司法制度改革審議会の委員各位
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大阪の弁護士有志数名の声
平成13年1月17日
弁護士 櫛田寛一
弁護士 西野弘一
弁護士 湯川健司
弁護士 斉藤英樹
弁護士 田中 厚
弁護士 宇賀神徹
弁護士 吉田之計
第1、はじめに
司法制度改革審議会(以下、単に「貴審議会」といいます)の委員の先生方には、わが国のあるべき司法を精力的に御検討して戴き、敬意を表します。さて、私たち7名は、大阪弁護士会に登録している消費者問題に関わっている弁護士です。
本書は、団体の意見書とか組織の機関決定とかと言うのではなく、標記記載の弁護士が個人の立場で消費者保護の観点もあわせ踏まえて、弁護士報酬(弁護士費用)の敗訴者負担について考えたり議論をしたりしたことをまとめたものです。つまり、なぜ私たちが弁護士報酬の敗訴者負担が制度化することに危惧を覚えているか、なぜ司法制度改革審議会の先生方に手紙を提出させて戴くことになったのか等を、できるだけ具体的な説明と表現に心がけながらまとめてみましたので、ぜひ一度目を通して戴きたいと思います(この手紙は他の要請文と一味違うと自負していますので、まずご一読して下さい)。
尚、本書が十分意を尽くそうとすればするほど長文になってしまい、ご多忙中のところ大変ご迷惑をおかけすることになりますが、よろしく御一読をお願いします。
また、文章の最終的な責任は弁護士櫛田寛一(住所大阪市北区西天満5丁目10番16号植月ビル3階、電話06−6313−2477・FAX6313−2478)にあります。
第2、貴審議会の中間報告の抜粋
私たちは、貴審議会の中間報告のうち、弁護士報酬の敗訴者負担の部分について、次のように抜粋し、整理させて戴きました。
1、貴審議会の中間報告では、「敗訴者に負担させるべき弁護士費用額の定め方、敗訴者負担の例外とすべき訴訟の範囲及び例外的取扱いの在り方等について検討すべきである」とされています。
この報告書では「弁護士費用の敗訴者負担」と「弁護士報酬の敗訴者負担」の両方の表現があり、これらがどう使い分けられているか定かではありませんが、弁護士費用の敗訴者負担が制度化されることが前提とされています。
2、そして、肯定の理由として「弁護士報酬の敗訴者負担制度は、弁護士報酬の高さから訴訟に踏み切れなかった当事者に訴訟を利用しやすくするものであることなど」を挙げられています。
イ、さらに、その理由の根拠として次のように述べています。
弁護士報酬が訴訟の勝敗にかかわりなく「各自負担とされている」「制度の下では」弊害として@「訴訟を必要以上に費用の掛かるものとさせ」、A「また法によって認められた内容が訴訟を通じて縮小されることとなる」とされています。
ロ、そして、この弊害が
@「それが訴えの提起をためらわせる結果となる」とともに、
A「不当な訴え・上訴の提起、不当な応訴・抗争を誘発するおそれもある」という結果をもたらすものとされています。
3、中間報告では、弁護士報酬の敗訴者負担制度は敗訴した場合の費用負担の重さ等の意見の存在を認識し、一応配慮されていますが、労働訴訟や少額訴訟についての例外に論及するだけで、この原則の撤回には至っていません。
第3、私たちの考え
1、弁護士報酬の敗訴者負担制度導入についての私たちの結論
イ、弁護士報酬の敗訴者負担制度導入について反対です。
ロ、私たちは、弁護士費用は各自負担が原則とすべきで、例外的にこれまでの交通事故等不法行為などで認められてきたように、徐々に例外的に認められるべき片面的敗訴者負担の範囲を拡大する方向で検討するのが賢明であると考えています。
2、中間報告における「弁護士報酬」と「弁護士費用」について
イ、着手金と報酬金
