オリンピックが間も無く終わろうとしている。日本も暑かったが゛アテネも相当な暑さで選手の皆さんも関係者もまた応援に駆けつけた人たちもさぞ大変でありご苦労様であったと思う。
日本は空前のゴールドラッシュで国中がわきたった。 誠に慶賀にたえない。 そして長引く不況で自信を失っていた日本人がその潜在能力を再認識し経済発展にも大いに寄与するだろうと識者はいう。 そうかも知れないしそうあって欲しいものである。さてオリンピックを何回も見てくると受ける感動も初回程ではなくなるのはこれまたやむを得ない現実で、もっと感動せよと言われてもどうしょうもない。
あるいは加齢が感動の反応性を弱めているのかも知れない。 そして意地悪婆さん式の見方が時々頭をもたげて周囲から ひんしゅく を買っている。 情けない性とは思うがこれも仕方が無い。大体が 面白くて やがて悲しき 鵜飼かな 芭蕉 こんな観点で見ているから心底感動しないのかも知れない。
大体どうしてこんな暑い時に開催するのだ。と不満が顔を持上げる。 何がどうした理由かは知らないがマラソン一つとってみても選手の人権を無視している。暑い暑いと三十五度もあるというのに グランドでネクタイ締めてスーツを着込む役員諸君の感覚を疑う。常識を外れている。
貴族が主催していたオリンピックの伝統を守る意識かも知れないが近代オリンピックには不似合いであると思うがどうだろう。さすがに最近はオリンピックを国威発揚の場とする思想は否定されつつあるが、勝負の場としての意識はいぜんとして強くて勝負に余りこだわらないファンには閉口する場面が多過ぎる。 その際たるものがドーピングの蔓延であり、ライバルスケーターの脚襲撃事件であり数え上げればきりが無い。
オリンピックはあくまでも個人の技能発表の場であって国威発揚や真剣勝負の場では無いと思うがどうだろう。 やくざの世界のような勝った負けた切った張ったの場や、かたぐるしい精神修養の場でもないのである。もう少しおおらかな明るく伸び伸びとしたオリンピックにしたほうが長続きするのではないか。記録や勝負に余りこだわり過ぎると何時かは行き詰まる時が来ると思う。
人に羽でも生えない限り100メートルを五秒で走る日はこないであろう。 勝負偏重の見方さえなければ井上康生のお父さんの空港における醜い土下座はなくて済んだはずでお気の毒としか言いようが無い。 敗者は常に古草鞋の如く捨て去られるのが勝負の世界の掟だ、だから皆努力をするのさ と割り切ってはオリンピック憲章が泣くだろう。
また銀、銅メタルに対する名誉も勝負にこだわり過ぎると影が薄くなりその現象もちらちら見え隠れしていたのも寂しい限りで勝負オンリーの弊害の一つだろう。 評価点方式もそろそろ再検討の時期にきていると思うがどうだろう。 あれほどの接近した評価点で金だと言われても見ている側でさえ納得できない場面が多過ぎる。
知恵を出すべきである。日本の野球チームも醜態の一語に尽きる。銅メタルだからではない。指揮も取れない人を監督とはどういうりょうけんなんだ。呆れて物が言えない。 オリンピック史上最大の汚点と思うのにマスコミの連中を始め、それが良い事をしたような語り口には言葉も無い。バッターが長島のユニホームに触れて出ていくなんて情緒的を通り越えてやくざの世界のはなしだ。 それをよしとする風潮は不健康な世相である事は間違いない。といろいろ気ななることの多いオリンピックである。
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