平成15年8月29日
東京都千代田区永田町1−11−39 永田町合同庁舎3階
司法制度改革推進本部事務局
「弁護士報酬敗訴者負担」意見募集係 御中
〒530-0047
大阪市北区西天満2丁目1番2号
大阪弁護士会
会長 高階貞男
当会は、司法制度改革推進本部司法アクセス検討会の「弁護士報酬の敗訴者負担制度の取扱い」に関する意見募集について、次のとおり意見を述べるものである。
記
1.弁護士報酬の敗訴者負担制度導入の根拠は、訴訟の活用を促す場合である
司法制度改革審議会の意見書(以下、審議会意見書という)は、「弁護士報酬敗訴者負担制度」の導入について次のように述べている。
「弁護士報酬の一部を敗訴当事者に負担させることが訴訟の活用を促す場合もあれば、逆に不当にこれを萎縮させる場合もある。弁護士報酬の敗訴者負担制度は、一律に導入すべきではない。このような基本的認識に基づき、勝訴しても弁護士報酬を相手方から回収できないため訴訟を回避せざるを得なかった当事者にも、その負担の公平化を図って訴訟を利用しやすくする見地から、一定の要件の下に弁護士報酬の一部を訴訟に必要な費用と認めて敗訴者に負担させることができる制度を導入すべきである。」「敗訴者負担制度が不当に訴えの提起を萎縮させるおそれのある場合には、このような敗訴者負担を適用すべきではないと考えられる。」
このように、「弁護士報酬の敗訴者負担制度は一律に導入すべきでない」としたうえで「弁護士報酬の一部を敗訴当事者に負担させることが訴訟の活用を促す場合は導入する」し、「不当に訴訟の提起を萎縮させる恐れがある場合には適用しない」と述べているのである。敗訴者負担制度導入の基準は、訴訟の活用を促す場合、すなわち司法アクセスの拡充につながるかどうかである。審議会意見書は司法制度改革の理念と方向について、次のように明記している。
「21世紀の我が国社会にあっては、司法の役割の重要性が飛躍的に増大する。国民が、容易に自らの権利・利益を確保、実現できるよう、そして、事前規制の廃止・緩和等に伴なって、弱い立場の人が不当な不利益を受けることのないよう、国民の間で起きる様々な紛争が公正かつ透明な法的ルールの下で適正かつ迅速に解決される仕組みが整備されなければならない」(6ページ)「国民にとって、より利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのある司法とするため、国民の司法へのアクセスを拡充する」(21世紀の司法制度の姿・9ページ)
ところが、現在の検討会では司法アクセス促進という観点ではなく、「敗訴した場合には敗訴者が弁護士費用を負担するのは公平に適うとか、乱訴の場合は被告の立場から考えて乱訴者(敗訴者)に負担させるのが当然である」などと、導入の議論を展開している。原則導入をする前提で、格差がある場合は導入すべきではないという意見がなされているのも公平の観点からである。しかしながら「司法アクセス検討会」における弁護士報酬敗訴者負担制度の導入の是非を決めるのは司法アクセスという観点からであり、司法アクセスにならず、萎縮させる場合は導入しないというのが「司法アクセス検討会」の役割である。
2.導入を認めてもよい類型(大企業間の訴訟)
弁護士報酬敗訴者負担制度については、両面的敗訴者負担制度を導入してもよいと考えられる事例は、大会社間の訴訟(資本の額が5億円以上―株式会社の監査役に関する商法の特例に関する法律)だけである。それ以外の類型・事例は不当に訴訟の提起を萎縮させる恐れが強く、導入するには不適切である。大企業間の訴訟であれば、その経済力からして、仮に敗訴しても相手方の弁護士報酬の負担に耐えうることができると判断され、訴訟提起に対する萎縮効果が発生しないと考えるからである。
3.導入してはならない類型
(1)中小企業間や中小企業・大企業間の訴訟には導入してはならない
