| 「敬老の日」の主役 |
明日は 敬老の日 でその主役になって久しい。 今日も町内会からお祝い品を頂き感謝しているが、さて自分が敬老される何かをそれまでやってきたかと問われると甚だ心許ないと感じる向きも多いのではないか。いやそれどころか余り自慢できない事の数々の方が脳裏をよぎる。 それでも馬齢を重ねただけで敬ってくれる建前にはなっている。感謝するべきか恥じいるべきか迷うが先日民俗学博物館で韓国の正月行事のビデオをみていたら、新年で先ずまやる事は一族が長老の家を訪れ奥の座敷にすわる老人に新年の挨拶を次々として帰っていく風景をみていろいろと考えさせられた。 まずあそこに座っている老人は余程の人格者なんだろうか、自分もそろそろそこへ座ってもおかしくない年ごろになっているが何となくそんな資格はまだ無いが建前としてであっても微笑ましい正月行事にふさわしいよい残しておきたい習慣だと思った。 日本もいよいよ世界の長寿国で、何万人もの百歳を超える老人がいて大変おめでたいのだそうだ。日本はいま不景気で困っているとメデァは連日伝えているが、何故かには、賢者が百家争鳴で余りよい答えは出ていないようにお見受けするが抽象的にいえば 国力の衰退 ということだろうと思う。 日本は半導体生産では世界をリードする大国だとばかり信じていたら、なんと韓国の三星電子が世界のシエァの八割を占め更に台湾のレンカ電子がそれに続き、日本は撤退に次ぐ撤退で大赤字だとは寡聞にして知らなかった。私は以前からこれからは IT、バイオ、ナノテク が世界の主流となってこれに強い者が生き残るだろうと漠然と思いそれならば日本のお家芸だと楽しみにしてにたのに、どうもそうでもなさそうで老婆心ながら不安を禁じえない。 その最大要因は老人が多くなりこれの扶養が国力衰退をもたらしているかも知れないが、どこの国でもこれからは高齢化社会は到来するのだから。敬老の日にお祝い品など出さないでそれを高齢化社会でも発展できる制度構築の為に支出して貰ったほうが実は嬉しいのである。 |