウイグル自治区策勒
(テラ)ウイグル族
【学歴】
中共中央高級党校新彊班(1960年卒)
【略歴】
1953年…8月 中国共産党入党
1963年…ホータン地区委宣伝部副部長
1971年…新顔ウイグル自治区委書記兼組織郡部長
1979年・・・同自治区人民政府主席
1986年…国家民族委員会主任
1988年…第7期全国政協副主席、同民族委副主席に選出
1992年…1月 中国少数民族対外交流協会名誉会長を兼任
10月 中共第14回全国代表大会で中央委員に再選
1993年・‥3月 第8期全国代表大会で国務委員に選出、国家民族事務委員会主任(〜1998
年3月)
1997年・‥9月 中共第15回全国代表大会で中央委員に再選
1999年…1月 全国擁軍優属擁政愛民(双擁)工作指導小組長
10月 全国老齢工作委員会副主任
2002年…11月 中共第16回全国代表大会にて中央委員に再選
2003年…3月 国務委員解任、全人代
副委員長に就任
【少数民族の代表】
司馬義・文買捉は1973年の10期から7期連続で中央委員に選出されている新顔ウイグル出
身の少数民族を代表するリーダーである。1985年までは地元新彊で長く勤務してきたが、1986 年以降、国務院国家民族委員会主任に就任し、以後、1998年3月、李徳沫に譲るまで務めて きた。2003年3月まで少数民族担当の国務委員として、少数民族対策で主要な役割を担って いたが、2003年3月に解任されている。また、トルコ協会、エジプト協会などの友好団体の会長 を務め、中東・イスラム社会との対外交流にも斥力している。
Ismail Tiliwaldi
【現職】
中共第16期中央委員候補、新顔ウイグ
ル自治区委副書記、同自治区主席
【生年・出身】
1944年11月 新顔疏附 ウイグル族
【学歴】
新彊大学数学系(1967年卒)
【略歴】
1969年…1月 新盤ウイグル自治区疏附県トラクターステーション
1973年…9月 同県委組織部幹事
1975年…5月 中国共産党入党
1976年…11月 新顔ウイグル自治区喀什地委組織部幹事
1983年…10月 新顔ウイグル自治区喀什行政公署副専員
1990年…11月 新盤ウイグル自治区喀什地委書記、行政公署専員
1993年…4月 同区人民政府秘書長
1995年…10月 新彊生産建設兵団党委常務委員
1996年…7月 中央党校
1998年…2月 新彊ウイグル自治区党委常務委員、政法委副書記
2000年…12月 新彊ウイグル自治区党委副書記
2002年…11月 中共第16回全国代表大会にて中央委員候補に選出
2003年…1月 新藤ウイグル自治区党委副書記、自治区主席
【新彊ウイグル自治区の新主席】
司馬義・鉄力瓦爾地は新彊ウイグル自治区の新しい主席である。艾斯提・克里木拝と同じ新
彊大学の数学系卒であるが、文革世代であったことから、卒業後もしばらく仕事がなく、その後 も下放された。1976年からは喀什地区で実績をあげ、キャリアコースでもある行政公署専員の のち、自治区党委に移る。1995年には新彊生産建設兵団に入るが、そこで王楽泉書記に知 巳を得、自治区党委副書記に抜てきされ、党大会での中央委員候補に選出される。2003年1 月には、阿不来掟・阿不都熱西提にかわって自治区主席に就任した。ウイグル族のエリートで ある。
Yin Yicui
【現職】
中共第16期中央委員候補、上海市委副書記
【生年】
1955年
【略歴】
2000年…11月 上海市委副書記、宣伝部長
2002年・‥11月 中共第16回全国代表大会で中央委員候補に選出。
【上海の若手幹部】
殿一堰は4人いる上海副書記の中で唯一の女性副書記で、1955年生まれの若手幹部であ
る。宣伝部長を歴任し、現在の兼務職は不詳であるが、将来の幹部候補である。
Uyunqimg
【現職】
中共第16期中央委員、内蒙古自治区主席、全人代副委員長
【生年・出身】
1942年12月 遼寧省北票 蒙古族
【学歴】
1958年 内蒙古科学技術選科学校入学
1960年 内蒙古自治区党委党校師資班政治経済専業
【略歴】
1964年…中共内蒙古包頭市委員会党校教員
1966年…1月 中国共産党入党
1968年…3月 「包頭日報」社編集員、編集組組長、編集室副主任を歴任
1980年…3月 包頭市党委組織部弁公吏副主任、同組織郡部長、同市委員会常務委員を歴
任
1984年…11月 内蒙古自治区婦女連合会党組書記、同連合会主任に転任し、内蒙古自治区
委宣伝部副部長
1987年…中共第13回全国代表大会代表
1988年…12月 内蒙古自治区委員会常務委員、同宣伝部部長を担当。内蒙古記者協会主
席、対外文化交流協会副会長、ウランフ基金会副会長を兼任