a、中間報告では「弁護士費用の敗訴者負担」と「弁護士報酬の敗訴者負担」の二通りの表現が使われているようですが、同義で使用していると推測して、論を進めさせて戴きます。
b、「弁護士報酬」や「弁護士費用」と言うとき、審議会の先生におかれては、着手金と成功したときの報酬金があります(この外、手数料・その他の項目の対価もありますが、ここでは便宜上、着手金と報酬金を取り上げて説明させて戴きます)。これらについて、受領時期が着手金は事件受任時、報酬金は事件終了時でかつ委任の趣旨が実現し成功した場合に支払われることもご存知であろうと思います。
c、さて、着手金は事件を依頼する時に依頼者が資金を調達する必要があります。中間報告に言うところの「弁護士報酬の高さから訴訟に踏みけれなかった」という「弁護士報酬」とは、将来的に確定する着手金部分と報酬金部分の合計額全体の場合と言うより、当初準備する着手金部分の支払いの点であることが多いのではないかと思います。
ロ、中間報告における「弁護士費用」と「訴訟費用」について「中間報告」では、「弁護士報酬は、現行制度上、原則として訴訟費用に含まれず」として、従来の訴訟費用と区別されていることが前提とされています。
ところで、訴訟費用は@印紙代・郵券代、A証人の出頭旅費日当・鑑定費用、B書記料・出頭交通費などがありますが、@は提訴時に予納しますし、Aは採用時に予納しますが、Bは訴訟費用確定の申立により決定されてから負担させることになります(ただ、裁判の実務の現場では、訴訟費用確定の申立てまでして、訴訟費用を取り立てることは少ないように思います)。
ハ、具体的設例での検討及びシュミレーション
a、具体的設例で、訴訟費用や弁護士費用の対比を見てみたいと思います。この設例では、この中で印紙代と弁護士費用を3つの場合分けをして、紹介させて戴きます。
この例に登場する弁護士費用は、一応、日弁連の報酬基準の標準によってはいますが、実際のほとんどが、依頼者との合意で相当減額された水準で設定されておりますことも申し添えさせて戴きます。
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b、上の表を参考にして、具体例の中でこの問題を考えてみたいと思います。ある人が100万円の訴訟を提起しようとして8,600円(予納郵券等の事は省略します)と8万円の合計88,600円支払って訴訟を起こしました。これで、訴訟の勝敗と原被告の弁護士費用の負担関係をシュミレーションしてみましょう。
@原告(提訴)の側から見たらどうなるのでしょうか。
a[原告勝訴の場合の原告の負担は]
訴訟の結果、判決で100万円の請求が認容され、弁済を受けた(任意弁済でなく、強制執行を要する場合、執行しても一部しか回収できない場合もあります)とします。この場合弁護士費用(着手金と報酬金の両方)を敗訴者に負担してもらうと、結果的に、勝訴したこの人は弁護士に支払った着手金8万円を支払わなくてよかったことになるばかりか、さらに支払うべき報酬金の16万円も払わないでよいことになり(合計24万円も払わないでよいことになり)、8,600円の負担のみで終わることになります(訴訟費用確定の申し立てまですればこれも戻されるかもしれません)。
b[被告勝訴の原告の負担は]
ところが、これに対し請求が棄却されたとき、原告は@当初支払った合計88,600円だけでなく、A裁判が済んでから被告の弁護士費用24万円も負担しなければならないはめに陥り、合計328,600円を負担しなければなりません。この場合訴訟費用の負担の約37倍にもなります。
ちなみに、弁護士費用の負担は、
第1に、弁護士費用敗訴者負担制度採用のときの勝訴者と敗訴者を対比すれば、勝訴者ゼロ対敗訴者32万円ですから、無限大倍となりますし、
