老政治家の限界を悼む

 昨日、野中前幹事長が政界引退の記者会見をひらいたのをテレビで見ながら、この人の限界を見てなにやら同年代の一人として一抹の寂しさを禁じえなかった。

 彼はあの戦争を体験した残り少ない政治家の一人で、自衛隊の海外派遣に反対して党の方針を蹴って議場を退席するなどその情熱は若い政治家諸君にも少しは見習って欲しいところだが、この豪腕熱血政治家も所詮は時代の子からは抜け出せない宿命を負っていたと言わざるをえなかったのだろう。

 今回の引退の理由は 小泉内閣をたおす 為に自らの退路を絶って背水の陣で戦う為だと発言していたが 敗者の悲しい戦法であり、敗戦前の日本軍の特攻戦法に見えてきたのも私だけでは有るまい。

 確かに青木やその他橋本派幹部らの信念も節操もなく、信義も友情も裏切る連中に鉄槌をと老いの一念に燃え滾る老政治家の、髪を振り乱して太刀を振りかぶる姿は歌舞伎でいえば見せ所で大向こうから声がかかるところだか、残念ながらそれを愛でる折り目正しい日本人は今はいない。

 自分の当選の為なら何でもする。人が多くなったのだろう。ただこの人の悲劇は時代の流れを読み違えている事ではないだろうか。正義感に燃えた熱情は買うにしても大局を見誤ってはピエロ以外の何物でもなくなってくる。

 不満は有っても小泉路線を続けることしか選択肢はないと庶民も諦めている筈だ。水ぶくれしている建築業界や既得権にあぐらをかいている特定郵便局長会を基盤とする野中氏には、血の流れる改革ではあってもこれに反対することは時代の流れに逆らう事でしてはならないことなのである。

 長年の支持に報いる為の義理に殉じたとすれば哀れとしか言いようが無い結末で惜しまれる。総裁選の戦いはこれからだから健闘は祈るが・・・。