1992年…10月 中共第14回全国代表大会で中央委員候補に選出
1997年…9月 中共第15回全国代表大会で中央委員候補に再選
2000年…8月 内蒙古自治区副主席
2001年…2月 内蒙古自治区主席就任
2002年…11月 中共第16回全国代表大会にて中央委員に昇格
2003年…3月 全人代副委員長に選出される
【唯−の女性主席】
烏雲其本格は中国の5つの少数民族自治区で初めての女性主席である。16歳で早くも専門
学校に入学し、以来、一貫して内蒙古自治区での仕事に就いている。内蒙古の区都はフフホト であるが、包頭には、包頭製鉄所があり、工業の中心都市として栄えてきた。烏雲其本格は 「包頭日報」の記者を皮切りに、党の報道宣伝関係、組織部、婦人連合などに長く携わってき た。烏雲其本格が内蒙古委常務委員となった1988年以降、現在の党宣伝部長劉雲山も常務 委員で両者はともに宣伝担当として親しかったものと思われる。劉雲山も一時、新華社の記者 で、烏雲其木格との共通点をもっている。烏雲其木格は常に成績優秀であったといわれ、草 原の女性幹部として、あと5年は内蒙古の発展に寄与していくであろう。2003年3月に少数民族 の代表として全人代副委員長に選出された。兼任か全人代専従かは明らかでない。
Wei Liuchieng
【現職】
中共第16期中央委員候補、中国海洋石油集団公司董事長・首席執行官
【略歴】
1993年…4月 中国海洋石油総公司副総経理
1999年…1月 中国海洋石油集団総経理
2001年…3月 中国海洋石油集団董事長
2002年…11月 中共第16回全国代表大会にて中央委員候補に選出
【中国海洋石油公司】
同公司は1982年設立された、海洋石油(海上石油)の掘削を行う公司である。外資メジャー
との共同による開発がすでに行われており、勃海湾、海南島沖などが有望地域となっている。 フィリピン、ベトナムとの紛争地域である南沙海域や日本との係争地域である釣魚台(尖閣列 島)も有望といわれている。
陸上油田の開発と増産に限界が見られていることから、中国は海洋石油開発(オフショアオ
イル)にかける意気込みが大きい。また外国メジャーも食指を示しているが、商業ベースに乗 るまでには時間がかかることが問題であり、中国は当面、中東からの原油輸入を増やしてい かざるを得ない。
Yuan Weimin
【現職】中共第16期中央委員、国務院国家体育
総局長
【生年・出身】
1939年7月 江蘇省蘇州
【家族】
夫人 鄭滬英
【学歴】
南京体育学院
【資格】
南京体育学院名誉教授
【略歴】
1958年…江蘇省男子バレーチーム入隊
1962年…中国共産党入党、国家男子バレーチーム選手
1984年…国家体育委員会副主任、全国体育総会副主席、中国オリンピック委員会副主席、
中国バレー協会主席
1992年…6月 中国サッカー協会主席
1994年…9月 中国オリンピック委員会副主席
1995年…9月 中国体育科学学会理事会理事長
1996年…6月 アジアバレー連合会主席、国際バレー連盟理事
1997年9月… 中共第15回全国代表大会にて中央委員候補に選出
1998年…国家体育総局副局長、局長
2002年…11月 中共第16回全国代表大会にて中央委員に昇格
【中国バレチームコーチの局長】
哀偉民は12期(1982年)、15期(1997年)で中央委員候補、13期(1987年)、14期(1992年)、
16期(2002年)で中央委員と、中央委員と中央委員候補を激しくくりかえしている。1981、82、84 年における中国女子バレーのコーチを務め、第3回、第9回世界選手権で金メダル、23回ロサ ンゼルスオリンピックで金メダルに導き、“三冠王”を獲得し、第3回世界杯で最優秀コーチの 栄誉を獲得している。2008年には北京オリンピックが開催される予定である。最近、低迷して いる中国女子バレーが地元で再起できるかどうか、袁偉民の手腕が問われるであろう。
Yuan Shoufong
【現職】
中共第16期中央委員候補、人民解放軍
総政治部副主任、上将
【生年・出身】
1939年3月 吉林省吉林
【学歴】
中国人民解放軍政治学院
【略歴】
1958年…中国人民解放軍入隊
1962年…12月 中国共産党入党
排長、副連長、団政治処幹事、師政治部宣伝科幹事、宣伝科長、団副政治委員、政治委員な
ど歴任
1980年…中国人民解放軍政治学院入学
1981年…政治部主任、軍政治部主任
1988年…9月 少将
1992年…9月 第14期中央紀律検査委員会委員
1994年…10月 済南軍区政治部主任
1996年…1月 総政治部主任助理、総政治部副主任
7月 中将
1997年・‥1月 軍紀律検査委員会委員
2000年…6月 上将