第2に、弁護士費用敗訴者負担制度のないときと弁護士費用敗訴者負担制度あるときで対比すれば、弁護士費用敗訴者負担制度のないとき敗訴者負担が8万円で、弁護士費用敗訴者負担制度のあるときの敗訴者負担が32万円ですから、4倍になります。
この他、当然の事ながら、この原告は、請求した元金100万円も回収できません。
c小まとめ
訴訟費用の負担の中心は印紙代であり、これは予納されるので、初めに負担を覚悟するかどうか決断することになるでしょうが、弁護士費用の場合は、訴訟の将来の勝敗の結末により極端な結果になります。
したがって、受任予定弁護士としては、依頼者に対し、受任前に「弁護士費用は裁判に勝つと払った分も返って来ますが、負けると相手方の弁護士費用も負担することになるため、印紙代の37倍以上もの費用を負担しなければなりません」という説明する必要があるでしょう。そして、「それでもあなたはわざわざ訴訟を起こしますか」と言う質問をつけ加えることになるでしょう。
A、被告(応訴)の側から見たらどうなるのでしょうか。
a[被告勝訴の場合の被告の負担は]訴訟の結果、判決で100万円請求が棄却され、弁済しなくてよくなったとします。この場合、弁護士費用を敗訴者に負担してもらうと、結果的に勝訴したこの人は弁護士に支払った着手金8万円を支払わなくてよくなるのと同じ結果になり(さらに報酬金の16万円も払わないでいいことになると、合計24万円も払わないでいいことになり)、印紙代を支払う立場にありませんからほぼ無料で委任できたことになります。
b[原告勝訴の場合の被告の負担は]被告の場合、印紙代は訴訟費用確定の申立てがなく終了しても、以下の支払の負担があることになります。つまり、依頼側支払済分の@弁護士の着手金8万円とA支払義務が認容された100万円と、更に、相手方弁護士のB着手金8万円とC報酬金の16万円の24万円を負担し、請求された元金100万円以外に32万円の負担をすることになります。
したがって、受任予定弁護士としては、依頼者に対し「弁護士費用は裁判に勝つと払った分も返って来ますが、負けると印紙代の37倍もの費用を負担しなければなりません。こちら側の着手金8万円の4倍の弁護士費用(つまり当方と相手方の弁護士費用の合計32万円の4倍の弁護士費用)である32万円を負担しなければなりません」という説明する必要があります。さらに、「だから、応訴したり争ったりせずに降伏して、相手方の弁護士費用だけでも免除してもらいましょう。この際100万円の元金も分割払いで行けるかどうかも聞いてみましょう」という説得をせざるを得ない場面も多くなるでしょう。そうとすれば、依頼者の権利確保や擁護に十分であるとは言えませんし、「国民にとって利用しやすい裁判」から遠ざかってしまうのではないでしょうか。
c、このように訴訟は、訴訟の勝敗により大きな結果の相違が出てしまいます。中間報告では「勝訴者が実際に払った報酬額と同額ではなく、その一部に相当しかつ当事者に予測可能な合理的な金額」という歯止めを置こうとされていますが、それでも訴訟の勝敗により大きな結果の相違が出ることには変わりがありませんし、依頼事件の規模が100万円の訴訟でなく、もっと大きな金額の請求なら訴訟を起こそうとする者にとって、とてつもない大きなリスクとなることがおわかり戴けると思います。
ハ、もし、弁護士報酬の敗訴者負担制度を導入すると、いわば、勝訴者には(誉め讚えるが如く)より有利に、敗訴者には(訴訟費用の30倍以上の弁護士費用負担が強いられる等により訴訟という「リング」から石もて追われるがごとく)より不利に(訴訟費用の30倍以上の弁護士費用負担が強いられる)なる仕組みであると言えるでしょう。弁護士報酬の敗訴者負担制度は、いわゆる勝ち組と負け組を一層両極に鮮明に峻別して押しやることになるシステムであると言えましょう。更に、問題なのはこの両極端のどちらになるか、訴訟当事者予定者にとって、関心事であるにもかかわらず、後に述べるわが国の司法の状況から予測が困難であると言うことです。
