年金の財源

 年金論争がいやに盛んだぁと思って新聞をよく読んだら、五年に一度の制度見直しの時期に当たっていると言う。今頃気付き迂闊というより非常識といえるが我ながらご粗末な話しで呆れた。

 さて年金が大変な事になっている事はかねがね承知してはいる。理由は収入よりも支給額が多くてこのままでは年金会計が破綻するという。

 何故収入が思うほど入らぬかといえば、少子化社会の到来で年金納入者数が減少した上に不景気で失業者が多くなったり、未納者が多数出たりでどうにもならないそうだ。何しろ話が専門的である上にそろばん片手でないと話しにならんこともあって、どうも話に参入しにくくてつい誰かが何とかしてくれるだろうと、自分の生活の命綱であるにも関わらず、識者の論争をゲーム観戦感覚で心ならずも見てしまうという不見識を犯してしまう。

 今論争の中心は基礎年金部分を税金で賄うか、それとも消費税を増税してそれで賄うかということである。どちらも税金でと言う発想は同じであるし、これはスエーデン方式で望ましい事は証明済みだが、その税源をどこに求めるかで利害が反して意見が分かれている。経済界は負担が多くなる年金率アップに反対して支給額を引き下げろというし、消費税アップは低所得層の生活を直撃する悪税だと多数の人が反対だし、公明党は景気対策としてドサクサにまぎれてやった、所得税一律二十パーセント引き下げ を元に戻せばその額で賄えると提案しているがこれが一番良い安だと思うがどうだろうか。

 消費税をアップしないと決めてかかればそれしかないが、今の消費税の欠点である逆累進性を改善すれば消費税アップにかなりの人が賛成するのではあるまいか。納税が嫌なのではなくて不公平が癪なのである。乏しきを憂いず等しからずを憂いる。は古来からの至言である。

 スエーデンの人々のように いや税金はみな返ってくるんです。と胸を張って言える政治をして欲しいものである。ついでに言えば日本の企業の社会的負担率は、先進国中で一番低い事実を企業家は直視してその責任を果たすべきである。

 先日トヨタ自動車の脱税を指摘されて 日本で一番多額の税金を払っているのはわが社だ と開き直っていたのをテレビで見て呆れたが、心を入れ替えて欲しいものだ。そんなことでは企業の社会負担率をグローバル並しようなどという発想はでてこない。