2002年…11月 中共第16回全国代表大会にて中央委員候補に選出
【総政治部副主任】
衰守芳は軍の階級では上将であるが、党内の地位は中央委員候補である。軍の階級と党
内地位とは必ずしも連動しないようである。総政治部は主任の徐才厚、副主任の唐天標が中 央委員、同
じく副主任の張樹田と衷守芳が中央委員候補であるが、4人とも上将である。
Yuan Chunqing
【現職】
中共第16期中央委員候補、隣西省委副書記
【生年・出身】
【学歴】
北京大学法律系(1980年卒)
【略歴】
1988年…5月 共青団学校郡部長(第一書記 宋徳福)
1992年…12月 共青団書記(第一書記李克強)
1993年…12月 中華全国青年聯合会副主席(主席 劉鵬)
1994年…12月 中国青年志願者協会副会長(会長 劉鵬)
1997年…9月 中央紀律検査委員会常務委員
2001年‥・4月 隣西省副書記
2002年…11月中共第16回全国代表大会にて中央委員候補に選出
【共青団人脈】
衷純活は、1997年9月の中央紀律検査委員会常務委員に選出されたあたりから頭角を現し
ている。共青団書記中央書記出身で、これまでに、宋徳福、李克強、劉鵬の三人の第一書記 に仕えたことで、強い人脈を形成している。
第一書記経験者はいずれも、地方の書記ないし副書記に転出し、共青団一地方一中央とい
うキャリアコースは胡鏑涛や王兆国の時代と同じである。衷純清は40歳で共青団書記、49歳で 地方副書記とほぼ順調な昇進振りで、隣西省副書記を3年前後務め、次は地方書記ないし党 中央か国務院部長職が待っていることであろう。
Yan Haiwang
【現職】
中共第16期中央委員、中国銀行業監督管理委員会党組書記兼常務副主任
【生年・出身】
1939年 河南省鄭州
【学歴】
ハルビン工業大学建築工程系(1965年卒)
【略歴】
1966年…中国共産党入党
1972年…建築工程部第七局第三公司生産弁公室副主任、同第一処副主任、同第一処主任
1975年…甘粛省第一建設工事局第二公司党委書記
1978年…同公司副経理、同経理
1983年…甘粛省都市農村建設庁庁長
1987年…甘粛省副省長
1988年…甘粛省委員会副書記を兼任
1992年…10月 中共第14回全国代表大会で中央委員候補に選出
1993年…1月 甘粛省省長
9月 甘粛省長解任
10月 甘粛省要害記
1997年…9月 中共第15回全国代表大会で中央委員に選出
1998年…5月 中央金融工作委員会副書記(常務)
2002年…11月 中共第16回全国代表大会にて中央委員に再選
2003年…中国銀行業監督管理委員会党組書記兼常務副主任
【温家宝とともに歩む】
閻海旺はハルピン工業大学を卒業した。同大学出身者は多く(名簿は「王兆国」の項参照)、
同じ建築工程系では、福建省長の塵展工が後輩である。卒業年次が文革時代であったことに も関係し、閣海旺は甘粛省に配属となる。しかし、専門を生かした建築工程部であり、すでに 着任していた胡綿涛と出会っていたと思われる。
当時、総理となった温家宝も甘粛省地質局に勤務しており、三人は何らかの形で、接点があ
ったとみられる。閻海旺は1998年5月に中央金融工作委員会に転任する。温家宝が同委の書 記に就任(金融担当副総理)するのは、1998年6月ではあるが、温家宝が閣海旺を呼び寄せ た可能性が高い。中央金融工作委員会は設立の前年に起きたアジア通貨危機を踏まえ、中 国の金融政策を党として政策決定する重要な委員会である。
20年以上にわたる甘粛省で省長、書記を務めた建築エンジニアリングの専門家が、今は金
融政策を担当している。地質専門家の温家宝がこれまで、金融・農業などを所管し、その能力 を発揮して、総理になったように、閣海旺も金融政策で実績を上げて、さらにうえのポストを狙 うこともできよう。ただし、年齢的には、すでに60歳を過ぎていることが難点である。
2003年3月の機構改革で、新設された中国銀行業監督管理委員会党組書記・副主席に就
任した。
Yuan Changrong
【現職】
中共第16期中央委員候補、人民解放軍洛陽軍区司令部参謀長(中将)
【略歴】
1998年3月…人民解放軍第16集団軍(洛陽軍区)軍長(少将)
2001年…2月 人民解放軍洛陽軍区司令部参謀長
2002年…11月 中共第16回全国代表大会にて中央委員候補に選出
【瀋陽軍区】
洛陽軍区から選出されている中央委員および候補委員は6人である。七大軍区の中では、
最も多い。苑長龍は洛陽軍区所属の第16集団軍長を経て、司令部参謀長に昇進している。順 調な昇進ぶりといえよう。
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