3、貴審議会の中間報告の内容の検討
イ、「訴訟を必要以上に費用の掛かるものとさせ」るかについて
a、中間報告では、弁護士報酬が訴訟の勝敗にかかわりなく「各自負担とされている」「制度の下では」、弊害として「訴訟を必要以上に費用の掛かるものとさせ」るとしていますが、
この趣旨が、
@現在の弁護士費用の料金設定が等価交換の市場原理から見て適合していない、弁護士の訴訟業務の法的サービスにそれほど価値がないという趣旨であるとすれば(この論者の内心は別にして、今回の提言は正面から料金設定に論及していないので、このような趣旨でないと理解したいと思いますが)、弁護士業務・弁護士の法的サービスの否定になると思います。
なぜなら、この考えは、「訴訟の勝敗は弁護士がついた場合、弁護士の訴訟活動によって影響されそれが勝訴に導かれ、依頼者がその利益を享受するのであれば、弁護士活動の正当な対価として弁護士報酬はその依頼者から支払われるべきである」と言う(当然の)論理に、正面から対峙する考えのように思えるからです。
Aそれとも、弁護士業務のうち訴訟業務の法的サービスは勝訴等の結論で功を奏すればするほど依頼者に負担させてはならないものと言う趣旨であるのでしょうか。
そうとすれば、弁護士の活動が依頼者のためになる良い訴訟結果が出たときは、依頼者が自分の弁護士へ負担すべきものはなくなるが、あまり依頼者のためにならない訴訟結果が出たときは、依頼者が自分の弁護士へ負担すべき部分が多少出て来ることになるという皮肉な結果の生じる場面もあるということになるのでしょうか(例えば全面敗訴でない限り、例えば1割勝訴で32万円の1割を敗訴者から負担してもらっても、着手金の8万円は返還してもらえないので、依頼者が自分の弁護士への負担は残ること等)。
これでは、弁護士の訴訟業務サービスの成果と、依頼者が自分の弁護士に負担する費用の関係が反比例の関係又は負の相関関係にあることになってしまうのではないかと考えられます。この論理もまた弁護士業務の法的サービスが遺憾ながら評価されていないことになると思わざるを得ないのです。
b、結局、初めから勝敗の結論がついている場合には敗訴者には負担が重く、勝訴者には負担が軽いと言えますが、訴訟を結果から静的に見た場合であって、動的に主張・立証活動が発展する将来を見通す場合、リスクとして存在しているわけですから、弁護士費用の敗訴者負担導入により「訴訟を必要以上に費用の掛かるものとさせ」る状態を解消するものと単純に言い切れないと考えるのです。
ロ、「また法によって認められた内容が訴訟を通じて縮小されることとなる」という論理について
a、この論理は、弁護士費用が法によって認められた内容を訴訟を通じて縮小する機能をしているという論理によるものでしょうか。もし、そうであるとすると、
第1に、弁護士への依頼をし訴訟をして初めて確保又は回収できた債権は「法によって認められた内容が訴訟を通じて縮少した」と見ることに疑問があります。
なぜなら、この論理は弁護士費用や弁護士の有償の法律業務・法的サービスを国民の権利実現に関して、まさか有害とかまで考えていないと思いますが、それほど有益でないと考えているのではないかと思われるからです。そうでないなら、弁護士の法的サービスについて正当に評価した上でこの問題を考えて戴くことが必要であろうと思います。
b、第2に、裁判の場合の弁護士費用は法によって認められた内容が訴訟を通じて縮小されるとした場合、示談交渉や調停や審判や訴訟中の和解により認められた内容はどうなるのでしょうか。@弁護士費用を払った示談交渉や調停や審判や訴訟中の和解も、裁判をして判決を取った場合と同様「法によって認められた内容が縮小される」のでしょうか(弁護士費用を払えばすべて法によって認められた内容が縮小されると見るのでしょうか)。Aそれとも訴訟だけ「法によって認められた内容が縮小」され、示談交渉や調停や審判や訴訟中の和解は「法によって認められた内容が縮小」されないと見るのでしょうか。
