| 床屋政談 |
最近は余り使われなくなったけれども、昔と言っても大正から昭和の戦前の頃だろうと思いますがこの床屋政談という言葉がかなり流行ったらしい。 それをやっている場所は床屋という言葉から窺えるイメージはご近所のご隠居さんやかなり裕福であくせく働かなくてもゆったりやっていける旦那衆が遊びがてらに散髪に立ち寄って待合場所でお茶でも飲みながら少し気取って政治の話などをしながら時間を潰し、やがてだんだん熱が入ってきて喧喧諤諤の議論をしている姿が想像される。 私は若い頃にこれに近い場面に出くわしたことがある。それは昭和二十八年ごろだったと思うが当時の総理吉田と追放解除になって政界に復帰した鳩山が政治の主導権を争ったときのことである。国民は固唾を飲んでではなくて百家争鳴で日本中を巻き込んでの争いに発展して、国民もなんだか仕事が手につかぬような雰囲気となって、それぞれのご贔屓さんを応援して大騒ぎしていたから、先の床屋政談に集まる人々がお茶屋といっても雑貨屋だがその店先で吉田が鳩山がと大きな声で叫んでいるのを表を歩きながらに聞いた。 床屋政談グループにとってはまたとないテーマだからこれをほっておくはずもない。今から思えばどちらも保守政治家で余り代わり映えなどするはずも無いのでどうでもいいといえばいい話なんだが、当時の人々にはそうは思われなかったのだろう。 そうこうしている間に朝日新聞での人気漫画 さざえさん のお父さんまでが鳩田だ吉山だといい出す始末でまさにてんやわんやだった。今はテレビでワイドショウとか言うシャレタ名前であまり代わり映えのしない連中がしたり顔でしゃべりまくっているが、金を貰っての御用ばなしが果たして昔の素朴な床屋政談グループのそれより上等だといえるのだろうか。世論操作に汚されていない素朴な声が主流となる政治を渇望している。 |