スイスからみた「911」〜America under attack〜総括


第二部〜「ショックSHOCK」

911の様子を報じるスイスの新聞

さて、第一部では、実際に自分自身が見た、経験した「911」を出来るだけ忠実に再現してみた。
本文中の英語でのやりとりもほぼ忠実にそのまま残した。
あの時のあの一種の皮膚感覚とも言うべき感じを、この英文のやり取りを見るだけで瞬時に思い出す事が出来る。
それほどのショックだった。特にIN社のG氏の発した「not surprising me」の言葉が、不謹慎ながら妙にあの場にはまった言い方だなあ、と思ったりもした。
さて、第二部以降では全く持って自分勝手な意見を述べさせて頂く。

「ショック」
なぜ、こんなにも今回の事件が私個人にショックを与えているのか冷静に分析してみたい。
まずは、それが余りにも現実離れしていた事に尽きるのか。
自分の今までの人生を振り返り、自分は一体どれほどのショッキングな事件に出会い、そしてそれが心に残って居るのか。
「浅間山荘事件」〜テレビのシーンは頭に残って居る。ここで警察側の陣頭指揮を取った佐々氏が今回核戦争を煽っていたとか。何だか残念である。
「よど号ハイジャック」〜詳細は大人になって分かったけど、覚えている。
「ホテルニュージャパン火災」〜詳細に覚えている。
「羽田沖日航機墜落」〜逆噴射。友人のお母さん(看護婦)が救出に行った。
「日航ジャンボ機墜落」〜友人のお父さんが乗っていた。遺書を残されていた。
「湾岸戦争」〜お陰で日本からの引越し船便が大幅に遅れた。
「阪神大震災」〜スイスで知った。大騒ぎだった。
「地下鉄サリン事件」〜これも大騒ぎだった。


どの事件も多くの人命を奪った、悲惨なモノばかりである。
例えば、日航ジャンボ機墜落では、D社に新入社員をして入社した時の同僚のお父様が乗っていらして、しかも後日、そのお父様が迷走する飛行機の中で遺書を残されており、それが発見されたりして話題になった。
また、その新人の時の勤務地は赤坂で、ニュージャパンホテルの焼け跡の斜め前だった。
そんな自分と事件との関連、そしてそのどれもが割と鮮明に「画像、映像」として頭に残っている。
今回の事件の被害者の数は、6千人余の方が亡くなった阪神大震災とほぼ匹敵する人数になろう。

しかしながら、何と言ってもショッキングである第一の理由は、例えば日本とアメリカの時差、スイスとアメリカの時差により、そのショッキングな映像をライブで目撃した事だろう。
例えばあの事件が、日本の通勤時間帯、あるいはヨーロッパの通勤時間帯に起きていたら、ライブでの目撃数はもっと減っていたのかもしれない。
同時に、ビルに旅客機が突っ込むと言う現実離れしている内容、そしてニューヨークの摩天楼のシンボルである双子のタワーが、まるでプロの解体業者が成し遂げた仕事のように崩壊してしまったという内容。
飛行機も、ボーイング757、767と言ったら恐らく分類は中型機に属すると思うが、エアバスの中型機と同様世界の空で活躍している言わば、中堅機であろう。
実際、私が初めてスイスに赴任した時の飛行機は、SAS(スカンジナビアン エアライン)のボーイング767だった。

もう一つのショック、これは極めて個人的になってしまうが、多くの同業者が被害に遭った事、だろうか。
じゃあ、他の業界の人だったらもっと軽かったのか、と言われるかもしれないが、もちろんそんな事はない。
ただ、上に挙げた事件がどれも不特定多数の被害者を出したモノで、今回ももちろん不特定多数の被害者であるが、とりわけ金融関係者が多かったのは万人の認める所だろうと思う。
当然ながら、WTCという賃貸ビルの性格上、またウォールストリートに極めて近いので、金融関係が多いのは自明の理である。
特に、日系の銀行はアメリカでのビジネスに各分野で力を入れており、さらに日系企業の一種の悲しい性で、アメリカのシンボルとも言えるWTCに居をわざわざ構えていた所が多かった、と言うのも今回は皮肉な結果に繋がった。


WTCに居を構えていた企業達
オフィス占有率が最も高かったのが米系モルガンスタンレー。
このMS(以下こう略す)、大きく、個人向けのMSディーンウイッターとMSの2つに分かれる。
今回WTCに入っていたのはMSディーンウイッター(個人向け)の方であった。
日本にもモルガンスタンレーはあるが、それは個人向けの方ではない。
沢山のかつての仲間が日本のMSにて今も働いているが、実は彼らとWTCのディーンウイッターはほとんど繋がりはないそうだ。
そしてCantor社。
ここは私もかつてはロンドンの方と商売が結構あった。たまに連中がスイスまで出張に来ていた。
現在このCantorは、米国国債の入札、ブローキングで有名である。
確か1500人位がWTCに居た、と聞いた。

日系では、富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行の3社は仲良く入っていた。
間もなくこの3行は「みずほ銀行」としてスタートする。
ただ、興銀だけはミッドタウンにもオフィスがあり、ほとんどはそちら勤務だったようだ。
従って3行の緊急時の避難先は、その興銀のミッドタウンオフィスに設定されていた。
3行の日本人派遣社員は今回それを忠実に守ったがために、人数とか行方不明者の数とかが割と早期に把握できた。
しかしながら現地採用社員は、当然自分の家をまず目指す。ゆえに人数確認に手間取ったという事らしい。
(現地採用の身としては、そうか、と納得しないと何だかやりきれないモノが残るのも正直な所ではあるが。)

いずれにしろ私の何人もの知り合いは、最低一度はNYを仕事で訪れているし、働いている。
この最中、NYに赴任する知り合いの先輩。
たった2週間前にWTCの展望台に居た英国人の知り合い。
NY出張のたびに、WTCの周辺の顧客回りをしている後輩。
普通の人々ももちろんそうだろうが、金融界に居る我々にとって今回の出来事は永遠に風化しない。



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