まず、@のように、弁護士費用を払うということは、すべて「法によって認められた内容が縮小される」ことになると見て、弁護士費用を払う示談交渉や調停や審判や訴訟すべてが「法によって認められた内容を縮小される」ものと考えてしまうと、弁護士業務自体に対する否定をしているのではないかと思われ、中間意見書の域を越えていることになりましょう。
また、Aのように、訴訟は内容が訴訟を通じて縮小されるけれど、示談交渉や調停や審判は内容が縮小されないとすれば、中間意見書の範囲内の論理ですが、なぜ調停や示談交渉で支払われる訴訟の着手金の3分の2程弁護士費用(日弁連の基準で減額の比率を表示している)を支払う依頼事件が縮小にならず、訴訟の着手金を払う訴訟だけ縮小になるのでしょうか、理解できません。
ハ、「訴えの提起をためらわせる結果となる」との論理について
a、上記のイの「訴訟を必要以上に費用の掛かるものとさせ」るという論理やロの「また法によって認められた内容が訴訟を通じて縮小されることとなる」という論理の肯定を前提に、中間報告では「それが訴えの提起をためらわせる結果となる」としているわけですが、読み方によっては弁護士費用自体が訴えの提起をためらわせると言ってのと同義に聞こえて来るのは私たちだけでしょうか。私たちには、いわば弁護士費用(つまり弁護士業務・弁護士の法的サービス)を「やり玉」に上げているように思えるのです。
b、また、次のような疑問も起こります。つまり、この訴えの提起をためらわせる原因となる弁護士費用が、敗訴の場合相手方の分まで支払い、2倍の弁護士費用を払う危険性があると言うことから、訴えの提起をためらわせる動機が2倍にふくれ上がることになりはしないでしょうか。c、結局、「国民の裁判の利用しやすさ」から出発した「高い弁護士費用」回避のための「弁護士費用の敗訴者負担」問題の議論も、不幸にしてこれを実施した場合、国民の裁判の利用しやすさという点から見て、一番の障害になり「高いとされているはずの弁護士費用」が2倍の増大負担の危険性を内包させることになり、これが引いては「裁判の利用のしにくさ」に帰着してしまうことになりうることにお気づきでしょうか。
ニ、「訴訟を必要以上に費用の掛かる」「法によって認められた内容が訴訟を通じて縮小」という論理と「不当な訴え・上訴の提起、不当な応訴・抗争を誘発」の論理との関係
a、上記のイの「訴訟を必要以上に費用の掛かる」やロの「また法によって認められた内容が訴訟を通じて縮小される」というものであれば、訴訟は敬遠されるか慎重にされていて、不必要な提訴も少ないはずであり、そもそも「不当な訴え・上訴の提起、不当な応訴・抗争を誘発するおそれもある」とは言えないでしょう。特に、中間報告で肯定の理由として「弁護士報酬の敗訴者負担制度は、弁護士報酬の高さから訴訟に踏み切れなかった当事者に訴訟を利用しやすくするものである」とされており、論理的に敗訴者負担制度により利用しやすくする話と、敗訴者負担制度がないから利用の濫用がありこれを抑止するという話は矛盾しているように思いますがいかがでしょうか。
b、この他、中間報告では、弁護士報酬が高いと言っているのは何をもって高いと言うのかの議論もなければ、基準の論議に入りもしていません。このような状況の下で、「高い」「高い」では直感的な表現にとどまり、これに基づいて、前記イ・ロ・ハのような論理を展開かつ飛躍させている面があるのではないかと思い、あわせて危惧もしています。
ホ、弁護士報酬が訴訟の勝敗にかかわりなく「各自負担とされている」「制度の下では」、「不当な訴え・上訴の提起、不当な応訴・抗争」が起こると言う論理について
