天神祭り

 新潟から出て来て転勤で空けた期間も有るが大半は大阪に住まいし毎年 天神さんの祭り に親しみを持ちながらも天神さんに足を運び、神輿のパレードも船渡御も見たことも無く遠くで花火をみて船渡御はテレビ中継で済ましていたが。これでは結婚式でお世話になった身にとっては申し訳ないことだと、この歳になってはたと気付いた訳でもないが時間に余裕が生まれたせいか 天神さまにお参りかたがた祭りを拝観しようと思い立ち五十六年めにして天神さんの鳥居の前にたち行列が出て行くのを見た。

 天神さんは 大阪の祭祭り でもあり町じゅうが何がしかの華やいだ気分をそのころは漂わせ 古い会社や商社などは当日はたいてい仕事は午前中で、午後からはみな三々五々祭り見物に散っていったものだったが、今はどうなっているんだろうか・・・世の中が厳しくなっている上に 青い目の経営者 も多くなった昨今ではそんな企業風習はもう許されない環境かもしれない。

 初めて見る祭りのパレードの豪華さではなく人々のバイタリテイに圧倒された。と言っても目の前の行列で神輿を担ぐ若者や大道具や飾りものを担ぐ人々の大半はアルバイトの若者かも知れないが、その他の鳴り物や踊り手はみな各町内の 講の方々 のようでその町内の前に来ると皆が拍手をしての大声援であり踊り手の行列に冷たい麦茶を紙コップに入れて接待していた。

 その行列は京都の祇園祭のようなきらびやかさとも違い、又時には人の死をも呼ぶ地方の荒々しい祭り行列とも違う正にカタカナで表現したいバイタリテイそのものを感じた。そしてそのバイタリテイでこの祭りを支え続けた大阪商人を中心にした庶民の素晴らしい力と町人文化の洗練された物をそこに見えるようで感動を覚えた。

 大阪は洗練された庶民の町なんだなぁと改めて実感せられた1日であった。これだけの伝統を育んだ大阪は地盤沈下が叫ばれて元気がないと言われているが、きっとまた大きく飛躍していくだろうと期待を込めて確信した。