弁護士費用の敗訴者負担について反対する
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株主オンブズマン
代 表 森岡孝二関西大学教授
1 はじめに
司法制度改革審議会は弁護士費用敗訴者負担制度について、労働事件、少額事件等を除き原則導入の方向で、中間報告を発表した。
私たちは今までの企業監視運動の経験から、この制度が導入されると市民による訴訟を通じての企業監視運動は死滅するので、これに強く反対する。
2 企業監視のための裁判は、この制度が導入されるとどうなるか。
(1) ハザマ株主代表訴訟について(東京地裁)
1993年10月1日、ゼネコンのハザマの役員が政治家に贈賄(約1億円)した事件に、その贈賄した取締役に責任があるとして取締役個人に損害賠償を命じた初めての事件である。
賄賂というのは会社の利益のために政治家に金を配り、その見返りとして公共事業の受注を受けている。賄賂の金を配ったおかげでそれ以上の会社の利益を受けている。賄賂の金は会社の出費になるが、その結果としてそれ以上の利益を上げているので会社に損害がない。そうすると、取締役の行為は違法ではあるが会社に損害がないという理由で、本件株主代表訴訟は棄却されるのではないかということが弁護団で大議論となった。
しかし、私たちはそんな企業の論理は裁判では通用しないということで、本件提訴に踏み切った。3件で総額1億円の株主代表訴訟であった。
もし、この時弁護士費用敗訴者負担の制度があったら提訴出来なかったと思われる。何故なら、1億円の損害賠償請求を行い、仮に原告株主が会社に損害がないという理由で敗訴すれば、相手方の弁護士費用を少なくとも1000万円負担することになるからである。提訴時にはこの種の事案の先例もなく、最終判決は予想できなかったからである。結局この裁判は勝訴し、企業の違法行為を抑止する大きな先例になったが、もし敗訴者負担制度があればこのような先例は勝ち取れなかったと思われる(資料1)。
(2) 高島屋株主代表訴訟(大阪地裁)
高島屋の一取締役が16000万円の金を総会屋に利益供与した事件である。この場合、担当取締役の責任は商法上(294条の2、3項)明白であるが、当時の社長にその取締役に対する監視義務違反があるかどうか必ずしも明らかではなかった。
もしこの時敗訴者負担制度があれば、当時の社長の監視義務違反の責任を追及することを止めていたことは明らかである。何故なら、当時の社長がどの程度本件事件に関与していたか、企業が持っている情報が一切株主に開示されていなかったし、万一敗訴すれば、16000万円の弁護士費用の1割とみても1600万円を株主に負担させることになったからである。
しかし現実に提訴して、総会屋への利益供与は社長にも責任がある旨の和解が成立し、この訴訟は企業の監視に対する大きな役割を果たした(資料2)。
(3) 住友商事株主総会取消請求訴訟事件(大阪地裁、大阪高裁)
この事件は、住商の一従業員が2800億円の銅取引の損害を発生させたのに、平成8年6月の株主総会で、従業員株主を動員して大声で「異議なし」「了解」と叫ばせ、一般株主の質問を遮り30分で終了した。これに対し、一株主が従業員株主を動員しての株主総会の強行は株主総会の取消事由になると提訴したが、最終的には大阪地裁でも大阪高裁でも株主側は敗訴した。しかしこの判例の理由中で株主総会のあり方について言及した点が企業の株主総会のあり方に大きな影響を与え、株主総会のあり方を変えたと評価された。
この裁判についても、敗訴者負担制度があれば提訴することが出来なかった。しかしこの判決がなければ、従業員株主を動員して「異議なし」「了解」と大声を上げる株主総会を変えるきっかけは作られなかったと思われる(資料3)。
(4) 日生・住生企業献金社員代表訴訟事件(大阪地裁)