第1に、何をもって「不当な訴え・上訴の提起、不当な応訴・抗争」と言うのか、憲法が保障している国民の裁判を受ける権利を「不当な訴え・上訴の提起、不当な応訴・抗争」論理と理由をもって、制限しようとしているように読めること自体、問題であると思います。このような発想は、国家の秩序の前には無用の費用も時間もかけた訴訟など少しでもなくなればよいと言う、個より全体を大事にしようと言う戦前のような司法の官僚統制指向や国家主義的司法への回帰意識の残骸であるのではないかと批判したい気持ちになります。
第2に、「不当」という「枕詞」つきであるとは言え、「訴え・上訴の提起、応訴・抗争」を抑制するために「各自負担とされている」弁護士費用を敗訴者負担にせよと言っているのでしょう。しかし弁護士費用の敗訴者負担が訴訟の抑制に効果がある事を前提にしている議論は当事者に「訴訟を利用しやすくする」というねらいと逆方向であり、矛盾している事はおわかりでしょうか。へ、以上のとおり、貴審議会の中間報告の弁護士費用の敗訴者負担の採用の提言が、内容において問題があり、論理において自己矛盾又は論理の相互矛盾をおかしていることを指摘させて戴きます。
4、弁護士費用の敗訴者負担の制度実施は、ボディブローのように日本の司法が徐々に化石化する流れを醸成するのではないかと危惧しています。この危惧の根拠は、背後にある司法制度の制度疲労と担い手の裁判所の機能不全の問題の存在です。私たちが危惧している理由は前記1・2・3の理由にとどまらないのです。
イ、事実認定の非信頼性・不安定性・守旧性
a、昔、時代劇で勧善懲悪の映画がありました。先生方もご承知のように、これらの映画は初めから善玉・悪玉が決まっていて、悪玉が弱い者いじめをした後、善玉の主人公が大暴れして、悪玉を降参させると言うものでしたでしょう。
これに対して、現実の裁判の対象となる事件は複雑かつ不確定的要素に満ちたものです。したがって、裁判は社会に生起する複雑な事件が、対審構造で対立当事者が思い思いに時間をかけて正反対の事実的な主張・立証を展開させて行きます。現実の事実は、前述の映画のようにアプリオリに確定しているわけではありません。その中で裁判所、つまり人間としての裁判官が主張から事実を整理したり、証拠から心証を取り真実を解明しようとして結論に導くことになります。しかし、裁判官がいかに聡明であっても、人の子であり人間が判断することであって、神のような絶対的に正しい判断を常にすることはありません。つまり、裁判官の判断も間違いがあることがあるのです。近代自由主義国家の法体系の根本原理は権力者・権威者に対する国民の猜疑心が原点になっています。だからこそ三権分立もあり、控訴審・上告審があり再審もあるのです。要するに、裁判官によって判断にばらつきがあり、弁護士でも意見が分かれ、地裁と高裁で結論が別れることなど日常的に良く経験することです。つまり、法曹界では、事件依頼の時点・提訴の時点で・その後の時点で、勝訴するか敗訴するか見込みが変化することがあり、確実な見込みを立てることが困難であり、その見込みさえ確信を持てないことがほとんどであると言っても過言でないでしょう。
このように流動的で・浮動的な事実把握のなかで、勝訴・敗訴が必ずしも明確にならない状況で、弁護士費用の敗訴者負担が実施されると言うことは、法的安定性を欠き、混乱を招き、非常に危険であろうと思います。
b、実は、私櫛田は、昨年の8月25日に、時効完成により請求棄却・第1審判決取消しにより依頼者が逆転勝訴した高裁判決を戴きました。事案の概要は次のとおりです。
