要約−−石原武政(2000)『商業組織の内部編成』千倉書房
1章;市場と現実的基盤としての商業
問題意識
商業論ないし流通論はこれまで、商業の最も純粋な姿として、きわめて多数の生産者ときわめて多数の消費者とを無差別に媒介するというイメージを強調してきた。商業は売買ないし取引を集中する。多数の取引の集中こそが流通の効率を高め、商業の存在根拠を説明する。そのことの必然的な系としての生産者に対する社会性ないし中立性は、まさに商業の最も本質的な性格である。メーカーのマーケティング活動は、こうした商業の純粋な形態に外部から干渉するものとして理解されてきた。製販連携の動きは、明らかに商業過程の中に個別的かつ継続的な関係を持ち込もうとするものと理解できる。しかし、その理解でいいのか?
それ以前に、商業の基礎理論は、個々の商業者とどのように関わるのかといった点について十分な議論が展開されてきただろうか?
極めて現実的な流通の動きを分析し、評価する理論的枠組みであるためには、商業論ないし流通論はこれらの問題についてもう少し具体的な基礎理論を準備する必要があるように思われる。そうでなければ、製販連携の動きも特定の生産者と特定の商業者との個別的な関係構築を図るというだけで、それ以上に具体的な考察をすることなく、商業の否定につながり、社会的な効率性を阻害すると断定されることにもなりかねない。現実の動向を商業の基礎理論から照射するという観点からすれば、これらの問題にもより丁寧な分析が必要になるが、それは商業の基本認識または基本認識の具体的な理解の仕方にまでさかのぼった検討を求めずにはおかない。こうした問題意識をもとに、商業の基礎理論を具体化するための第一歩を踏み出すことに直接の意図がおかれる。まずは、商業が媒介する市場の性格と商業者の在庫形成の問題を議論する。
結論
本章での強調点は、商業の基本的性格として強調されてきた社会性や無差別性は、商業が全体として無数の生産者と無数の消費者とを結びつけるという、第一次的市場の成立に関わってのことであり、個別の商業者の取引に即してみたときには、個別的かつ長期継続的な関係がはじめから埋め込まれていた、という点である。
生産者、消費者、商業者は有限数の取引相手と取引を行うが、こうした局地的な市場を多数の商業者が連結し重ね合うことによって巨大な無数の当事者からなる市場が形成される。経済学が生産者と消費者との間に想定した抽象的市場(商業者とその合成としての市場)はまさにこれである。これを商業による市場の縮約編成機能と呼ぶ。それは、商業の市場形成機能・市場縮約機能、さらに商業による取引の計画性の希釈化および濃縮化の機能として理解される。
このように市場を理解することによって、商業者の手元に形成される投機的在庫とその延期的調達の可能性を一般的に探った。調達市場が有限であれば、商業者は安定的に延期的調達を行うためには特定の生産者または卸売商と個別的かつ継続的な関係を取り結ばなければならない。さらにリスク挑戦的な商業者は、高リスク商品についてもっと積極的に投機的在庫を持とうとするが、この場合もまた調達先との個別的、継続的な関係が必要になる。
すなわち、個々の取引関係における個別性や継続性は、もともと市場関係の中に深く埋め込まれていた。全体としての広大な、無限に広がる市場というイメージは、個々の取引関係の継続性と両立しうる。ゆえに、現実の新しい動きである製販提携は、それが個別的、継続的な関係を持つということだけで判断されることがあってはならない。
2章;品揃え形成過程としての商業
問題意識
商業過程は消費者の品揃え物を準備する過程と見なすことができる。品揃え物・品揃え形成の概念は、理論の関心が個別企業のマーケティング活動に向けられているかぎり、関心をもたれる余地はほとんどない。しかし、理論の関心が全体として流通ないし商業に向けられるときには、ほとんど例外なく、この品揃え形成の概念が導入される。それにも関わらず、この品揃え形成の概念が、理論がそこから展開するという意味での「基礎概念」になりえていないのは、オルダーソンが提示した品揃え形成にかかわる議論が、それ自身として詳細に検討されてこなかったからである。
オルダーソンの議論に正当な評価を与えるためには、オルダーソンの議論を引き継ぎながら、その議論をより詳細に展開する中で、その概念を規定し直すことがどうしても必要である。
結論
品揃え物、品揃え形成過程の概念を出発点として、それらを流通論ないし商業論における基本的な概念として定立するための検討を行った。
