晴れ着のない新春

 景気は上向きで経済諸表はそれを裏付けていて、結構な新年を迎えた筈なのに何やら重ぐるしい感じがする。ある経済評論家が今年の経済見通しのキーワードに 格差拡大 という言葉を述べていたが、それを庶民は動物的臭覚で嗅ぎ取って不安を持っているのかも知れない。

 格差の内容はいろいろ有るだろうが、勝ち組企業と負け組み企業、富裕層と低所得層、都市と地方、もてる者ともたない者と諸々有ろうが、いずれにしても格差拡大がキーワードだと言われると喜ぶ人は3σ位のものであろうから大半のその他大勢はぐっと力が入りとてもはしゃぐような気分にはなれまい。

 庶民がはしゃいでいるか否かを計ることは至難だが、私はそれを新春の街に見る若い娘さん達の艶やかな振袖姿の多寡で判断している。元日は近所のお宮さんに息子一家を含む家族で初詣をしたが、無名のお宮さんということもあって例年ちらほらの参詣者だが。それでも振袖姿の娘さんがいて華やいだ景色が見られるのに、今年は行って帰るまで晴れ着姿の人に会う事が無く、新春らしい気分を味わう事が出来なかた。

 一月三日は住吉大社にお参りするのが恒例なので、阪神電車で梅田まで行き、そこから地下鉄経由で例のチンチン電車で住吉さんに行った。晴天と言う事もあって歩けないほどの参拝者で賑わってはいたが、晴れ着姿の人は数えるほどであった。梅田界隈にも電車の中にも晴れ着姿の人を見るのは稀であったから内心驚いた。

 昭和二十二年から半世紀以上大阪に住んでいるがこんな事は記憶に無い。そして人々の衣服の大半は黒をメーンにした色彩でまるでアフガンにでも迷い込んだのかと錯覚を覚えた。企業はリストラ効果で収益力がつき黒字転換して設備投資も出来るようになり、経済諸表は景気上向きと現れているそうだが総支払い賃金は減少しているのではあるまいか。

 消費の六〇%は個人消費だといい、これが上向かなければ景気回復は無いというならば 消費者の懐を暖めなけれは景気回復はありません という共産党の台詞も嘘でもなさそうに聞えてくる。境屋太一さんが 景気は 気 がたいせつです。と国会で答弁していたが、若い人が晴れ着も着れないような 気 では今年も駄目かなぁ等と思いながら毎年する立ち飲みも止めて帰った。