弁護士費用敗訴者負担制度に反対する意見書
2001年2月5日
瀬戸内ハンセン病国賠訴弁護団
第1 司法制度改革審議会「中間報告」が提案する弁護士費用の敗訴者負担制度は、国に対し損害賠償を求める集団訴訟の提起を著しく萎縮させ、市民の裁判を受ける権利を奪う結果となるので、その制度の導入には反対です。
第2 瀬戸内ハンセン病国賠訴訟とは、元ハンセン病患者が、国の誤ったハンセン病政策に基づく様々な被害の救済を図るため、国に対し、その謝罪と損害賠償請求を求めている訴訟で、現在、岡山地方裁判所に係属している訴訟です。
元ハンセン病患者は、90年にも及ぶ国のらい予防法下におけるいわゆる「絶対隔離絶滅政策(症状の如何にかかわらず、ハンセン病に罹患した者は全て強制的に療養所に収容し、療養所において患者が死に絶えるのをまつことでらい患者を絶滅させようという政策)」により療養所に隔離収容され、今もなお全国13の国立療養所において、4500名を超える在園者が、故郷にも帰れず、社会復帰もできずに淋しく死を待つばかりの状態に置かれています。このような国の政策は、医学的ならびに人権的にも国際的潮流に反したものでした。
また、国は患者を療養所に収容した後も、「囚人以下の処遇を行う」という方針のもと、医療・看護体制も不十分なままにし、患者に患者の看護を行なわせ、療養所の作業を行なわせました。さらに患者には断種・堕胎を強要し、子孫を残すことさえも許さなかったのです。療養所においては、療養所所長に懲罰権等の絶大な権限が与えられていたことから、在園者は厳しい外出制限、過酷な強制労働、残忍な断種・堕胎に対しても十分抵抗することができず、療養所における過酷な生活を強いられました。
さらに国は、強制収容等を徹底的に行なうために、無らい県運動(県内においてらい患者を一掃していこうという運動)を展開し、ハンセン病患者は「おそろしい伝染病に罹った者」「社会から排除し隔離されるべき存在」という、いわれのない差別偏見を民衆に植え付けていきました。これにより、差別偏見の被害は、患者本人だけでなく、ハンセン病(らい)患者を出したということで患者家族までが村八分にあうなど、その被害は患者のみならず、家族及び親類縁者にまで及びました。
ハンセン病元患者にとっては、発病後、生活し、生きていく全ての過程において国から加害行為を加えられ続けていたといっても過言ではなく、まさに全人生、全人格を奪われたといってもよいくらいの、筆舌に尽くしがたい損害を受けたといえます。
このような残酷かつ重大な人権侵害行為が、戦後50年近くも司法で裁かれることなく放置されてきたのは何故でしょうか。
現在、東京、熊本、岡山の各地裁の裁判所に原告として裁判に参加している在園者は、全国療養所の在園者約45000名のうち、未だに1割程度しかいません。弁護士が元患者の元に出向き、様々な形で説得するなどして、原告の拡大を図ったにもかかわらず、大多数の在園者は原告ではありません。多くの方々があげるその理由は、過去のつらい話を思い出したくないということ、現在の生活に波風を立たせたくないということ、家族に迷惑がかかることを避けたいというものです。原告になっている方でも、同様の理由で実名を明らかにせず、他の在園者に原告に参加したことを明らかにせずに、原告番号で参加している方が多数を占めています。在園者にとって、療養所という生活の場が、国に管理・支配され、かつ社会から閉ざされていることから、国を相手に裁判で「過去の被害を明らかにし、加害者にその責任をとってもらう」ということは、極めて勇気のいることなのです。
また、経済的に貧しい状態に置かれてきた在園者が、多額の訴訟費用を案じて、提訴をためらってきたことも事実です。
このように原告になることすらためらうような訴訟において、さらに敗訴すれば、相手方の弁護士費用まで負担しなければならないという制度が導入されれば、原告に参加することがますます困難になるでしょう。仮に、原告になる者がでたとしても、経済的に恵まれたごく少数の者に限定されることが容易に予想されるところであり、大多数の被害者は泣き寝入りせざるを得なくなります。このように司法救済の閉ざされた国家は、もはや法治国家とはいえないといえます。
また、国は、らい予防法廃止に際し、ハンセン病元患者に対し、形式的な「謝罪」と低額の援助金を支給したのみで、前述の甚大な被害にふさわしい実質的な被害救済措置は何らとっていません。このような状況で実質的な被害救済をを求める方法としては、裁判に訴えるしかないにもかかわらず、もし仮に、国側代理人の弁護士費用まで負担しなければならないとすると、法治国家たる我が国において何ら救済方法がなくなり、ハンセン病もと患者は泣き寝入りするほかなくなるのです。
また、ハンセン病国賠等請求訴訟においては、原告は、慰謝料として1人あたり金1億円の損害賠償を求めています。しかし、原告・被告間の手持ちの情報量・資料の圧倒的差から立証活動の面で多くの困難を伴い、加えて、我が国の精神的苦痛に対する金銭的評価の低さから、仮に勝訴判決を得たとしても一部(低額)認容になるため(現行においては断言できる状況といえます)、結局は、本件訴訟においても割合的に弁護士費用を負担しなければならないことになり(仮に本件訴訟において認容額が金1千万円とすると、9/10は原告が負担することになります)、この点でも、やはり訴訟提起を萎縮させてしまいます。
以上のように、本件訴訟において弁護士費用敗訴者負担の弊害は極めて大きいのです。
我々、瀬戸内ハンセン病弁護団は、ハンセン病元患者に対する人権侵害が長年放置されてきたという過ちが二度と繰り返されないためにも、法曹の責任を自覚したうえで、今回の敗訴者負担制度の導入を断固として阻止する決意です。