交通事故被害者の立場から

被害者の妻


 私の夫はトラックの運転手でしたが、平成10年の暮れに高速道路の多重衝突事故で重傷を負って意識不明となり、1年半後に亡くなりました。
 事故の連絡を受けて県外の病院にかけつけたときには、夫はすでに意識がなく、事故の状況も直接夫からは聞けない状態でした。病院の方でも、事故状況を正確には把握していなかったようで、最初、運転中に意識を失って反対車線に飛び出したというような説明を受けたこともありました。

 その後、警察の捜査もある程度すすんで、霧のためにゆっくり進んでいた自動車に後続のトラックが衝突したのがきっかけとなって、十数台の車が次々と衝突していった多重衝突事故であったことがわかりました。
 私の夫は大型トラックに乗っていましたが、後ろから追突してきたのも大型トラックでした。
 事故後、後続のトラックの運送会社は、わりと早い段階から私に示談しないかと言ってきました。
 私は、事故直後で事情もまだよくわからないし、夫の治療もこれから先どうなるかまだまったくわからない段階なので、後で話をしたいとお断りして、夫の治療に専念することにしました。

 弁護士に相談して、事故の記録を取り寄せる等しているうちに、事故状況が少しずつわかってきました。私たちは、夫が前のトラックに続いて衝突しないで停止したところに、後続のトラックが追突してきて、押し出された夫が前のトラックに追突して重傷を負った事故であると考えました。
 一方で、相手方は、夫が先に前のトラックに自分で衝突しており、後続車が衝突した段階ではすでに重傷を負っていたとの主張を始めるようになってきました。
 夫が亡くなった後、損害賠償請求をすることにしましたが、相手方との事故状況のとらえ方が全然違うので、裁判手続によることにしました。

 働き盛りの男性が亡くなったこともあって、損害賠償額が大きいため、弁護士費用も、訴状に貼る印紙額も大きくなり、弁護士のアドバイスを受けて、法律扶助という弁護士の費用を立て替える制度を利用して、さらに、印紙をとりあえず免除してもらう訴訟救助の申立をすることにしました。
 夫が事故にあってから、私も仕事をやめており、労災からの給付だけで一家が暮らしていましたので、基準どおりに裁判費用を用意しなければならないのでは、裁判をするのも容易ではなかったと思います。

 裁判では、相手方が事故状況を全面的に争ったため、タコグラフチャートの鑑定や、証拠をふまえた上での大学教授による鑑定を重ねました。
 二つの鑑定の結論はいずれも、夫のトラックが前のトラックに続いて停止したところへ後続のトラックが追突してきて、押し出された夫のトラックが前のトラックに追突したと、いう私たちの主張に沿うものでした。
 これで、ようやく私たちの主張が認められるものと考えました。
 ところが、相手方は、それまでは、「自分たちが衝突したときにはすでに夫は自分で前のトラックに追突して致命傷を負っていた」と主張し続けていたのに、その主張を翻し、夫の血管に元々奇形があったことを理由にして、事故直後に夫が元気だったという目撃証人を登場させ、「自分たちの衝突で夫は重傷を負ったのではない。元々あった脳内の血管の奇形のために脳出血を起こしたのだ。」という主張を始めたのです。
 結婚してから、事故までの間、夫がこの奇形によって日常生活に支障を受けていたということはまったくありませんでした。この奇形に気づくこともなく、普通の生活を送っていたのです。
 相手方がこのような主張を始めたのは、裁判が始まってから約2年を経過した最近になってからです。このため、まだしばらく裁判は続くことになりそうです。

 この裁判の直接の相手方である被告は運送会社ですが、実質は、運送会社が契約している損害保険会社です。
 これまで、相手方は、コンピューターグラフィックを駆使した事故状況の図面を提出したり、自分たちで直接依頼した自動車事故工学の専門家なる人物の意見書を繰り返し提出してきたり、豊富な資金力に基づいて準備した証拠を次々と提出してきました。
 私は、今回、思い切って裁判をすることにしましたが、鑑定の結果が出るまでは、自分たちの主張が正しいのかどうかずっと不安でした。これまでも、何度も何度も弁護士に「私たちの主張は認められるんでしょうか」と不安を抱えて尋ねてきました。鑑定が出て安心しかけたところに、これまでとは違う新しい主張がでてきたので、また不安がでてきました。

 今回、私が依頼している弁護士から、弁護士報酬の敗訴者負担制度の導入という動きがあるということを聞きました。
 裁判をしてみなければ主張が認められるかどうかわからないときに、負けたならば相手方の弁護士の費用も負担しなければならないという制度だったならば、私は裁判を起こさなかったかもしれません。
 夫を突然の事故で失い、夫の治療のために仕事をやめ、小さな子ども二人と生活している私が、もし裁判で負けたら、相手方が自分の弁護士に支払った標準報酬額の大部分を、私の裁判の場合は、おそらく数百万円にもなる相手方の弁護士費用を全部負担しなければならないと言われていたならば、相手方の主張に負けて泣き寝入りをしていたかもしれません。

 今回、私は豊富な資金を有する会社を相手方として、法律扶助という制度を利用しながら、裁判を続けてきました。私のような普通の人間が、裁判を利用することをあきらめてしまうような制度ができるのだとしたら、それはとても怖いことだと思います。
 誰でも普通に生活しているときは、自分が裁判に係わるなんてことは予想できません。でも私の家族のように突然事故にあって裁判をしなければならないようになることだってあるのです。
 そんなときに、裁判をあきらめさせるような世の中にはならないでほしいと思います。 


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