☆辻公雄作成・意見交換資料(2000年12月 日近弁連理事会で表明)

司法から市民を遠ざける弁護士費用敗訴者負担に反対する!

1 中間報告の結論

 去る11月20目の司法改革制度審議会の中間報告における「裁判所へのアクセス拡充」の中で弁護士報酬については「基本的に導入する方向で考えるべきである」「労働訴訟、少額訴訟など一定種類の訴訟はその例外とすべきである」と報告された。

2 弁護士会の意見

 弁護士報酬敗訴者負担に対して、弁護士会は各単位会や委員会そして日弁連理事会において現場からの情勢認識から市民の提訴や応訴を萎縮させる極めて不当なものとして強く反対してきた。

3 敗訴者負担の根拠

 敗訴者負担の根拠は、裁判で勝って正義と認められたのに弁護士費用を負担することは公平感にあわず正当な権利の目減りであり、完全な権利回復にはなっていないという素朴な正義感と法政策的には弁護士費用の負担が提訴の萎縮効果をもたらすこと、敗訴者負担により乱訴を抑制できるというものである。しかしながら上記の根拠のうち素朴な正義感への対策は別途考慮すべきであるが(返還不要の法律扶助など)、現場での実務や裁判当事者の実体の考慮を忘れており敗訴者負担のもたらす悪影響を不当に過小評価し、司法から市民を遠ざけ排除することにつながるものである。

4 民事裁判一般の実態

 民事裁判の多くは提訴ないし応訴段階においては、証拠が十分収集できずに訴訟の見通しがたたないことが多く、地裁と高裁で逆転することもある。また判決では一方が勝訴他方が敗訴となるが、中身ではどちらにも相当の理由がある場合が多く、敗訴者が係争したことが無価値とはとうてい言えない。従来は敗訴していても社会情勢の変化や証拠の確保、関係者の努力により新しい判例法理の形成により結論がかわってゆくこともある。このような状況下で敗訴者負担が導入されれば、相手方の弁護士報酬の負担をできかねる市民層は司法の判断をあおぐことに極めて強い躊躇を感じることになる。

5 消費者、公害、医療、過労死、政策型訴訟の実態

 これらの事件については、法的不備や司法の限界のある中で被害者の救済のために被害者自身や支援グループ、弁護士が手弁当で挑戦し、幾度もの敗訴や犠牲をのりこえて勝訴にこぎつけ、新しい法理論の形成や被害防止の諸立法の制定にまで及び、戦後司法の中で重要な役割を果たしてきた。また敗訴した場合でも一定の社会的効果により事態が改善されることも見られる。

 これらの裁判は敗訴者負担ではとうてい不可能であることは明らかであり、またこのような事例全部を敗訴者負担の例外として扱うことは不可能である。

 例えば、消費者事件といっても、開発やサラ金、証券取引、クレジット、製造物責任などいろいろあり、その外延は極めて大きい。また株主代表訴訟を例外とすることも困難であろう。

6 裁判抑制の具体的事例

 公害、消費者、政策型等の裁判はもちろんのことであるが一般民事においても萎縮効果が極めて大きい。例えば借家人が明渡し訴訟を提起された場合、信頼関係の破壊や正当事由の不明確性のため、相談を受けた弁護士は確実な見通しをいえず、相手方の弁護士費用負担の危険を犯してまで応訴に踏み切ることには大きなためらいが生ずる。

 過日の裁判で知事の強制ワイセツ事件があったが、事実であっても否認された場合の結論に弁護士が責任をもって答えられないこととなれば被害女性は相手方の多額な弁護士費用負担の危険を犯してまで提訴できたか否か不明である。

 通常の貸金請求や取引代金の裁判においても、契約を完備した者に対して、少々の抗弁でどこまでつっこめるか疑問である。

 また上訴する場合も強い抑制がかかることになり、三審制が機能せず、最高裁へ係属する事件はなくなるのではないか。

7 外国の弁護士費用負担制度

 イギリスやドイツでは敗訴者負担が行われている。

 ドイツでは弁護士強制主義で権利保護保険が発達しており、イギリスでは訴訟費用保険や法律扶助基金から相手方の弁護士費用が支払われている。

 これらの条件整備にもかかわらず、やはり萎縮効果があると言われている。

 米国では双方負担であるが、国相手で国が敗訴した時は片面的敗訴者負担となっていると言われている。

 何の条件整備もない日本で裸のままで敗訴者負担が導入されるとその萎縮効果は絶大で、3割位は訴訟件数が減るとも言われている。

8 敗訴者負担の効果

 弁護士費用敗訴者負担は、相手方の弁護士費用を負担するリスクの少ない者やたとえ負担してもよいという財力の持ち主だけが有利になり、通常の市民は躊躇やあきらめになる。いわば強い者が司法をどう喝の手段に使って自己の意思を貫徹し市民を司法から遠ざけ排除する制度であり、市民のための司法という司法改革の共通の目的、スローガンを正面よりつぶすものである。

 結果的には多くの事案は司法をすり抜け法曹の関与しない分野に追いやられる。これでは市民が司法を利用し易いものとする司法改革の目的に反しています。

9 結び

 日本の現状下での弁護士費用敗訴者負担は、市民層の司法の利用を萎縮させ、市民を司法から遠ざけてしまう。これは市民の裁判を受ける権利を侵害するものといえる。

 弁護士費用の各自負担を原則としつつ、判例の積み重ねと個別法規の改正により敗訴者負担の法分野ないし訴訟類型の拡充を図るとともに、公的制度による弁護士費用の補填を検討してゆくべきである。