HIV訴訟関係者のコメント

元原告の方


 私たち血友病患者の4割以上は、当時の輸入非加熱血液製剤によってエイズ/HIV感染症に感染し、想像を上回る壮絶な被害を受けました。当時、神戸・高知などで起きたエイズパニックは、言われなき社会の偏見や差別を助長し、治療技術のただ混乱するばかりの医療現場がさらに私たちを死の淵に追いやり、一人一人が行き場のない状態となっていました。ごくわずかな望みは混乱・低迷する医療現場を一日も早く改善して是正して立ち上げること。そして、そのためにも訴訟を通してこの事態を法廷に訴え、国や製薬会社から謝罪とその加害責任を引き出すことでした。

 しかし、薬害エイズ裁判に臨むにはプライバシーがおかされる不安や裁判にかかる費用の心配がありました。また裁判に必要な情報の殆どが国や製薬企業にあり、隠されてしまうといった原告側に不利な条件も重なっていました。こうした悪条件からはじめのうちは不利な訴訟は断念するしかないとの思いをもった方々もいたことも訴訟を難しくしていました。一人一人がドミノ倒しの如く尊い命が奪われた決して古くない時代の薬害エイズ裁判です。

 そんな中、私は1989年の第一次提訴に関わり、私自身「落ち度がない被害者の自分が負けるはずがない」といった信念のもと、7年をかけて1996年3月には被告・原告合意による謝罪を兼ねた和解を勝ち取ることができました。和解の合意事項の一つとしては、国は薬害感染被害者に対して、恒久対策を確約するといったこれまでにない歴史的な内容でありました。

 しかし、今回の「弁護士費用敗訴者負担制度」が当時導入されていたら、原告団に加わることをためらう薬害感染被害者も増え、集団訴訟によって勝ち取った和解にみる薬害エイズ裁判の道にもかなりの影響が出たものと実感します。国の責任はあいまいにされHIV治療体制の改善はおくれ、もっともっと多くの命が奪われていたことでしょう。私も信念だけで訴訟に参加をすることは出来なかったと思います。

 昨今、これまで泣き寝入りを余儀なくされた数々の医療被害者もようやく社会の中で日の目を見ることができるようになりました。弱者である患者にとって最も不利な「弁護士費用敗訴者負担制度」の導入は、また泣き寝入りに逆戻りする制度であり、安心した医療が受けられる社会から遠ざける制度であると実感します。


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