1.生産と消費との間の懸隔を架橋するという課業から考えれば、全体としての商業の役割は消費者の品揃え物の維持行動を最も効率的に支援することであるが、それは個別の商業者が全面的に担うものではない。消費者はどの小売商からでも購入できるし、いずれかの小売商から購入できれば十分である。その意味では、商業の役割という点からいえば、個別的レベルではなく、むしろ集積レベルの小売品揃え物がいかにすれば適切に準備できるかという点に関心が向けられる。この点について、4〜7章にて詳細に検討する。2.品揃え形成のための4つの操作が、現実的には一つの組織内おいて行われることもあれば、市場における売買取引を通して行われることもあるという事実を、議論の前面に押し出す。
3章;市場におけるコミュニケーション手段としての商業
問題意識
本章では、市場の形成に立ち返りながら、「仮説的な根拠作り」を分析するための手がかりを探ってみたい。そこでは、生産者が十分な市場を確保しようとすれば消費者と直接的に向き合うのではなく、何段階かの商業者を中に介在させて間接的に向き合わざるをえないことが強調されるともに、それがマーケティングコミュニケーションにいかなる影響を与えるかが議論される。(十分な市場といえる消費者と向き合うために商業者を介在させ売買集中を利用する。その中での消費者とのコミュニケーションのとり方を「仮説的な根拠作り」として提案する)
結論
マーケティングコミュニケーションの起点となるのは市場に能動的に立ち向かわなければならない生産者である。生産者からみた市場観は、市場とは売り手側からみれば潜在的な顧客の集合に外ならない。この潜在的顧客は具体的な取引関係に即していえば多数ではあるが有限であり、かなりの程度まで特定可能である。しかし、それでは市場そのものが制限されてしまうために、第三者としての商業が介在することによって市場を乗数効果的に拡大すること、その結果、生産者にとっての市場は無限の広がりにまで拡大されるが生産者はかえって最終市場から隔離されてしまうというモノである。しかも、供給側の条件も需要側の条件もけっして安定しておらず、顧客のひろがり、あるいは顧客がもつ需要の内容もまた決して安定していない。市場との間に意味の共有を模索しようとすれば、企業の側が意識的に働きかけていかなければならないが、果たして対象を特定できずにつかみどころのない上にたえず変化にさらされている市場に対して、生産者は何を根拠に、どのようにして働きかけるのか。
仮説的な根拠として期待された市場像を構築することである。その意義は、市場の実像に近似することそのことにあるのではなく、それが仮説的根拠となって企業が市場を理解する座標軸となり、それを通してのみ企業は市場と対話することができる、ということである。マーケティングコミュニケーションにおいて消費者は実に多くの生産者から同時に情報が発信されており、消費者はこのような状況に対処するために、生産者と小売商についての企業像を描き、それを仮説的な根拠とすることによって行動する。消費者が描いた企業像は、事後的に、相手が特定できる企業に対して描かれるという意味で生産者が描いた市場像とは性格を異にするが、それでも、次の行動に対しては仮説的根拠として機能する。その消費者の企業像に根拠を与えるのは企業側が描く市場像の安定性である。市場像と企業像は市場の両極において個別の行動主体が描くイメージであり、それらが直接すりあわされることは決してないが、両者は相互に関連しあうことによって市場のおけるコミュニケーションを成立させていく。こうした市場像の役割は、具体的な個別商品や品揃え物にも同様に当てはまる。
仮説的根拠こそが、企業と市場との間のコミュニケーションを可能にする。
4章;売買集中の原理と業種構成
問題意識
商業論の基礎理論である「売買の集中」ということの意味は、抽象的なレベルでの議論であった。それは現実の商業の形態や店舗と直接結びつくものではなかった。したがって、それを現実の商業との関わりで議論しようとすれば、「多数の売買を集中する」ということの意味を詳細に検討する必要がある。特に業種構造の変化や新たな業態の展開といった現実の商業の動態を照射しようとするときは、このことは欠かせない。以下、業種と業種点の意義を売買の集中原理と関連させて考える。
結論
売買の集中は商業を空間的にも商品の種類の面でも、一つの巨大な商業中心の形成を求めない。あるいは、空間的な市場の分散が認められたとしても、それぞれに全商品を扱う一つの商業拠点を求めない。そうだとすれば、売買集中の原理は商業の内部編成とどのように関わるのか。
消費の個別分散性と消費者の購買行動から、小売市場が空間的に限られた範囲で形成されることを確認し、それに関連して、売買集中の原理は与えられた空間的小市場の中で最大の集中を求める第一原理と空間的小市場そのものの拡大を求める第二原理を含むことが示された。その上で、消費者の購買行動が商品によって異なることの必然的な帰結として、空間的小市場の範囲を異にし、取り扱い商品を異にする商業者が成立することを確認した。
