| ローマの哲人セネカ |
年初「ローマの哲人セネカ」が翻訳出版されたと聞き図書館より借用して読んだ。 如何してこれほどの書物が今まで翻訳されずにいたのだろうかと不審に思うほどの内容で、石川啄木の歌ではないが 寝つつ読む本の重さに疲れたる手を休めてはものを思えリ を正に地でいった。 書物からあれほどの感動を受けたのは久し振りで誰かに吹聴したい気分になった。 自分の本であれば送りつけて 読め と言える竹馬の友がいることはいて、時々図書館の本をこっそり送りつけ何日までに返送せよなどと言って相手を困らせることもある。 さてこの本の内容をここでダイジェストすることなど到底できることではないが 唸ってしまった事は事実だ。 キリストと同時代を生きた哲人でローマの暴君ネロの少年時代にこれの教師を務めていたが、いろいろな宮廷の権力闘争に巻き込まれ 最高の権力者首相の座を追われる。 哲学者でもあり為政者でもあったらしい。 あんな人も二千年前にもいたんだなぁと意を強くしたり 今そこにいても違和感を感じる事も無い親しみを感じさせてくれたり、ごく当たり前のことを言っているに過ぎないともいえるが 何とも魅力のある御仁ではある。 孔子がそうであったようにセネカもまた指導者の地位には留まり得なかった。 水清ければ魚住まず と言うが古今東西の真理なのかなぁ。 残念なことではあるが人間に欲望という本能が与えられている以上仕方のない事かも知れない。 野に下ったセネカは著述に没頭するが大きな不安を抱えての毎日だった。 それは暴君ネロから何時死刑を命じられるかであった。 一日一日を最後の日として生きて結局自死するわけだが、この日を最後の日として生きる凄まじい生き方は感動に値はする。 しかし考えてみると生き物はみなそうかも知れない。 読後間も無くイラク戦争と言ったらいいのか 他国への侵入と言ったらいいのか知らないが、とにかくイラクで戦闘が始まり大変な数の人が死んだ。 イラク人に対する残虐行為は世界中からアメリカは非難された。 このころ梅原猛が大変なことを新聞に出していた。 キリスト教の聖書にもイスラム教のコーランにも人に対する残虐行為や人殺しを禁じてはいるが、それは仲間に対するものであって異教徒を殺してはならないとは一言も書いてない と指摘していた。 これは驚きでありそれから二三ヶ月経つのに彼等からの反論が掲載されていないのも拍子抜けした。 梅原猛が言うには仏教だけはあらゆる生き物の殺生を禁じている。 釈迦は虫をを踏みつけないかと常に下を向いて歩いたという。 キリストより六百年も前に既に釈迦は殺生をするなと教えていたそうだ。 これはセネカの言う事と一致する。 聖書がキリストの言った事をそのまま書いたものか、後から誰かが作ったものかは知る由も無いが、異教徒も殺すなと今からでも付け足して欲しいものだ。 |