企業間の訴訟においても、零細企業や小企業が大会社などを相手とする訴訟も訴訟の見通しが不確定である場合がほとんどであり、このような事例においては訴訟提起萎縮効果が顕著であり、司法アクセスを阻害することは明らかである。例えば、知的所有権の争いで、小企業が特許権を有し、大企業が特許権制度を侵害しているとして、小企業が大企業を相手にする場合には、特許権を侵害しているかどうかは一般的に言えば訴訟の予測は困難であり、敗訴者負担制度の下では小企業が大会社を相手に知的所有権の訴訟を提起することは、敗訴者負担制度導入によるその経済的負担を考えれば、訴訟萎縮効果が働き、訴訟を断念せざるを得なくなるのが通常である。これでは知的財産権先進国を目指し、知的財産権の提訴をしやすく、かつ迅速に処理していくという我国における大きな流れにも逆行するものである。下請代金支払遅延防止法は親事業者と下請事業者には資本の額に応じて格差があることを当然の前提として、下請事業者保護の規定を置いている。企業間には格差があることは、下請法以外にさまざまな中小企業保護立法が存在することからいっても明らかである。売掛金請求訴訟においても買主側は商品に欠陥があったとか、納期が遅れて多額の損害を受けたなどの抗弁を提出し、争いになることが少なくなく、又、争いがなく、訴訟の予測が明らかな売掛金回収事件などの場合も、回収できないのは「勝訴しても弁護士報酬を相手方から回収できないため訴訟を回避せざるを得ない」というのではなく、相手方に資力がないからであり、敗訴者負担制度が導入されたら、売掛金訴訟が促進するというものでないことが、実務を理解していれば一目瞭然である。
(2)市民間における訴訟には導入してはならない
市民間における様々な訴訟や人事訴訟等も訴訟の予測が困難な事例がほとんどであり、市民間においても経済的格差がある場合も少なくなく、経済的資力のない市民が訴訟を提起する場合は、訴訟アクセスを促進することにはならず、萎縮効果の方がはるかに大きく、導入はしてはならない類型である。市民間の訴訟においては、原告・被告ともに資力があり、結果として敗訴者負担制度を導入したほうがよいと思われる事例も中にはあるが、しかし、たまたまそのような事例があるとしても、市民間の訴訟のほとんどが訴訟萎縮効果が高い事例であることからして、例外的な例を考えて導入することは本末転倒である。
(3)圧倒的格差がある消費者事件などには絶対導入してはならない
司法アクセス検討会において、格差があり、敗訴者負担制度を導入すべきではないという観点から議論されてきたPL事件や証券・銀行訴訟などの消費者訴訟、医療過誤訴訟、労働訴訟、交通事故訴訟、公害訴訟等は格差がある事例で、かつ導入された場合は訴訟萎縮が著しいものであり、導入してはならない典型的な類型・事例である。
4.控訴・上告はほとんどできなくなり、三審制を形骸化させる
弁護士報酬敗訴者負担制度の導入は訴え提起そのものだけでなく、仮に訴えて提起ができたとしても、敗訴した場合の負担を考えて請求金額を低くせざるを得なくなる事例も増大することは確実であり(交通事故訴訟などで後遺障害について等級に争いがあっても、敗訴した場合の弁護士報酬の負担を考えて後遺障害の請求を断念するなど)、又、一審で敗訴した場合は、上級審において、よほどの確信を持って逆転勝訴できると考えられない限り控訴することも非常に困難となる。ましてや上告など到底不可能である。これでは三審制度そのものの形骸化につながる。
5.訴訟提起時には裁判の見通しは難しい
司法アクセス検討会のある委員は、裁判の見通しはほとんどの事件で明らかであるという趣旨の発言をしているが、訴え提起時に、どちらが争いに勝つか断言できるというのは極めてすくなく、ほとんどの事件はそのような見通しは不可能であり、証拠調べが終了して初めて裁判所が判断できるものである。萎縮効果があるかどうかは判決の結果から考えるのではなく、訴訟提起のときにどのような裁判の見とおしがあるのかどうかというものであり、このような議論はこのことを全く見誤っていると言わざるを得ない。
6.乱訴防止を理由として導入するのは本末転倒である
乱訴の場合は最高裁の判例に基づいて反訴を提起すればよいのであって、反訴によって、乱訴による被告の立場の不利益は解決できるものであり、また、そもそも乱訴のような事例は極めて僅かであり、訴訟マニアなどによるものがほとんどである。従って、乱訴を根拠にして弁護士報酬敗訴者負担制度を導入するというのは、全くの的外れであり、司法アクセス拡充にはつながらないものである。
以上