さらに、消費者が関連して購買する商品群があるために、すべての商品を集中することはかえって探索を困難にするかもしれないこと、商品の取り扱い技術が商品によって大きく異なることから、専門化の利益が発生するような業種が形成されること、そしてその業種がひとつの分類コードとして消費者にとっては商品の第一次的探索の役割を果たすことを確認した。消費者はこの分類コードなしには、自らに必要な商品を探索することはほとんど不可能である。さらに取り扱い技術に裏付けられた業種の成立が業種店の成立根拠を準備することを示した。最後に、このような業種を考慮に入れた場合、取引総数最小化の原理は重大な修正を迫られることを明らかにした。
5章;商業集積における依存関係と売買の集中
問題意識
業種は需要側が要求する売買の集中とどのようにかかわりあうのか。この問題は異業種店の空間的集中として形成される商業集積の意義を問うことになる。
現実に存在する業種店は、自らの属する業種の中の一部の商品しか取り扱わない部分業種店であり、原則として、どの業種をとっても複数の部分業種店が一つの空間的小市場の中に存在している。この部分業種店は売買集中の原理との関連でどのように位置づければよいのだろうか。それは売買集中の原理の不完全な体現者であると見なされるべきなのか。この問題は多くの中小小売商の存在根拠を問いかけるとともに、品揃え物を補完し合う商業集積に目をむけさせる。その過程で、個別店舗次元の品揃え物と商業集積次元の品揃え物の意義が改めて議論となる。
結論
需要側が求める売買の集中範囲と、供給側で実現できる範囲には、通常乖離が存在する。供給側の条件に応じて成立する業種店は、空間的に集積することによって需要側の関連購買の要請に応える。業種店は商業集積内の他業種店に依存することによって、自らの存立基盤を獲得する。いったん他者への依存が成立するようになると、業種店も完全業種店ではなく部分業種店として成立し、業種内部でも依存しあうようになる。その結果、商業集積は自らの内に競争と補完関係を含み、かえって需給状況の変化に柔軟に対応できるようになる。すなわち、売買の集中原理は、商業集積内の依存と競争に媒介されてこそ積極的に実現されるのである。業種店と商業集積の調整はもっぱら競争にゆだねられており、この競争が健全に機能することこそが、売買集中の原理が現実的に機能するための十分条件となる。売買の集中は単なる売買の集合とは異なるのである。内部に競争を含まない完全系列店なども売買集中の担い手として認めることはできない。
6章;商業集積における競争と管理
問題意識
現実の商業は、業種店だけでなく食品スーパーや百貨店や総合量販店といった総合型小売商や、郊外の巨大なショッピングセンターといった総合型小売商や専門店による商業集積が存在する。業種店が成立し、商業集積こそが売買集中の原理を体現するのだとすれば、何故、こうした小売商が成立するのか。これは5章の商業集積とどのように異なるのか。一体化した商業の分化の根拠を求めた商業経済論とは逆に、ここでは業種統合の根拠が問われなければならない。
結論
業種店は商業集積における依存関係を通して売買集中の原理の一躍を担い、その商業集積全体としての品揃え物が売買集中の原理を具体的に体現する。しかし、商業者の成果は、他者への依存を前提としておいり、操作することのできない与件として現れる。また、商業集積内における競争も、この依存を適切に調整するとは限らない。この問題は、商業者が個別的品揃え物に明確なコンセプトを導入しようとするとき、依存関係を内部化しようとする。これが商業者を総合化に向かわせる動機である。総合化は統合による利益>管理費用の間で拡大する。しかし、単なる拡大ではなくコンセプトに則った拡大となる。コンセプトに合わない業種商品は取り扱われない。この依存関係をさらに統制し、全体的に調整しようとして誕生するのが郊外型のSCである。SCは可能なかぎり依存関係を内部化し、デベロッパーの管理の下におこうとする。しかし競争を完全に追放して依存関係を全面的に管理することはできない。
⇒商業論の最も基礎的な概念としての売買集中の原理と関連させて、一貫した論理の中に位置づけるということ。売買集中の原理を形式的、平板に理解するのではなく、もっと動態的に理解することによって、現実の多様な商業の展開に接近できる、ということを確認した。
7章;小売業における業態革新
問題意識&結論
小売業態を商品取り扱い技術およびそれらを総合してひとつのコンセプトのもとに統合した経営技術との関連で捉えるべきことを主張した。ここでは、業態を主として業種との関連で、しかも商業の基礎理論と関連させながら理解しようと試みた。
