クレジット被害(ココ山岡)に遭ってしまったら
元原告 安達規久男さん
ココ山岡事件は、横浜に本社があり全国に98の店舗を置いて貴金属、宝石、真珠等を販売し、当時テレビのクイズ番組景品でも有名だったココ山岡宝飾店が、1997年(平成9年)1月10日、突然破産宣告を受けて倒産したことによって起きた全国的な消費者被害事件です。
被害者約9000人が、信販会社に対して全国一斉提訴し、2000年7月6日、東京地裁において全国統一和解により全面解決に至っています。
後に経営者のトップが詐欺容疑で逮捕され、刑事裁判で有罪となっています。この事件の問題点は2つあり、1)破綻必至の「5年後買い戻し商法」と、2)この商法が破綻すると知っていながらクレジット契約をさせていた信販会社の責任でした。
「5年後買い戻し商法」と言うのは、90万円以上のダイヤモンドを買えば、5年後にはその販売価格で買い戻すという特約で、ココ山岡は、当時、20才代の若者をターゲットに長時間のしつこい勧誘と巧みなまでのセールストークで強引にダイヤを販売していたのです。若者がターゲットであったことから、ほとんどがクレジット契約でした。私もその一人で破産宣告後の3ヶ月後に5年満期になる契約もあり、悔しさでいっぱいでした。買い戻しの約束が守られないことが明らかなのに、信販会社は割賦販売法の抗弁対抗権を認めず、請求を続けたのです。
全国各地で弁護士さんによる被害者説明会が開催されましたが、このような商法に関する裁判は前例がなく、裁判は簡単ではないと言われました。私は、消費生活センターの方に「あなたは裁判するしかない」と励まされて提訴に加わりました。
提訴後、被害者の会も立ち上げられ、自分なりに出来ることは何でもやってきました。全国の被害者の会との交流、情報交換も行い、仙台での裁判の私の原告本人尋問の際には多くの仲間が法廷にかけつけ、応援してくれました。裁判を戦う多くの仲間の存在に勇気づけられたことを今でも覚えています。
裁判は和解で解決しましたが、裁判を起こすときには不安で一杯でした。もしあの時「敗訴者負担制度」が導入されていたらどうだったか。自分も含め、ほとんどが20才代の若者でしたので自分の弁護士さんの費用を負担するのもやっとであり、更には当時は裁判を起こしても勝つ負けるかはわからなかったし、あの時もし負けたら相手の弁護士さんの費用まで負担させられるかもしれないと言われれば、経済的負担の重さからほとんどの若者は裁判をあきらめて「泣き寝入り」をしたのではないか、と思っています。
最後に、大阪被害者の会が、同会の解散集会において、仙台、広島、神奈川被害者の会の賛同も得て敗訴者負担制度反対の声明(2001年3月3日)を発表していますのでご紹介します。 声明文