依頼者は元高校の教員で相手方は証券金融業者でした。この業者は依頼者に貸金の請求もせず5年を越えて放置していました。時効完成後のある日業者の取立人2名が夜遅く依頼者の自宅に取立に行き、自宅での話合いを嫌った依頼者の提案で近所の喫茶店に行き話をすることになりました。依頼者は、喫茶店で手元不如意で支払いできないと回答し、その場から逃れるため自分のコーヒー代1000円札1枚(約500円位で、後二人分には約500円不足だが業者の分のコーヒー代に充当されてよいと考え)をテーブルにおいてその場を逃げるようにして立ち去りました。
この件での地裁判決の結論と理由は、アッと驚くものでした。この地裁判決は、別紙添付の地裁判決の理由部分記載のとおり、約1600万円の残債務について、喫茶店で置いて行ったわずか1000円をとらえて、時効完成後の「債務の承認としての弁済」と認定し、全額の支払義務を認めてしまったのです。その後、この依頼者は控訴しました。控訴審では新たな主張もなく証拠調べもなかったのですが、高等裁判所は、別紙添付の高裁判決の理由部分記載のとおり、1000円の喫茶店での支払いは時効完成後の債務の承認でないと認定しました。やっと、当方が逆転勝訴して終わったのです。しかし、この事案も、敗訴者負担がもし実施されておれば、控訴さえもできず、最悪の結末で終わっていたかもしれません。
以上のように、控訴審では新たな主張もなく証拠調べもなかったにもかかわらず、正反対の結論が出る裁判所の判断の「ぶれ」の大きさを感じさせますし、このような比較的単純な事案においても控訴審まで行って(費用も時間もかかって)初めてまともな結論がやっと出る今の司法状況に嘆息しないではおられません。この判決を持って、現在の裁判所を巡る状況をすべて言い表せたとは思いませんが、このような事態は、決して稀な出来事ではないのです。
c、このように、現在の裁判所の判断が結論の振幅の幅が大きいのと出される結論が区々であることから、裁判の結論を予測することが困難であると言われています。この予測困難であるということは弁護士費用の敗訴者負担の実施により、提訴自体のリスクを一層高めることになるのではないかと思います。そしてこの提訴リスクの増大は、次に述べる提訴の萎縮と訴訟離れを促進する方向に作用すると思います。
ロ、提訴の萎縮・非弁の蔓延の危険性
このように、弁護士費用の敗訴者負担制度は利用しやすい裁判制度のためには何の役にも立たないものですが、抑制効果は「不当な訴え・上訴の提起、不当な応訴・抗争」のみならず、普通の訴え・上訴の提起・応訴まで絶大になってしまうのです。
この弁護士費用の敗訴者負担制度は、ある意味では「薬効の薄い劇薬」のようなもので、患部の治療には大して効果がないのに、健康な部位まで死滅させてしまうものであると思うのです。つまり、目先の裁判の利用しやすさを確保するためと言うつもりで制度化し、その結果、国民が提訴を萎縮し・提訴を手控えしてしまい、訴訟以外の解決方法による紛争解決を求め、最後には非弁や暴力団を利用したりするようになる危険性あると思うのです。この危険性が副作用とも言うべきものであり、そのような副作用の出た国家は、法が支配しない社会、しかも司法が市民社会の規範確立に貢献しない社会に堕する危険性があると思うのです。
ハ、公益的色彩濃い訴訟の低迷のおそれ弁護士費用の敗訴者負担の制度実施は、専門性を持つ社会的紛争や情報革命下の現代的紛争について司法の解決能力を大幅に後退させます。私たちの回りで見聞きするの紛争は、一般民事事件や近隣紛争や交通事故のように請求する側と請求される側とに互換可能性がある紛争形態と、構造的に属性的に確定していてそのような互換可能性がない紛争形態があると考えます。とりわけ後者には経済力の格差・情報の格差と偏在及び知識の専門性から出発する医療過誤訴訟・建築紛争訴訟・先物取引被害訴訟・証券被害訴訟等もあれば、社会的耳目を集める大型事件(大量消費者被害事件・環境公害事件・労働事件)もあります。