小売業における競争は、さまざまな形で商品取り扱い技術の改善を促す。ここでの取り扱い技術とは、店舗レベルでは、大きくは、商品の物理的属性そのものにかかわるもの、商業者と消費者とのインターフェースにかかわるもの、経営上の知識・技術にかかわるものの3つの次元において理解されうる。これらの次元にあらわれる新しい技術が革新的経営者によってひとつのコンセプトのもとに統合されるとき、ひとつの業態が誕生する(このあたり、関西スーパーの事例がイメージされる)。この新しい業態は、既存の業種の枠の中で小売業経営を革新するという方向にも向かいうるが、多くは技術の臨界点を動揺させ、業種区分を動揺させる。新しい技術に対応した新しい品揃え物の構成という意味では、それは新しい業種の誕生といえなくもない。そして、これこそは、売買集中の第一原理が作用する領域を拡大させようとするものであり、売買集中の第二原理と呼んだものであった。
だが、社会的に共有されたコードとしての業種の変更はきわめて保守的にしか行われないし、多くの小売業は依然として旧来の業種区分に基づいて行動している。そこでは業態の開発と業種の変更との間に乖離が発生する。業態は業種を支える技術でありながら、技術が激しく革新するとき、コードとしての業種から乖離する。業態が多くの場合、業種と対比して議論されなければならなかった理由がここにある。
8章;生産と商業の分業
問題意識
製販連携は従来の商業論の基本的枠組を超えた問題を提起しようとしている、と考えられる。そこで、ここでは商業論の基本的な枠組を確認し、その上でその基本枠組からの逸脱の代表例を取り上げ、それを商業論がどのように位置づけ、理解するかを簡単に総括する。それらは、いずれも「生産の論理」と「市場(商業)の論理」との間の不一致にその根拠を持つが、それが生産様式の進展によって新たな問題を提起することが示される。
結論
個々の生産者と個々の商業者との間には慣習的に継続的な取引関係が結ばれるが、一方で多数の生産者と多数の商業者との間の広範な分業関係が成立すると、生産者は可能なかぎり多くの商業者と取引することによってその市場を獲得しようと考えるし、商業者も一定の業種の広がりの中とはいえ、可能な限り多くの生産者と取引することによって品揃え物を豊富にしようとする。生産者と商業者はそれぞれ生産と販売にその活動を特化し、専門化する。しかし、商業論では製造小売、適合調整、流通系列化、PBなど、こうした社会的分業関係からの逸脱も見られた。
生産が発達し、生産の論理がさらに進むと販売にかかる負荷はさらに大きくなる。生産者は自ら販売問題の解決に乗り出し、それがマーケティングとなってあらわれた。こうした販売問題は具体的に供給過剰としてあらわれるが、商業者の在庫による需給調整機能によって解決を図ることになる。
しかし、さらなるマーケティング競争の加速により、ブランドが確立され市場が更に細分化される。生産の論理をベースとして多品種・多仕様・大量生産が実施され、多頻度にモデルチェンジされていく。こうした状況は、商業者の在庫調整機能に新たな付加をかける。もともと在庫による調整は長期的、連続的な作用の中で意味をもちえたのだが、いまや需給調整は個別的かつ短期的に行われなければならない。生産者と商業者にまたがった需給調整は新たな解決方法を模索する必要がある。
9章;新たな分業関係の模索
問題意識
製販連携やQRを新たな分業関係の模索として位置づけ、多品種・多仕様・大量生産・短サイクル化が従来型の商業者の在庫を通した需給調整に多大な負荷をかけることを前提として、新たな需給調整、新たな分業関係が模索されようとしていることを明らかにする。
結論
多品種・多仕様・大量生産・短サイクル化が従来型の商業者の需給調整機能に負荷をかけ、それが商業者の側で技術革新を促す。すなわち、コンピュータシステムの発達に伴い単品管理・多頻度小口配送を開発し、延期的調達を行うことによって在庫を軽減し、在庫リスクを軽減しようとする(通過在庫の考え方)。さらに、小売業の延期的調達は流通過程をさかのぼり、卸売商から生産者と到達する。やがて商業者は生産者の生産過程に入り込み、自ら保有する膨大な実需情報に基づいて生産を指揮しようとする。他方、多品種・多仕様・大量生産・短サイクル化は生産者にも課題を投げかけ、流通過程全体に分散する在庫に関心を持つようになり、トータル在庫的な視点から管理調整しようとする。こうした商業者・生産者の動きは、従来の在庫調整に代わって、生産過程を組み込みながら、生産と販売の全過程を通して需要に接近し、需給調整を図ろうとする点で、共通の思考を持っている。これこそが製販連携の革新的な部分である。そこでは、生産と販売とが過程として分離せず、両者がいわば同時進行的に営まれ、両者の調整が過程の進行の中で同時に行われる。それは生産システムそのものの弾力化によって可能になる。その結果、商業にとっての生産与件の前提が崩壊し、生産者と商業者との間の社会的分業関係も根本的に組み替えられることになる。
商業論は、製販連携という新しい動きを、その理論枠組の外に位置づけるのではなく、新たな環境条件の下での社会的分業の、あるいは新たな需給調整機能様式の模索として、その内部に位置づけるべきだと考える。