理念なく、手続き的正義に欠けた
「同意を条件とする弁護士報酬の敗訴者負担」導入に反対する
当協会は、創設以来司法の民主化を自らの重大な活動課題とし、本年も11月29日に「司法改革」をテーマに、第36回司法制度研究集会を開催したところである。
同研究会においては今次の「司法制度改革」について積極・消極の両面から厳しい論議がなされたが、こと弁護士報酬の敗訴者負担問題に関しては、これを導入すべきでないとの見解で完全に一致した。この問題は民事訴訟の全体に関わる重大課題であり、「司法改革」の本質を象徴するテーマでもある。
あるべき民事司法の理念は、市民に大きく門戸を開いた裁判所を要求する。権利を侵害された社会的弱者の司法へのアクセス促進が最重要の課題として制度化されなければならない。ところが、司法制度改革審議会意見書から司法アクセス検討会へと続く審議の経過は、まったくこれに逆行するものと言わざるを得ない。
弁護士報酬敗訴者負担制度の導入は、弱者の司法アクセスを阻害し、司法本来の使命を放棄するものである。
当然のことながら、これには多くの市民が反対の声を上げた。その運動が反映して、弁護士報酬敗訴者負担の単純な導入は不可能な事態となっている。これに替わって、今、司法アクセス検討会は、「訴訟当事者の合意による敗訴者負担制度」の導入を企図していると伝えられている。
当該の制度は、「一方当事者の合意拒否によって敗訴者負担を回避できるのだから、提訴萎縮効果は生じない」とされる。その意味では、反対運動の反映というべき側面を有してはいる。しかし、なお私たちはこれを肯認し得ない。
その理由は、まず何よりも、この制度導入が何の理念の裏付けも持たないということにある。いったい何のために、このような前例のない奇妙な制度を導入しようというのであろうか。制度導入の理念、必要性の根拠を理解することは不可能と言わざるを得ない。
司法制度改革審議会意見書の掲げる理念は「司法アクセスの促進」にほかならない。「合意を条件とする弁護士報酬の敗訴者負担制度導入」は、まったく司法アクセス促進に資するところはない。
当該案は、司法制度改革審議会意見書を「原則導入の立場」と理解し、その範囲内で「比較的弊害の少ない案」として考え出されたように見える。しかし、司法の理念から制度設計をするのではなく、審議会意見書の呪縛から逃れられないことを前提とする制度設計は逆立ちした思考方法であって、愚の極みである。
さらに、この制度の性急な導入は国民意思形成における手続きにおいて不正義と言わざるを得ず、司法のあり方を真剣に考えてきた多くの国民に対する背信性を拭えない。
司法制度改革推進本部は、この夏約1ヵ月間をかけて、この問題についてのパブリックコメントを求めた。その応募数は5100通に達した。当然のことながら、その圧倒的多数は真摯な反対論で占められていた。また、市民運動と日弁連が集約した反対署名は、100万筆を遙かに上回る。
「合意を条件とする敗訴者負担制度」の導入は、これらの意見を述べた多くの人々の反対論議を肩すかしするものである。「合意を条件とする弁護士報酬の敗訴者負担制度」は、まったく先例のない思いつきに過ぎず、誰もが考えもしなかった制度である。改めて、市民の声を聞かずしてこれを導入しようとすることは、誠実にパブリックコメントを送付し、署名をもって意思表示した多くの市民に対する背信行為にほかならない。同意条件案の導入は、再度のパブコメ聴取の後でなくてはありえない。時間が足りない、時期が切迫している、などとはまったく理由にならない。時間不足を理由に拙劣な制度を作ることは後世に禍根を残すことになる。
合意を条件とする敗訴者負担導入案は、決して訴訟当事者の意見に耳を傾けて作り出されたものではない。机上の空論として、司法アクセス検討会論議乗り切りの辻褄合わせの制度を作ろうというものと指摘せざるを得ない。
理念なく、手続き的正義に欠けるこの制度導入案は、技術的に同意の提出のしかたを限定したり、特定分野の適用を排除すれば賛成できるということにはならない。むしろ、司法アクセス促進の見地からは、弁護士報酬の片面的敗訴者負担制度の導入など、提訴の促進に効果を有する制度の設定に意を尽くすべきである。
司法制度改革推進本部に、以上の旨を要望する次第である。
2003年12月22日
日本民主法律家協会
理事長 鳥生忠佑