東京大気裁判と弁護士費用敗訴者負担問題
渋谷共同法律事務所 原 希世巳
1 決意を込めた提訴
東京大気汚染公害裁判は1996年5月、102名の原告によって提訴された。大気汚染公害裁判はそれまで全国各地で起こされていたが、この裁判は初めて自動車メーカーの公害発生責任を問うものであったこと、初めて公害未認定患者を原告とするものであったこと、広大な23区全域にわたる幹線道路網を被告道路とするものであったことなど、従来の大気裁判とは全く異なった、新たな挑戦であった。
今では自動車排ガスと喘息などの健康被害の因果関係は常識になっているが、当時は西淀川1次判決(1991.3)、川崎1次判決(1994.1)と自動車排ガスとの因果関係を否定する判決が続き、1995年7月西淀川2〜4次判決で初めて国の責任が認められたばかりだった。まして自動車メーカーを訴えるなどというのは「正気の沙汰か?」とさえいわれていたようである。
「裁判やって金が取れても身体が元通りになるわけでもなし、そもそも裁判終わるまで生きちゃあいないだろうよ。」「勝てるかどうか分からない裁判やるよりも、しんどいことせずに寝てる方が身体にはいいでしょ。」当時このような声をどこの裁判説明会でも聞かされた。
そのような中で、患者を立ち上がらせたものは、自分の人生を奪った公害病の苦しみと加害者に対する怒りであり、また次の世代に生きる人々に自分たちのような苦しみを繰り返させてはならない、そのためには被害者である自分がまず声を上げなくては、という使命感であった。
いつ倒れるか分からない病気を抱えながら、全ての公害被害者が救済される制度を求め、また後世にきれいな空気を手渡したいとの願いを込めて提訴を決意し、献身的に運動している原告たちを、私はこよなく敬愛している。
2 8万円の壁
「裁判はいいことだし、できることなら自分も加わりたいが、裁判費用が払えないから」との理由で原告に加わらなかった患者は相当にいた。
ちなみに第1次訴訟の訴額は21億5275万円であり、これに対応する貼用印紙額は542万7600円である。私たちはこれら印紙代などをまかなうための加入金として最低8万円を、また原告団の運営と裁判経費を賄うため原告団費として認定患者には月3000円、未認定患者には月1000円を負担してもらうこととした。
この財政では運動のため専従事務局を雇い、事務所を確保して、裁判の経費まで捻出することはすこぶる困難であったが、これが限界であった。訴訟救助を取れるだけ取ってやりくりしているが、弁護団はもちろん手弁当。「勝利の暁」に期待しての船出であった。
加入金の支払いは多くの原告にとって、苦しいハードルとなった。特に未認定患者は経済的にとことん追い込まれている。働き盛りに発病した方は、ほぼ例外なく収入の途を奪われ、日々の医療費、生活費におわれ、困窮生活を強いられている。家庭も崩壊し、生活保護で辛うじて生活している方も多い。
加入金の8万円が、提訴を阻む予想以上に分厚い壁になっており、私たちは何度も悔しい思いをした。裁判へのアクセスを問題にするなら、弁護士費用以前に貼用印紙の高額さこそが問題とされなくてはならない。
3 弁護士費用敗訴者負担制度が導入されたら
これまで大気汚染公害裁判では、患者の重症度によって1名1500万円から3000万円程度の損害賠償請求をしている。東京大気裁判でも認定患者はこの水準にならい、また未認定患者はワンランク高い2000万円から5000万円の請求をしている。
これに対しこれまでの大気裁判判決で認容されてきた賠償水準は決して高いものではない。認容額を単純に原告総数で頭割りすると、最も高水準である西淀川、川崎1次判決でも約400万円程度である(ただし最終的にはいずれも判決後の自主交渉で認容額の2倍近い水準の解決金を支払わせて解決している)。
東京大気裁判の場合、仮にこの水準の勝利判決を勝ち取ったとすると、認容総額は4億円程度となるが、これは請求額の5分の1に過ぎない。
これは被告にとってみれば請求の5分の4、約16億円を棄却させた勝利ということになる。この経済的利益に対応する弁護士費用(着手金・報酬の合算額)の標準額は1億円を超える。これを全額「敗訴者」である原告が負担させられることになった場合、1人当たりの額はなんと100万円にも及ぶ。原告らは「勝利判決」を勝ち取っても認容額の4分の1を被告加害企業らの弁護士費用のために支払わなくてはならなくなるわけである。
400万円という賠償額は原告らの悲惨な被害を賠償するものとしては、不当に低いものであることは明らかである。自主交渉による和解水準の半分程度というような裁判所の認容水準が適正なものであるはずはない。だからこそ高額な印紙代を払っても上記のような請求額にこだわり続けてきたのである。敗訴者負担制度が導入されたら、われわれは「内金」で請求しなくてはならないのだろうか。
それでなくとも敗訴したら家ごと取られてしまうのではないかと心配しているような患者たちに、裁判の意義を説明し、励ましながらともに立ち上がろうと1人1人に訴え、それぞれ様々な思いを乗り越えて原告団を作ってきた東京大気のような運動にとっては、敗訴者負担制度は決定的な威力を示すことは間違いがない。
敗訴者負担制度は絶対に導入させてはならない。