渋谷地下駐車場入口建設反対住民訴訟

代々木総合法律事務所 須藤正樹


1.平成9年9月に公園通りに新たに渋谷地下駐車場(第3セクターの公社が経営)の入口を新設する計画は、直接影響を受ける近隣住民に対して事前に何もほとんど知らせることなく立案され、これを受けた都市計画変更手続でも区長は住民要望には理解を示し計画を変更したかのように欺いて手続きを進め、翌10年3月には計画は正式に認可されてしまった。
  これを知り住民は必死に反対運動を展開したが、計画は既に決定されたので、あとは工事の説明会を形式的に行えば工事に入れるとする公社とゼネコンの態度は、住民をして法的な手段に訴える以外ない点まで追い込んでいった。また運動の中で、それまで隠されていた第3セクターの無責任な赤字経営と公金投入の実 態が明らかになり、入口建設資金10億円も区が全額損失補償して借金でまかな うことが明らかになり、地方自治法242条の住民監査請求も無内容な理由で却下されて、工事着工が間近かに迫る情勢の中で、多数の住民は、公社・ゼネコン相手の入口建設工事差止め仮処分と、区長などを相手とする住民訴訟を提起することとなった。
  公道上の構築物の工事差止め請求や行政相手の住民訴訟は、通常勝ち目の少ないものであることは残念ながら常識であるが、百害あって一理のない入口建設強行への怒りと、区長とゼネコンが癒着した第3セクター食い物政治に対する是正要求が、提訴の正当性を確信させた。

2.予想通り、裁判は容易ではなかった。仮処分は証拠収集方法の限界などから途中で取り下げ、本訴に切り換えざるをえなかった。すると今度は、現場の軋轢を根拠に、逆に工事妨害禁止仮処分が十分な審尋なしに出されたりした。この間の中心の争点は、入口建設の必要性の有無、その害悪の程度ならびに公社の累積赤字経営の解消の見通しと経営破たん必至かどうか、であった。
  しかしこの争点に関して、区、公社、ゼネコンは、一貫して、事実を容易に明らかにせず、その場限りのいいのがれの理くつを並べ立ててきた。たとえば、入 口ができれば利便性が増え、経営改善や違法駐車解消に結びつくのは当然だ、入口建設は地元商店街などの要望に基づくものでゼネコン救済策ではない、など根拠がない、あるいは虚偽の主張を繰り返した。また、公社経営の将来シミュレー ションの机上プランをたて過大な駐車場営業収入の増加見込みを計上する一方、公社経営の「改善策」と称して駐車場施設を全部区へ無償移管させ、それをただ 同然で再度公社に貸し付けたうえ、経営は破たんしないなどと強弁するに至っている。このため、入口建設による通行や経営内容に対する悪影響についての事前 調査や資料はまったく不十分なまま計画が決定され強行されたことだけは明白に なったが、公社経営の具体的な詳細は裁判所の指示にもかかわらず容易に詳らか にならず、従ってまた裁判は、どうしても長引き、工事は進み平成14年7月には入口は開設されてしまった。

3.しかしながら今日逆に結果は明らかになり、新設入口には入場車輌すらまばら で、そこだけを狭くされた公園通りは荷卸などの違法駐車があると、バスなどが 往復するのも容易ではなく、また公社シミュレーションでも営業収入のこれ以上 の伸びはないことを前提とせざるをえなくなっている。
  本訴では、裁判所から公社は入口新設により違法駐車の解消する理由を詳細に 釈明されてしどろもどろの回答しかだせず、また行訴では、社債購入や損失補償 の違法性に換えて、区から公社への駐車場施設の無償に近い賃貸借や種々の経費 援助の違法性が、現在の争点として適切であることを裁判所からも示唆され、新 たな住民訴訟が展望できる段階になっている。

4.しかし、仮に敗訴者負担の制度が導入されたら、このような裁判は不可能であろう。なぜなら、以上で明らかなように、訴訟は、長期かつ多岐にわたり、多数の当事者が参加する複雑事案であるうえ、係争利益も公社経営の存続や建設工事の可否が問われるため高額とならざるをえず、相手方の弁護士費用も必然的に多 額とならざるをえない。他方で多数の住民は、どちらかというと、個人の経済的利益追求よりも、みずからが他と共有する人格権、環境権を侵害されたと受けとめ、また区などのやりかたに公憤を感じて立ち上がった性格が強いので、このよ うな多額の弁護士費用の負担のおそれは、当然、大きな提訴障害となる。
  仮にそのようになれば、権力や大企業の不当、違法な行為を、裁判の場で、論理的に追及し、隠された諸事実や住民の権利侵害の実情を明らかにすることは、事実上ほとんどできなくなるであろう。その結果、区やゼネコンなどは、本来正されるべき違法な癒着関係を隠したまま、みずからは種々の違法な利益を得つつ、他方で住民の権利侵害を広範に繰り返すことが放置されることになろう。
  裁判には、単純な結論としての勝ち負けのある裁判もあるが、そこを離れても 裁判の経過と内容により、正されなければならない種々の強者の不正をただし、人々の権利の尊重を少しでも多く実現させ、地方自治などの実を実現させる機能もあるのであって、このような役割を消滅させるおそれの高い敗訴者負担制度の 導入には、強く反対せざるをえない。


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