気品を失ったリーダ達

 何処の世界にも昔からリーダがいたし又今もいる。世界を動かしたり国を治めたりするリーダもいれば大工の棟梁として重きをなす人もいたし芸子舞妓の踊りの世界にもいた。そしてそれらの人々は総じて気品が有ったように思う。

 大昔の話は知る由も無いが少なくとも戦後の世界にはいたように思うがどうだろう。何時の時代にも玉石混合でいいのもいるが悪いのもいるで一概に言うのは軽率ではあるし 昔は良かった 式の懐旧の情緒は警戒すべきである事は承知の上の話ではあるが。

 さて昔は良かったかどうかは知らないが記憶に残る政治リーダの名前を挙げるなら先ず挙げなければならないのはインドのネール首相であろう。彼は戦後の冷戦時代に東西どちらの勢力にも組しないと宣言して中立ではない世界平和に積極的に貢献すると言って第3勢力を標榜してその旗頭として努力した。そしてその理念はガンジーの無抵抗不服従主義の流れを汲む平和主義であった。

 これは当時現実離れのした理想主義と嘲笑され大国からは疎んじられたが次第に世界の平和愛好者の支持を得て冷戦終結の原動力となったと思う。

 次に挙げるとすれば中国の周恩来首相であろう。ネール首相と同時期に長期間その地位にあり荒廃した国の復興に献身して共に国民から高い評価を得敬愛されたそうだ。そして内政不干渉等の平和五原則をバンドン会議で採択しバンドン宣言として発表した。この宣言は多くの開発途上国の支持を得てそれから各国の外交の基本となって行ったように思う。

 それからマレーア、インドネシアにも初期にはそれなりのリーダを見る事が出来た。その他にも勝れリーダが居たかも知れない。これらのリーダは現実の政治家ではあったが高い理念を持つ政治家であったと思う。写真で見るしかなかったが哲学者のような風貌を持っていた。

 日本にも今想えば勝れた政治家はいた。保守系では石橋湛山、松村賢三、 三木武夫等が挙げられまた革新系では清廉潔白の士は日の目を見なかったが相当数いた。政界に限らず各界に折り目正しいリーダがそれぞれにいたように思うがこれも昔は良かった式の情緒的判断かも知れないが古武士のようなその道の親方を私は身近にも見てきた。

 それらの人々が備えていた気品は何処から来るのだろうかと最近折りに触れ振り返ってみるのだがどうも彼らは自分の事より回りの事や広い視野に立っての展望や見識を持っていたのではないかと思う。一口に自分事は二の次と言うが凡人には中々の至難の業ではある。それだけに敬愛と信頼を得て指導力が有ったのであろう。

 さて翻って回りを見渡すと寒寒とした光景ばかりである。政界はご覧の有様だし日本を代表するような大企業の私欲振りは目を覆うばかりでとても信頼も敬意ももてない状況で商道徳のかけらも無い。その他の世界も醜聞に事欠かないことはご案内のとおりである。その上社会から包容力が消えて徹底的にやっつけろ式の評論ばかり目立つ。誰がこの流れを何時変えてくれるか待っている昨今である。