これらの事件に果敢に取り組んできたのは被害者の勇気と権利を不断の努力により保持する決意と代理人弁護士・弁護団の協力の賜物であったと言えましょう。しかし、これまでの活動は弁護士費用の敗訴者負担などなかった時代のものであり、司法システムのなかに弁護士費用の敗訴者負担のような大きなブレーキにがなかったからこそ可能であったのです。
5、最後になりましたが、消費者問題について少し述べます。
イ、消費者問題では、弁護士が事件受任し事件処理や訴訟をする中であの豊田商事が詐欺会社であることをつきとめることができたし、マルチ商法・霊感商法・造成地商法・昭和60年頃の抵当証券被害の詐欺会社との対決と被害救済に取り組んで行ったのです。詐欺会社破綻後、詐欺会社が詐欺会社として事実が判明するのですが、それまでは普通の会社として振る舞っているわけで、このような事態の時に、果敢に挑むことができたのも敗訴者負担と言うような制度がなかったことも一助になっていたと思います。また、ワラント訴訟・変額保険訴訟・銀行系等の抵当証券会社破綻に伴う被害救済活動の中で説明義務の法理が確立され、判例も取り入れ、金融商品販売法で採用されるに至りました(ちなみにアンダーライン部分は櫛田が担当してきた事件)。
ここまでたどり着くまでに、「欲ぼけの投資家」が悪いと予断を抱いた裁判官が証券や金融会社の構造的問題や商品構造について関心を持つことなく、低レベルの投資家敗訴判決(たとえば「ワラント証券」のことを全く知らず、「ワラント債券」表現して判決した例など)を出しておりました。この敗訴判決の山を乗り越えて、弁護士・弁護団が積極的に被害救済活動に取り組み、勝訴判決を勝ち取りはじめ、やがて判例を変えさせ、立法に取り込まれるところまで来たのです。
このような弁護士の働きも弁護士費用の敗訴者負担の制度がもし存在しておれば、とても取り組む勇気と決断が出なかったというのが私たちの実感です。
ロ、また、国民の個人金融資産1200兆円(現在1400兆円)が預金にシフトしており、証券市場に流れやすいようにするため金融ビッグバンを実施したと言われています。そこで強調されたことはどうであったでしょうか。実は規制緩和を実施し、同時に事前規制つまり行政指導を廃止または減少させるとし、その代わりに市場原理によるチェックと事後規制によるべきであると言われてきました。そして、この事後規制とは何とお考えでしょうか。これこそ司法による規制(裁判)なのです。証券・金融・保険の違法不当な営業に対するチェックはいよいよ裁判によるチェックの時代に入ったわけです。従って、このような時期に、より裁判を利用しやすくするための条件整備をすべきなのに、提訴を萎縮させる弁護士費用の敗訴者負担制度のようなものが導入されることは絶対許されないと思うわけです。なぜなら、事前規制もなく事後規制も提訴の萎縮により低迷するとすれば、業者による違法・不公正・不当な営業行為・業務行為を野放しにしてしまうことになってしまうからです。
6、最後に
弁護士費用の敗訴者負担問題についてこの手紙以外にも先生のお手元に届いていると思いますし、これから届き続けると思います。この手紙もほかの手紙も良く読んで戴きたいのです。多くの人がこの問題について本当に心配しています。
ここで私たちのお願いです。
貴審議会におかれては、また先生におかれましても、前述のような危惧する事態発生の可能性に引き金を引くような「弁護士費用の敗訴者負担制度」の採用などに賛成なさらないで下さい。いまからでも遅くありません。勇気を持って、弁護士費用の敗訴者負担制度の採用を撤回又は否決して戴ければ、今後の貴審議会における司法制度改革審議を国民的視点で前進させることはあっても、後退するものではないと思います。
弁護士費用の敗訴者負担制度の採用されることにより司法制度は機能不全になるのではないかという心配が、私たちの杞憂に終わる日の来るのをお待ちして、本文を終えたいと思います。
今後の、先生方のご活躍を心より期待しております。
文書作成責任者 櫛田寛一