☆ 青法協本部(2000年12月8日)司法審宛意見書(敗訴者負担に関係する部分の抜粋)
1 弁護士報酬の敗訴者負担制度について
(1) 導入には絶対に反対である
中間報告は、裁判所へのアクセスの拡充の方策として、「弁護士報酬の敗訴者負担制度は、弁護士報酬の高さから訴訟に踏み切れなかった当事者に訴訟を利用しやすくするものであることなどから、基本的に導入する方向で考えるべきである。」とし、「敗訴者負担制度が不当に訴えの提起を萎縮させる恐れがある一定種類の訴訟は、その例外とすべきである。」とする。
しかし、 敗訴者負担制度は、訴訟を利用しやすくするどころか、経済的弱者に対し訴えの提起を萎縮させる効果が強く、一定種類の訴訟について敗訴者負担の例外を設ける方法は事実上不可能である。
そもそも、敗訴者負担制度は、従来は濫訴・濫上訴を抑制する方策として裁判所・法務省関係者から再三提案されて来たものであり、訴えの提起を萎縮させる効果をもつことは周知のことである。にもかかわらず、中間報告は「訴訟を利用しやすくする」ものとして位置づけており、それ自体が大きなまやかしであると言わざるを得ない。
したがって、敗訴者負担制度の適用除外場面を検討するという方向ではなく、導入自体を否定すべきである。
(2) 敗訴者負担制度は人権の救済や新判例の形成を決定的に阻害する。
私たちが長年にわたり積極的に取り組んで来た、公害訴訟、環境訴訟、過労死訴訟、じん肺訴訟、セクハラ訴訟、製造物責任訴訟、先物取引被害訴訟、変額保険訴訟、クレジット被害訴訟などの人権救済型訴訟や新判例形成型訴訟は、既存の法制度や判例では必ずしも救済されなかった事件が、訴訟提起を通じて事件の実態が社会的に明らかにされ、徐々に被害救済の判例が形成されて来たのが歴史的事実である。
こうした人権救済型訴訟や新判例形成型訴訟は、新たな裁判例を獲得するためにとりわけ困難な訴訟活動が要求されるうえ、証拠資料の偏在が顕著な分野であるから、当事者にとっては確実な見通しが立てられない状況の中で、自らの弁護士費用を何とか負担して訴訟を提起すること自体が、大きな決断を要することである。
このような分野について仮に敗訴者負担制度を実施すれば、訴訟提起自体を断念せざるを得なくなることが明らかである。
このような事件について訴訟提起を萎縮させる効果をもたらす敗訴者負担制度を導入することは、「訴訟を利用しやすくする」ものでないどころか、「国民の期待に応える司法」を否定することにほかならない。
(3) 例外の設定は不可能であり、萎縮効果は拭えない
中間報告は、「労働事件・少額訴訟など敗訴者負担制度が不当に訴えの提起を萎縮させるおそれのある一定種類の訴訟は、その例外とすべきこと」として、「例外の範囲および例外的取扱いの在り方」が検討事項であるとする。
しかし、例外の範囲を的確に設定することは到底不可能であり、「原則として敗訴者負担」とされること自体が不当な萎縮効果をもたらすのである。
すなわち、労働事件といっても、未払賃金請求訴訟や地位確認訴訟のような労働事件性が明確な事件だけでなく、労災訴訟やセクハラ訴訟など多様な訴訟形態が存在しており、これらを的確に除外する規定は不可能である。
また、消費者事件の多くは、錯誤無効・詐欺取消、不法行為、債務不履行など一般民事事件と共通の様々な請求形態を採っており、消費者訴訟という類型化は困難である。
公害・環境事件も、大半は不法行為損害賠償請求訴訟の形態を採っており、集団事件に限らず個人が提起するものも多い。
このように、例外を的確に設定することは不可能というほかない。仮にこれらを包括的に除外するとすれば、消費者、労働者、住民、中小企業など、当事者の属性によって適用除外規定を設けることとなり、片面的敗訴者負担制度を採ることにすればよいこととなる。
また、「敗訴者負担が相当でない場合は、裁判所が事案により負担させないことができる」という抽象的な例外規定を設定したとしても、これから訴訟を提起しようとする当事者にとっては萎縮効果は変わりない。
したがって、今後の議論は、例外の設定方法を検討するのではなく、敗訴者負担制度自体を否定することから議論し直すべきである。
(4) 経済的理由で訴訟に踏み切れない者について
中間報告が指摘する「弁護士報酬の高さから訴訟に踏み切れない」場合とは、第1に、当事者の経済的負担能力が乏しく弁護士報酬の負担が重いため、訴訟提起をためらうような場合が考えられる。
しかし、自分が依頼する弁護士の報酬を負担することすら経済的に困難と感じる当事者にとっては、「万一敗訴した場合には相手方の弁護士報酬をも負担する恐れがある」となれば、一層訴訟提起を萎縮させる効果をもたらすことが明らかである。
しかも、経済的負担能力が相対的に低い当事者とは、労働事件における労働者側、消費者被害事件における消費者側、公害・環境事件における地域住民側、医療過誤訴訟における患者側、事業者間取引における中小企業側など、まさに司法による救済が必要な当事者である。このような当事者に対して訴訟提起を萎縮させる効果が強いとすれば、「国民が利用しやすい司法」とは正反対の効果をもたらすものというべきである。
弁護士報酬を負担する経済的能力が乏しい当事者に対しては、法律扶助制度の大幅拡充とともに、勝訴した場合の償還義務を原則免除とすることを検討すべきである。
(5) 少額訴訟における弁護士報酬の負担について
「弁護士報酬の高さから訴訟に踏み切れない」もう一つの場合として、訴訟によって得られる利益(訴訟物の価格)が比較的少額のため弁護士報酬の負担割合が大きい場合(いわゆる費用倒れのおそれ)が考えられる。
しかし、弁護士報酬の負担割合が大きい少額事件の場合には、「相手方の弁護士報酬を負担するおそれ」も一層大きな負担感となって、敗訴者負担程度によって訴訟提起を萎縮させる効果がより強い。
一般に、わが国の現在の裁判実務では、損害賠償額の低額固定化の傾向が強いため、被害のごく一部しか損害として認定されないことが多く、このことが訴訟の費用倒れをおそれて訴訟提起をあきらめる大きな原因となっている。例えば、製造物責任訴訟における損害額の算定や、離婚訴訟・名誉棄損訴訟における慰謝料額の算定などをみれば、このことが明らかである。
そこで、後述する懲罰的賠償制度の導入を検討するとともに、不法行為や債務不履行における損害額の認定要件を実質的に緩和する方策を検討すべきである。
さらに、少額事件に対する弁護士費用援助制度については、当事者の資料を要件としない援助制度を検討すべきである。一部の弁護士会において、消費者事件などの少額事件に対して弁護士費用の援助制度を設けているが、財源が限られていることもあり十分な運用には至っていないようである。また、都道府県の消費生活条例には、消費者事件に対する弁護士費用援助制度が定められているが、ほとんど利用実績が広がっていない。こうした制度を財源的に拡充することも、少額事件の訴訟提起を促進するうえで有効である。