弁護士報酬の敗訴者負担制度の導入に再検討を求める決議
【決議内容】
司法制度改革推進本部では、弁護士報酬の敗訴者負担制度を導入する方向で検討が進められているが、同制度の導入は、国民の司法アクセスを阻害するおそれが高いとともに、本人訴訟を原則とするわが国の民事訴訟制度において現実に多数の本人訴訟が提起されている実態にそぐわない等の事情に鑑みるとき、現時点においてこれを導入することは時期尚早であることから、愛知県司法書士会は、司法制度改革推進本部に対し、同制度の導入について再検討を求める。
【提案理由】
訴訟の結果をあらかじめ予測することは困難です。
そもそも裁判に至るのは、双方に言い分があってのことです。双方の主張を整理し、互いに立証を尽くした上でなければ、確定的な判断は困難です。また、行政機関や大企業を相手とする訴訟では、証拠が相手方当事者に偏在している傾向があるため、証拠収集の限界から立証に困難を極めることがあります。さらに、法律の解釈・適用が裁判官によって異なることも少なくありません(第一審判決が控訴審で取り消されることもある)。消費者被害救済訴訟、労働訴訟、行政訴訟、公害訴訟、医療過誤訴訟などでは、市民や消費者が勝訴することは容易ではありません。
勝つべき者が必ず勝つとは限らないのが、現実です。
「万一、負けてしまった場合、相手方の弁護士の報酬も負担しなければならない」。
市民の抱くそうした不安が、訴訟の提起を萎縮させてしまうおそれが十分にあります。
そもそも、司法制度改革は、市民の裁判所へのアクセスの拡充を一つの目的としながら、敗訴者負担制度の導入が正反対の結果を招来するならば、本末転倒です。
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わが国の民事訴訟制度は本人訴訟を原則とし、弁論能力ある当事者は本人で訴訟追行することが認められ、弁護士に訴訟委任するかどうかは当事者の自由な選択に委ねられています。高学歴社会の現代にあっては、司法書士の支援を受ければ、最低限の弁論能力をもって訴訟を追行することが可能な市民も少なくありません。そして、現実に、簡易裁判所のみならず、地方裁判所でも数多くの本人訴訟が提起されています。
この現状下にあって、勝訴当事者の自由意志で委任した弁護士の報酬を敗訴当事者が負担することになれば、当事者本人が訴訟追行する場合と比べて、敗訴者の負担が著しく増す結果となり、不合理であり、不公平です。
「代理人を介することなく自ら直接、訴訟に参加したい」「弁護士に依頼するほどの難解な事件ではない」等、弁護士に委任せず、本人訴訟を選択する当事者の動機はさまざまです。司法制度改革推進本部司法アクセス検討会では、訴訟では弁護士に委任するのが当然の前提として議論がなされていますが、現実に弁護士に委任しない本人訴訟が多数、提起されている原因の検討は、ほとんどなされていません。もちろん、弁護士数の不足もその原因の一つですが、それが絶対的な理由ではありません。仮に弁護士不足が主たる原因とするならば、弁護士の大幅な増員が現実のものとなり、増員の与える実際の効果を見極めた上で議論を始めても遅くはありません。
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敗訴者負担制度をすでに導入している諸外国においては、導入の弊害を補うための制度が用意されています。たとえば、ドイツなどでは、負けた場合の相手方の弁護士報酬分までカバーされる権利保障保険が広く普及していますし、国民の半分近くが法律扶助を利用でき、しかも扶助を受けた人が返還をしなくてもよい給付制が基本となっています(ちなみに、日本の法律扶助は、法律扶助予算がきわめて少ない上に、利用者が返還義務を負う立替制です)。フランスでも法律扶助が充実しています。
このように諸外国と比べても、わが国では基盤整備が遅れています。
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確かに、勝訴しても弁護士費用が各自負担となることで勝訴者の権利が稀釈される、との導入積極論者の意見は傾聴に値しますが、前記のとおり導入を可能とする制度が整備された上で、将来的な検討課題として引き続き、国民の間で議論が熟するのを待ちたいものです。敗訴者負担制度により濫訴や不当抗争を抑制できるとの意見に対しては、いわゆる「二割司法」の現状においては、濫訴の心配よりも、泣き寝入り解消のための裁判所へのアクセス拡充こそが急務であると反論したい。
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以上のとおり、わが国の現時点において敗訴者負担制度を導入することは時期尚早であると言わざるを得ません。よって、司法制度改革推進本部に対し再検討を求めるため、本決議を提案する。
2003年5月24日 愛知県司法書士会定時総会において