現在、日本生命・住友生命の契約者が保険業法に基づき保険会社が自民党に献金するのは取締役の善管注意義務違反であるとして、社員代表訴訟を行っている(資料4)。しかしこの事件は、昭和47年に有名な八幡政治献金訴訟があるだけである。この場合、八幡政治献金訴訟が保険会社等の相互会社にも及ぶのかどうか、さらには当時の「自由主義経済体制を守る」という論理が現在にも通じるのかどうか、この最高裁判決から日生・住生の訴訟が勝訴するか敗訴するかを予想することは一義的には不可能である。このようなときに弁護士費用敗訴者負担制度があると、各契約者に提訴を呼びかけることは恐ろしくて出来ない。現在の時代に企業献金が是か否かを問う司法判断の機会は奪われる。
(5) 三菱自工クレーム隠し株主代表訴訟事件(東京地裁予定)
三菱自工のクレーム隠しによる消費者型の株主代表訴訟も支援しようとしている(資料5)。生命、身体、安全に関わる車のクレームを30年間にわたって隠し続けてきたことについての株主代表訴訟である。しかしこの事件も全く先例がないし、さらには企業がどのようにして30年間隠し続けてきたのかその情報が株主には開示されていない。この株主代表訴訟は消費者型の株主代表訴訟になるが、このような代表訴訟が弁護士費用敗訴者負担になると一切提訴出来ない。クレーム隠しについての司法判断を問うことすらこの制度のために奪われてしまう危険性が大である。
弁護士費用敗訴者負担は結局のところ、入り口の段階で、株主、消費者の提訴を奪ってしまう。
3 閉塞社会を結果として擁護する制度である。
株主オンブズマンは上記以外にも、鹿島、大林組等のヤミ政治献金事件、野村、一勧、味の素の総会屋への利益供与事件、日立製作所の談合事件等、多くの事件で企業の違法行為を繰り返させないよう株主代表訴訟を支援した。
この種の企業の違法行為をチェックする株主代表訴訟をはじめ会社に対する訴訟は、原告側にはほとんど会社の情報が開示されない。提訴後にどのような証拠が企業から出されるのか全く不明である。ディスカバリー制度が日本にないからである。勝訴するか敗訴するか、提訴前に判断することは不可能である。更には、企業の情報が何らかの手段によって入手出来たとしても、今までの判例の蓄積がほとんどない分野であり、又あっても極めて古い判例であったりする。
結局のところ、弁護士費用の敗訴者負担は、
@ 情報(証拠)が一方に偏在しているときに、提訴時に勝訴するか敗訴するかどうかを判断することは極めて困難であるのに、それを提訴前に情報を持たない者に判断させる制度である。
A さらに、これらをめぐる先例がないか、あってもその時々の判例であり現在に適用されるかどうか不明である。
イ.新しい判例がない分野について、新しい判例を求めての提訴はきわめて敗訴の可能性が高い場合があり、これを抑制する。
ロ.判例があればそれが金科玉条のごとく重視され、その変更を迫る裁判にチャレンジできない。その結果、既存の秩序がその判例によって守られる。時代に合わなくともそれが長年守られることになり、閉塞社会が守られる。
ハ.敗訴した場合でも司法判断が社会のあり方を示す場合(前記住友商事株主総会取消事件)があり、その結果現実の社会が変更される。司法判断の持つ機能をこの制度は無視している。
B 以上のとおり、既存の社会秩序、企業体制を守る側にはきわめて有利である。また情報を有している企業が一方的に優位に立つ。その情報が開示されるディスカバリー制度がないわが国においては、情報を持たない対立当事者にはきわめて不利となる。その結果、その既存の社会秩序、企業体制の「変革」を迫る側には非常に不利にはたらく制度である。
市民、株主の立場から企業の監視を続けてきた立場からみると、弁護士費用敗訴者負担制度は、企業への提訴を断念させるきわめて有利な武器であり、企業・財界を手助けする制度になる危険性を有し、利用しやすい司法にはならない。
添 付 資 料
資料 1 ハザマ株主代表訴訟の判決についての社説
〃 2 高島屋株主代表訴訟についての新聞報道
〃 3 住友商事大阪地裁・高裁判決のもたらした効果(社説)
〃 4 企業献金等についての新聞記事
〃 5 三菱自工の株主代表訴訟についての新聞記事