原始共産社会への回帰と少子化時代

 勿論耳学問だが大昔は生産手段は無かったので、生きる手段は木の実や貝を採取して食べていたらしい。と言う事は人口も希薄な社会だったろうからそれは頷ける話である。

 これから先は私の例によってアホな無責任きわまる世間話になりますが、その頃は食べ物はそれ程の労力を要しなくても入手できていたと思う。そうであれば男女を問わず従属関係は存在しなかったのではあるまいか。何故ならば誰だって頭を抑えられたり、他人の世話などしたくないのは今も昔も変わらないだろうと推測するのは合理的判断だろう。 

 そして人々は男女同権は主張などしなくても、当たり前の固有の権利で空気みたいな物であったろうと想像している。これぞまさにこの世のパラダイスであり自由な社会で、人々は生き生きと生活と人生をエンジョイしていた事だろうと想像しており、とてもマルクスさんの共産主義など仮に実現したとしてもそんなもの足元にもいかぬ似ても似つかぬほどの楽園だった事だろうと勝手に推測してうっとりしている。

 さてそれが日本の社会にかなり浸透し始めたように思うなどと言うと失笑を買うと思うが事実なのである。何が事実かというといろいろあるが最大の事実は食べ物(仕事)がいくらでもあるという事実である。(景気が悪くて失業者が多数いるじゃないかという話は別次元のことである)

 経済的に自立していれば他者の干渉は許さないし隷属もしないのは至極当然であるし、地位が安泰となれば厳しい責任感もうすれる。これが少子化の根本的原因であり、無責任時代と言われるほど責任感欠如のよってくる根源だと思っているが諸兄はどう思われますか。

 そもそも子育てや責任感を持つなどと言うことは重圧いがいのなにものでもなく、無くて済む物ならそれにこしたことはないのだから。そう言ってしまえは実も蓋も無い話をあえて言うのはいろいろの対策が空転して税金の無駄づかいばかりしているのを見るとつい言いたくなるのである。あまり奇麗事ばかり言わないで、みな分っているんだから靴の裏からばかり足を掻かないでずばり手当てをして欲しいものである。