| 言論と表現の自由とは |
先日裁判所が文春の発行禁止命令を出して大騒ぎになった、と言ってもメデァで飯をくっている人達が中心だが。なぜ発行禁止になったのかは今更おさらいの必要も無く衆知の事だが、発行していないのだから何がなにやら判らぬとも言える。 漏れ聞く所によると田中真紀子さんの長女の大切なプライバシーの事が掲載されているんだそうだ。その事についてどうやら事前に文春側と田中家との間で話し合いが持たれたらしいが、話し合いがつかず発売禁止の仮処分申請となり裁判所はこれを認めた。 裁判所が認めたことは怪しからんとメデァは非難していた。日頃良識の塊みたいな事を言うのが売り物の大先生が、これでは仕事がし難くなると本音を言ったのには笑わされた。 プライバシー保護に対する人々の関心は高く、裁判所もこれを追認してかなり厳格な姿勢で臨んでいる事は最近の判例でも見られる。 この騒ぎである若い弁護士のワイドショウでの発言には教えられた。彼が指摘したのは そもそも言論や表現の自由とは 政府や権力に対する庶民の抵抗行動の自由 を保障したものであって、他人の私生活を覗き見ることの自由を保障したものではない。と言う。 若いのに偉いなぁと感心した。特にテレビ局から出演料を貰って出ているのに、彼らに不利な事を発言した正義感にはまだまだ世の中捨てたものではないと安心した。 勿論これらの自由が広く適用される事から得られる果実も大きく、余り狭義な解釈は社会の損失を招くことは考えられるが、それにしても昨今の週刊誌類は度が過ぎている。 庶民が何時の時代でも退廃的な覗き趣味を持っているのをいいことに、自分達の利益のために罪も無い人を犠牲にして表現の自由を隠れ蓑にするのはいかがなものかと、日頃から思っていたので今回の裁判所の判決に溜飲を下げたは少し言い過ぎかもしれないが。芸能人のゴシップものにしても酷い物だ。 有名税だと皆さん諦めてしるようだが決して放置されるべきものではない。テレビにしても電波は公器だ。免許を得たら何を流してもよいというものではない。この機会に大いに反省して欲しいと密かに思っている人も多いのではないか。 |