弁護士費用敗訴者負担に関する意見書

200125

独禁法・公正取引研究会   

代      表 弁護士 村山  眞

事務局(起草担当)弁護士 中嶋  弘

1. 当研究会の意見

 弁護士費用敗訴者負担制度の導入に反対する。

 なお,中間報告では,弁護士費用と弁護士報酬という用語が使用されているが,「敗訴者に負担させるべき弁護士費用額」という表現からしても,「弁護士費用」を用いることも許されると解されるので,本意見書では,弁護士費用という用語を用いることとする。

 

2. 意見の理由

(1) 当研究会は,大阪弁護士会及び京都弁護士会所属の弁護士35名から構成される任意の団体であり,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という)等の関係法令を研究し,活用することを目的とする研究会である。

 このような当研究会の性格に照らし,本書面では,弁護士費用の敗訴者負担制度について,専ら独禁法に関連する訴訟(以下「独禁法訴訟」という)の観点から意見を述べる。

(2) 司法改革は「国民が利用しやすい司法の実現」を目指すものとされている(中間報告)。「国民に利用しやすい司法制度」という表現がくり返し用いられており,弁護士費用の敗訴者負担制度も,国民が裁判を利用しやすくする目的で導入が検討されている。すなわち,同制度には「弁護士費用の高さから訴訟に踏みきれなかった当事者に訴訟を利用しやすくする」との評価が与えられている。

(3) しかしながら,独禁法訴訟については,次のことが指摘できる。

 第1に,経済の国際化,自由で公正な取引の重要性が指摘され,独禁法が重視されるべき時代となった。とりわけ,中間報告でも指摘されているとおり,過剰な規制を緩和し,市場原理のもと自由で活発な経済活動が行われる時代にあっては,公正なルールの遵守とその違反に対する救済が十分に図られなければならない。そのため,独禁法訴訟の重要性はますます高まっており,21世紀のわが国において独禁法訴訟が国民に積極的に利用されることが重要である。

 第2に,独禁法訴訟が重要であるにもかかわらず,独禁法違反行為や損害についての立証が困難なことである。独禁法違反行為により被害を受けた国民が損害賠償訴訟を提起する場合,独禁法違反行為を立証しなければならないが,ある行為が独禁法に違反するか否かは,「一定の取引分野」「競争の実質的制限」「公正競争阻害性」など,市場分析や経済効果の分析を必要とするなど極めて微妙な判断が要求され,専門の調査手段をもたない私人が,提訴前(あるいは応訴前)に,明確な見通しを立てることは困難といえる。(なお,公取委の審決が存在する場合には事実上の推定効があるが,審決の大部分を占める勧告審決の推定の程度は「相対的に低い」とされているし(最高裁平成元年128日判決),そもそも公取委の審決がなされるのは限られた場合である。)

 また,独禁法違反行為による損害は,独禁法違反行為がなかったならば形成されたであろう価格あるいは取引状況を立証しなければならないところ,かかる立証は極めて困難であり,実際,損害の立証がないとして請求が棄却された事例もある(たとえば東京高裁昭和52919日判決など)。

 以上のような立証上の困難性は,「独占禁止法違反行為に係る民事的救済制度に関する研究会」による報告書(平成1110月)にも明記されている。

 このように,立証上困難が多い独禁法訴訟においては,提訴段階で勝訴の見込みを立てられることは少ないため,弁護士費用の敗訴者負担制度が導入されれば,独禁法違反行為の被害にあっても,提訴をためらう事例が増えることは容易に推測できる。

 第3に,昨年512日に,独禁法が改正され,独禁法違反行為に対して被害者たる私人に差止請求権が導入された(本年41日施行)こととの関連である。差止請求権が導入された趣旨は,規制緩和に伴い,社会全体が事前規制から事後規制に転換していく以上,公正かつ自由な経済社会の基本的ルールである独禁法に違反する行為によって被害を受けた者が自ら救済を図る手段を整備する必要があるからであった。

 ところで,独禁法上の差止請求権が認められるためには,差止の対象となる行為が不公正な取引方法に該当しなければならない。不公正な取引方法に該当するか否かの判断が微妙であることは前述のとおりである。

 さらに,差止請求権が認められるためには,「著しい」損害またはそのおそれが必要とされている。何が「著しい」損害にあたるかは,「個々のケースに応じて裁判所が個々に判断することになる」とされており(公正取引597・29),裁判例の蓄積がない現状では,著しい損害が認められるか否かを予測することは困難である。

 また,差止判決の主文として,どの程度の作為や実行確保手段まで認められるかについても,個々の事案毎の判断とされており,被害者が求めた請求が認められるか否か,どの程度認められるか,を予測することは困難である。

 以上のとおり,差止請求訴訟の要件,効果の多くが今後の実務に委ねられているのであり,提訴(あるいは応訴)段階で勝訴の見込みを立てることは極めて困難である。

 本改正法も差止請求訴訟を私人が活発に利用することを期待していると思われる(たとえば,公取委の担当官は「民事的救済制度が有効に機能するよう資料提供等に協力すること,独禁法の抑止効が高まることを期待していること」を明らかにしている。公正取引597・33)。にもかかわらず,弁護士費用の敗訴者負担が導入されれば,独禁法違反の被害にあった者が提訴をためらう可能性が高く,せっかくの差止請求権が活用されにくくなるおそれがある。

 なお,弁護士費用敗訴者負担制度のもうひとつの効果である「濫訴の防止」については,立法上の手当がなされている(改正後の独禁法83条の2)。

(4) 以上のとおりであり,現状で弁護士費用の敗訴者負担が導入されれば,国民が裁判を利用しやすくなるどころか,かえって利用しにくくなるおそれが大きいから,弁護士費用の敗訴者負担には反対である。

以上