| 飛鳥の里を訪ねて |
先日好天に誘われて、前々からそこはかとない憧れを抱いていた飛鳥の里を訪ねるべく、支度もそそくさに家を出た。出てみるとかなり肌寒く風もあり早春であることを改めて知った。 阿倍野まで地下鉄で行き、近鉄の吉野行き急行に久し振りに乗り飛鳥駅を目指した。直接的目的は 飛鳥の里を訪ねて古代のロマンに触れてみたい というところに有ったが、そうはいっても唯うろうろしてあたりを見回しても仕方がないので、高松塚古墳とキトラ遺跡をみることにしていた。 大坂の郊外を外れる頃から住宅の陰辺りに畠か点在しているのが見え始め少し気分がなごむ。飛鳥の山なみらしきものが 見える頃になると人工的な風景が次第に影を潜め、素朴で遠い少年の頃に遊んだ山里の風景が重なって来た。 飛鳥の駅で地図を聞き表に出て少し歩くと想像以上にそこは飛鳥だった。人家は新築されていて、野山に調和する茅葺の屋根はさすがに見当たらなかったが、置かれている場所は昔ながらのそのままで、見事な調和が古代を偲ばせてくれていた。高松塚古墳は意外と駅から近く余り時間はかからなかったが、近付くに従い人や車が多くなり観光名所になっているなぁと思った。 古墳は毎度テレビで見ているので ああこれか だがよくこれが発見できたものだなぁと驚くほどの平凡な所にあった。中は公開されていないので極彩色の壁画を見る事はできない。その代わりに近くに、内部の壁画を等身大と同質の石で再現されたものが展示され有料で見せていた。 ここから百メートル程の所に文武天皇陵があった。 ひっそりと 帝の御陵に 春の影 貞治 と一句詠む。そして付近を散策していると丘に向かって棚田か゛続いていた。いい風景だなぁと暫く見とれる。 陽光を 棚田に受けて 蕗のとう 貞治 と詠む。 そこから石舞台まではかなりの距離だが、飛鳥を肌で感じるのには手頃の距離だと思ってかなり日が傾いてはいたが歩き始めた。飛鳥は古墳と遺跡の地である。石舞台までにも沢山の案内が立っていたがそれぞれを訪ねるわけにはいかないので石舞台を目指して肌寒い道を歩いた。 石舞台の周りが余りにも以前と変わっていたので入り口の人に聞くと 蘇我氏にに滅ぼされた時に回りの堀が埋められたのですが、それを昭和四十年頃に復元したので様子がすっかり変わりました と言う返事で納得した。そうかこの地はすさまじい権力争いが繰り広げられたところだったのだ と思ったら華やかな王朝文化ばかりではなかったことを改めて知った。蘇我兄弟の物語もこの辺りの話しかと其処ここを見回した。 肌寒き 飛鳥の里の 仏達 貞治 と詠み帰路に就いた。 |