〔朝日新聞「論壇」(2001年1月20日)より〕
弁護費の敗訴者負担は反対 弁護士 浅岡美恵
司法制度改革審議会の審議が大詰めを迎えている。法曹養成制度や陪・参審制をめぐる議論の陰で、消費者団体や市民団体、日本弁護士連合会も強く反対している問題がある。昨年十一月の審議会中間報告で導入を打ち出した、弁護士費用の敗訴者負担制度である。
裁判に弁護士は不可欠だ。当事者本人が自分で裁判を提起することはできるが、専門的知識と経験を有する弁護士との連携、協力によって初めてよい結果が得られる。その関係は、医者と患者、施主と建築家との関係に似ている。裁判に不可欠なこの弁護士費用を、だれがどのように負担するのかは、裁判の利用しやすさに大きくかかわることになる。
弁護士費用は通常、受任時の着手金と解決時の成功報酬とがあり、弁護士会の規定がある。これまでは、これらの費用は、それぞれの当事者が各自の分を負担してきた。和解で終了する場合も同様である。ただ、例外として、たとえば交通事故や公害、不当な執行など不法行為による損害賠償請求事件では、被害者勝訴のときにのみ、判決で弁護士費用の一部を損害に加えて認め、結果的に相手方に負担させてきた。この考え方の拡充には異論がない。
これとは異なり、司法制度改革審議会が導入しようとしている敗訴者負担制度とは、勝訴側の弁護士費用を、原則として敗訴者に負担させようというものである。もともとこの制度は乱訴防止のために主張されてきたものであるが、中間報告では、これで弁護士費用のために裁判に踏み切れなかった人が訴訟を利用しやすくなるとしている。本当にそうだろうか。
この制度は勝訴の場合には都合がよい。しかし、よく考えてほしい。敗訴すれば逆に相手方の弁護士費用も支払わなければならないのである。
借用書をもとに貸金を請求するような場合はともかく、離婚や借家の明け渡し、建築紛争など身近な紛争のどれをとっても、裁判の勝敗は判決の言い渡しまでわからないのが通例である。地裁の判決が高裁で逆転することもある。消費者被害など社会的に新しい紛争ではなおさらである。だからこそ、判決報道に注目が集まるのである。
というのも、裁判で勝訴するには、主張を裏付ける証拠と法的根拠が必要である。しかも、日本は欧米よりも相手方や第三者の手元にある証拠を裁判に提出させる証拠開示制度が不十分であるが、欧米よりも高度の証明を求められる。法の整備も遅れている。
HIV(エイズウイルス)訴訟でも、厚生省は責任を争い続ける一方で、ロッカーの中にしまわれていた非加熱製剤に関する「郡司ファイル」などを、「存在が確認できない」として提出しなかった。そんな状況で、相手方である国や製薬企業の弁護士費用の負担をも余儀なくされるかも知れないとすれば、だれしも提訴に躊躇を感じるだろう。
このように、敗訴者の負担を増やすこの制度は、裁判そのもののリスクを大きくする。企業や国はそのリスクもコストに組み入れられても、大方の当事者は自ら負担するほかない。勇気を持って裁判に踏み切っても、敗訴時の負担を恐れて、不本意な和解に応じざるを得なくなることになりかねない。
また、HIV訴訟での勝利的和解は、スモン訴訟など薬害、公害事件の判決の積み重ねの上に築かれたものでもある。敗訴者負担制度は、このような判決がもつ個別事件の解決を超えた規範創造機能をも衰退させることになる。
確かに敗訴者負担制度をとる国もあるが、そこでは証拠開示制度や弁護士費用を保険でカバーする制度、法律扶助制度が格段に充実している。日本はすべての面でこれからである。
司法改革の目的は、司法を、国民がより利用しやすく、期待にこたえるものとすることにあるはずである。裁判所は、一人ひとりの権利を守る最後の砦なのである。その裁判所から国民を遠ざけ、司法改革に逆行するこの制度を、容認することがあっては絶対にならない。