野村證券事件

東京法律事務所 滝沢香



 2002年2月20日、東京地方裁判所は、13名の原告女性が、使用者である野村證券を被告として起こした男女差別事件について、原告のうち12名に対して、各350万円から490万円の慰謝料及び各1割の弁護士費用の請求を認める判決を出した。
 被告は即日控訴をし、原告らも控訴をした。
 ところで、この訴訟で原告らが請求していたのは、1990年1月から2001年11月までの男女差別による差額賃金等であり、その請求額は11年間で1人当たり約3300万円から4200万円におよんだ(年収で300から400万円の格差)。
 野村證券は、かつて日経ビジネス誌で日本一男女賃金格差の大きい企業として紹介されている。したがって、原告らが請求する差別賃金額も大きなものとならざるをえない。


 被告は、原告ら入社以来、男女別建賃金で女性を低い賃金に留める処遇をし、男性であればほぼ例外なく13年目に課長代理に昇格させていたにもかかわらず、女性はこうした昇格から排除してきた。そして1986年以降は一方的に男性を総合職、女性を一般職と名称変更して「コース別」を導入し、男女差別処遇を固定化してきた。原告らはこうした被告の処遇を男女差別として、同期同学歴課長代理の男性社員との差額賃金等の支払と、課長代理に昇格したものとして退職金規程等を適用されることの地位の確認を求めた。
 これに対して、判決は、男女別処遇を憲法14条の趣旨に反するとしながらも、1999年4月1日施行の改正均等法以前には、会社の採用、配置、昇進の違いを禁止してはおらず、男女コース別採用や処遇が違法とまでは言えないとした。さらに、原告らが入社した1957年から1965年頃には、女性について全国的な異動を行うことは考えがたかったといえ、企業の効率的な労務管理の点からは不合理な差別とは言えないとして。そして、改正均等法が施行されて男女別の配置昇進は禁止されたので、その後も男女別処遇であるコース別を維持していることは違法として、慰謝料・弁護士費用のみを認めた。認められた金額は、概ね1999年4月1日以降の同期男性との差額賃金の2分の1程度だけ。請求額の1割にも満たない。差別であることは認め、差額賃金額ははっきりしているにもかかわらず、賃金相当額の支払さえ命じなかった。
 証券トップ企業が現に実施しているコース別制度を違法と処断したことは無視し得ないが、会社の制度は全く変わらないのに1999年4月1日を境に違法となるというのはどう見ても納得がいくものではない。判決の理屈では、1999年4月1日以前に定年退職になった原告の請求は一切認められなかった。入社以来42年間最も長く差別を受けていた人の請求が排除されたのである。


 さて、原告らが男女差別で裁判をおこそうとした場合、賃金格差が大きい、すなわち女性差別がひどい会社ほど、裁判で是正を求める請求額は大きなものとなり、訴え提起のためにかかる印紙額も多額になる。その上、この事件では、判決で認容された金額は請求額の1割にもみたず、判決に納得せずに控訴するためには、原告が負担しなくてはならない印紙代の方が被告よりもずっと多額である。
 この判決では、もし相手方の弁護士費用を支払うことになった場合にはもっとひどいことになる。原告らが女性差別を受けたことは認められながらも、請求額のうち認められなかった分は会社の勝訴となり、その弁護士費用を原告らが負担することになりかねない。
 男女差別がひどければひどいほど権利を実現するために訴訟を起こすには費用も余計にかかる。それでも一部しか認められなくて、認められなかった分は相手方の弁護士費用を負担しろと言うことであれば、ただでさえ差別されて少ない賃金しか得ていない女性労働者が裁判を起こすことは困難だ。


 男女雇用機会均等法が施行されて既に17年になるが、男女の賃金格差は改まっていない。在職中の賃金格差は、退職金や厚生年金にもはねかえり、差別の影響は一生涯続くことになる。こうした状況を改めるために女性たちは裁判による是正のために立ち上がってきた。
 日本の労働裁判はただでさえ時間がかかり、野村證券事件も提訴から一審判決までは8年以上を要している。このような中で弁護士費用の敗訴者負担のみが導入されれば、差別を争う裁判などできない。裁判を受ける権利が侵害されるだけではなく、日本の司法制度が憲法14条も死文化させてしまうことにつながるのではないか。


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