☆民主法律協会意見書「労働裁判改革に関する意見書」(2000年11月29日)の抜粋

U 弁護士費用敗訴者負担制度は絶対に許されない

1 弁護士費用敗訴者負担制度は司法へのアクセス障害を招く制度

  まず最初に、当協会は、貴審議会が導入を図ろうとしている弁護士費用敗訴者負担制度に対し、大きく警鐘を鳴らすものである。

 貴審議会は、中間報告において、弁護士報酬の高さから訴訟に踏み切れなかった当事者に訴訟を利用させやすくするために、弁護士費用の敗訴者負担制度を導入すべきであるとしている。しかし、これは根本的に誤りである。弁護士費用敗訴者負担制度ば多くの国民(庶民)にと,て、司法への決定的なアクセス障害となる制度である。

  多くの国民(庶民)において、裁判を提起するということは、一生のうちにそう何度も訪れるものではない。しかも、労働裁判における労働者側(大半は原告)勝訴率は一般の民事訴訟事件における原告勝訴率と比較してかなり低い。労働者は、経済的に圧倒的なカの差のある企業を相手に、「負けるかもしれない、しかしこのまま泣き寝入りはできない」という覚悟を持った上で訴え提起に至るのである(これは、労働事件だけに限られるものではなく、消費者訴訟公害訴訟なども同様である)。

  そのような場合に、勝てば弁護士費用は相手方の負担となるといっても、逆位負ければ、自分の弁護士費用に加えて相手方の弁護士費用まで負担させられることになるとすれば、庶民はどのような心理状態になるだろうか。相手方に資力があるか否かは不明なことが多いから、勝った場合に相手方から弁護士費用を回収できるかどうかは分からないことが多い。他方、負けた場合に相手方から請求されるのは確実である。こうしたことを考慮に入れて裁判を提起するか否かを判断しなければならないとすれば、裁判提起に不安を感じ、ためらうのが庶民の通常の感覚である。このように、国民、特に労働者を含む庶民にとっては、弁護士費用敗訴者負担制度が司法へのアクセスに決定的な障害となることは火を見るより明らかである。こうして法的手段をためらう国民は暴力団に解決を依頼する方が手っ取り早いということになりかねない。社会はアウトロー化が進行し、「法の支配」は空念仏となることだろう。(なお、企業が商取引に伴う紛争を司法的に解決しようという場合には、長期的に見ればコストはプラスマイナスゼロとなるので、弁護士費用が自らの負担か敗訴者負担かはあまり関係がない。)

  貴審議会は、政策形成訴訟は例外とする方向も示しているが、およそすべての訴訟は当事者の私的利益を追求するものであると同時に、社会的な意義も有しているものであり、こうした基準は曖昧で恣意的に流れるものと言わざるを得ない。

2 弁護士費用の自己負担が司法へのアクセス障害の原因ではない

  そもそも、司法へのアクセスの障害の原因が、弁護士費用を自ら負担すべき現行制度にあるのではない。司法へのアクセス障害は、司法解決のスピードが遅く、水準も低いため、国民が司法に多くを期待していないことに原因がある。すなわち、裁判官の数が少ないために審理に時間がかかり、かつエリートのキャリア裁判官が庶民の生活実感を理解せず、「強者の論理」で裁判をするからである。こうしたキャリア裁判官は、労働事件などにおける事実把握や証拠の偏在の是正にも消極的である。このような本質的問題の解決がなされてはじめて、国民の司法への期待が高まり、アクセス障害がなくなり、「法の支配」が貫徹されることにつながるのである。

  弁護士費用については、法律扶助の拡大等によって十分にカバーできるものである。また、悪質な使用者の人権侵害に対して裁判を提起しなければならないような場合には、損害賠償によりカバーできる(裁判所の認定する慰謝料額が現状はあまりにも低すぎるのが問題であり、是正されるべきである)。

  そのような場合に、勝てば弁護士費用は相手方の負担となるといっても、逆位負ければ、自分の弁護士費用に加えて相手方の弁護士費用まで負担させられることになるとすれば、庶民はどのような心理状態になるだろうか。相手方に資力があるか否かは不明なことが多いから、勝った場合に相手方から弁護士費用を回収できるかどうかは分からないことが多い。他方、負けた場合に相手方から請求されるのは確実である。こうしたことを考慮に入れて裁判を提起するか否かを判断しなければならないとすれば、裁判提起に不安を感じ、ためらうのが庶民の通常の感覚である。このように、国民、特に労働者を含む庶民にとっては、弁護士費用敗訴者負担制度が司法へのアクセスに決定的な障害となることは火を見るより明らかである。こうして法的手段をためらう国民は暴力団に解決を依頼する方が手っ取り早いということになりかねない。社会はアウトロー化が進行し、「法の支配」は空念仏となることだろう。(なお、企業が商取引に伴う紛争を司法的に解決しようという場合には、長期的に見ればコストはプラスマイナスゼロとなるので、弁護士費用が自らの負担か敗訴者負担かはあまり関係がない。)

 貴審議会は、政策形成訴訟は例外とする方向も示しているが、およそすべての訴訟は当事者の私的利益を追求するものであると同時に、社会的な意義も有しているものであり、こうした基準は曖昧で恣意的に流れるものと言わざるを得ない。

2 弁護士費用の自己負担が司法へのアクセス障害の原因ではない

  そもそも、司法へのアクセスの障害の原因が、弁護士費用を自ら負担すべき現行制度にあるのではない。司法へのアクセス障害は、司法解決のスピードが遅く、水準も低いため、国民が司法に多くを期待していないことに原因がある。すなわち、裁判官の数が少ないために審理に時間がかかり、かつエリートのキャリア裁判官が庶民の生活実感を理解せず、「強者の論理」で裁判をするからである。こうしたキャリア裁判官は、労働事件などにおける事実把握や証拠の偏在の是正にも消極的である。このような本質的問題の解決がなされてはじめて、国民の司法への期待が高まり、アクセス障害がなくなり、「法の支配」が貫徹されることにつながるのである。

  弁護士費用については、法律扶助の拡大等によって十分にカバーできるものである。また、悪質な使用者の人権侵害に対して裁判を提起しなければならないような場合には、損害賠償によりカバーできる(裁判所の認定する慰謝料額が現状はあまりにも低すぎるのが問題であり、是正されるべきである)。

  他方、医療制度のような国民皆保険制度が徹底されていない現状において(権利保護保険自体の是非が議論の対象となりうるが)、弁護士費用を敗訴者の負担とすることは、裁判を受ける権利の侵害というきわめて重大な結果をもたらすことになる。

  当協会は、弁護士費用の敗訴者負担制度には絶対に反対であり、もしどうしてもというのであれば、それは行政訴訟や国家賠償訴訟に限り、片面的敗訴者負担制度(国・自治体や行政機関が敗訴したときにのみ国民が弁護士費用を請求でき、国民が敗訴した場合には国・自治体等は請求できないという制度)として導入を検討すべきである。