2001.1.19

 

       弁護士報酬敗訴者負担制度に反対する意見書

 

                     尼崎公害訴訟弁護団長 弁護士 中尾英夫

 

司法制度改革審議会

  会長  佐藤幸治殿

 

 尼崎公害訴訟弁護団は、以下の理由により、貴審議会の中間報告における、弁護士

報酬の敗訴者負担制度に関し、強く反対するものである。

 尼崎公害訴訟は、昭和63年12月、483名の公害患者及遺族を原告、公害企業9

社と国、阪神道路公団を被告として提訴され、平成11年2月17日被告企業9社が原

告に24億円の賠償金を支払うことで和解を成立させ、そしてついには被告国・公団に

対し平成12年1月31日第一審勝訴判決、さらに同年12月8日控訴審の勝利和解を

勝ち取って終結したものであって、右判決及和解は、単に当事者である原告の救済にと

どまらず、国民各層に大気汚染に対する関心を喚起し、企業の公害防止のための法的責

任を再認識させ、国の道路行政にも猛省を促すなど、広く社会に影響を及ぼしたもので

ある。

 しかるに、右のような結果は、弁護士費用の敗訴者負担制度のもとでは、到底実現し

えなかったものと思料される。

 本件訴訟では原告らの多くについて訴訟救助決定が認められたことからも明らかなよ

うに、原告らの資力は極めて乏しく、そのため訴訟代理人になった約50名の実働弁護

士はいずれも手弁当で訴訟追行に携わったものである。換言すれば、原告となった公害

患者らが訴訟の提起に踏み切れたのは、訴えの提起にあたり、訴訟救助制度と弁護士ら

のボランティア精神によって、各原告の経済的負担が僅少な額であったためと言いうる

のである。

 しかるに、敗訴した場合被告らの弁護士報酬を負担しなければならないとなれば、おそら

く莫大な額になるであろう相手方弁護士報酬を負担できるだけの資力のある原告は皆無と

いってよく、提訴に踏み切れた原告が存在していたかは疑わしい。

 確かに原告らは提訴に当たっては、完全勝利を目指していたものではあるが、実際問

題として両当事者の経済能力、調査力、資料の蓄積等の点でその格差は極めて大きく、

さらには原告の記憶の風化、死亡などもあり、困難な立証活動を強いられることは明ら

かであった。また被告の時効の主張もゆるがせにはできず、そして提訴後審理に12年の

歳月を要したことから考えても、原告らにとって、提訴時における訴訟の見通しは到底楽

観を許すものではなかった。

 なるほど本件報告では、敗訴者負担制度導入に対しては「訴訟を通じて社会的に問題

を提起し、立法府や行政府に政策の変更や制度の改革を迫る、いわゆる政策形成訴訟に

ついて」は訴え提起の萎縮効果が特に問題になると指摘されており、公害訴訟などにつ

いては例外とされるようにもとれるが、同報告で具体的にあげられているのは労働訴訟

、少額訴訟のみであり、公害訴訟が必ずしも例外とされるか現時点では定かでない。ま

た、公害訴訟であっても、必ずしも差止めを求めるとは限らず、通常は損害賠償請求と

して訴えが提起されることから、その場合「政策形成訴訟」として例外とされる保証も

ない。そしていずれにしろ、敗訴者負担が適用されないことが明確になるのは判決時と

なろうから、たとえこの種の事件が敗訴者負担の例外とされるにしても、提訴に対する

萎縮効果は否めない。

 同報告は、高額な弁護士費用とそのため勝訴しても十分な権利回復がなされないこと

が国民の訴え提起を躊躇わせる原因であると指摘し、これが弁護士報酬の敗訴者負担制

度を提唱する理由となっている。

 しかし、訴え提起を躊躇わせる真の理由は多くの場合、着手金の捻出が容易でないこ

とや、果たして裁判所が真実を見極めて公正な判決を下してくれるだろうかといった不

安である。前者に対しては、むしろ法律扶助制度の拡充などの公的な援助制度、後者に

対しては陪審制の導入や裁判官の増員、裁判関係者の研鑽、裁判手続きの民主化・明確

化などで対処すべきことであろう。

 いずれにしろ、敗訴者負担制度の導入は、それによって国民が裁判を利用しやすくな

るどころか、訴え提起の萎縮効果を招くものといわざるをえない。

 以上の次第であるので、貴審議会が導入を提唱する弁護士報酬の敗訴者負担制度につ

いて、我々弁護団は強く反対するものである。

                                     以上