映画鑑賞ノート

毎週金曜日は映画鑑賞の日。映画初心者の私が毎週見た映画をノートにしていきます。

2005年12月

14日

四銃士

1974年、

監督:リチャード・レスター

原題:The Four Musketeers

http://www.imdb.com/title/tt0073012/
 

偶然CSでやっていたので見てしまいました。
原稿の締め切りが迫っているというのに・・・。
これまでの行動からいって締め切り間近になると映画を見はじめるようです。
(=現実逃避モデル。)

アレクサンドル・デュマの『三銃士』の続編。
同監督の『三銃士』とキャストが一緒というのがすごい。
原作を読んでいないのでどこまでがデュマのシナリオなのかわかりません・・・。

これ、三十年戦争(特にフランス戦線)を知ってないとかなり理解が難しいだろうと思います。
バッキンガム公、リシュリュー、ルイ13世、といった人物や、ラ・ロッシェル(鉄人坂井さんのお店のことではありません)、修道院、宗教戦争といった事物の位置づけが出来ていないと単なる「ちゃんばら」で終わります。

なぜかリシュリューがかっこいいと思ってしまう自分・・・。
フランスが家産国家から国民国家へ移っていく足がかりを作ったのは彼ですから。
しかも彼は「枢機卿」ですよ。(オリバーレスについても何か映画ないのでしょうか・・・)

あと人々の「いい加減さ」がいいですね。ダルタニアンも浮気ばっかりしてるし。近世人の気質をなんとなくうまく表しています。

題名のmusketeerは、マスケット銃を支給された家来のこと。マスケット銃は火縄銃の後継機種としてヨーロッパで発明されたもので、発火方式が火縄じゃなくて火薬の爆発を用いるようになったものだとか。
どちらにしても銃身はただの筒で、弾も球体。スピンがかかることによって弾の軌道が変化するわけで
ねらったところに当たることはなかなかない。現在のライフル(銃身に螺旋が彫ってあって細長い弾が
アメフトのボールのように回転しながら飛んでいく)と比べて全然精度は上がらず、威嚇程度の
効果しかなかったそうです。銃士のくせにチャンバラがメインなのはそのためですな。

ストーリーに関してはどうなのでしょうかねぇ。
最後まで喜劇に徹するのではなく、ロシュフォール(チーズではない!:ちなみにスターウォーズの
クリストファー・リーが演じてました)やコンスタンツェ、ミレディーが死んでしまうのは、残念。

次は『岩窟王』(byデュマ)か。

2005年11月

7日

恋に落ちたシェイクスピア

1998年、

作品賞・主演女優賞・助演女優賞・脚本賞・作曲賞・

美術賞・衣装芸術賞受賞、

監督:ジョン・マッデン

原題:Shakespeare in Love
 

再び、金曜日でもないのに映画の日。(サーヴィス・デーに借りてぎりぎりに見ようとするのでこうなることは必然)

今回は『恋に落ちたシェイクスピア』。才能のかれた(でもまだ若い)シェイクスピア(ジョセフ・ファインズ)が公爵の娘ヴァイオラ(グウィネス・バルトウ)との禁断の恋を通じ作品を完成していきます。

見せ場はなんと言っても劇中劇。ロミオとジュリエットはシェイクスピアとヴァイオラだったのですな。劇中の作家が自分に都合のいいようなストーリーを書き、実演してしまうというのは、けっこうべたな展開ですが。そういえば『オペラ座の怪人』も・・・。「ああ、あのシーンね」とニヤリとさせる手法はフォレスト・ガンプに共通するものがあります。

当時って舞台に女性が上がれなかったようで、日本の歌舞伎と似てますね。これは近世近代の特徴でしょう。違反すると公序良俗に反するということで厳罰が下ります。

近世ヨーロッパの政治体制や統治システムの雰囲気がよく出ています。すぐ決闘したり、やたらに不条理な命令が下ったり、家柄の中に財力が入ってきたり、と。法による統治がいかに未発達であるかもわかります。劇中ではこの未発達な統治システムを支えているのがエリザベス女王個人の良識ある統治ということになります。(女王は何でもお見通しですね。)絶対王政が歴史上社会合理性を持っていたのだという雰囲気を感じます。ある種の均衡(equilibrium)ですな。

最後に十二夜につながっていくのはいいですね。男装、新天地、などどっかで聞いた展開だなぁと思っていたら、十二夜でした。この作品を楽しむには、初等程度のシェイクスピアに関する知識が必要です。

 

3日

サタディ・ナイト・フィーバー

1977年、

監督:ジョン・バダム

原題:Saturday Night Fever
 

時には何にも考えず音楽とダンスを楽しみたいなぁと思って借りました。

まあストーリーとしては『ウェストサイド・ストーリー』のギャング団をもう少しショボくした世界(チンピラグループ)の中にいる主人公が現実に目覚めて更生を誓う、というどうしようもないものですが。

ジョン・トラボルタのダンス、最初は期待が高すぎたせいか、いまいちに感じられました。30年前ですからねぇ。

マイケル・ジャクソンなどと比べてはいけませんな。

などと思っていたら、徐々にキレがはげしくなっていってカッコよくなっていきました。さすが。

音楽はあの有名なビージーズの名曲づくし。70年代の曲もいいなぁと思ってしまう今日この頃です。世界中にディスコ・ブームを巻き起こしたことも納得です。

それにしても、毎分F-wordが出てくる彼等の言葉づかい・・・。何とかなりませんか?

 

1日

イングリッシュ・ペイシェント

1996年、

作品賞・助演女優賞・監督賞・撮影賞・作曲賞・

音響賞・美術賞・衣装芸術賞受賞、

監督、アンソニー・ミンゲラ

原題:The English Patient
 

金曜日ではないのですが、レンタルが安くなる先週火曜日に借りたビデオを今日中に返さなければならないので、あえて見てしまいました。

第二次大戦の北部アフリカ戦線からイタリア戦線を題材に、大戦直前のアフリカの発掘作業に携わったハンガリー人の伯爵の数奇な運命と悲劇を描いた作品。重い・・・。

開戦直前から開戦直後にハンガリーの伯爵が大やけどを負うまでのストーリーと、彼が連合国側に収容され、イタリアの廃墟となった教会で衛生兵に看取られやがて死んでゆくストーリーとが交互に展開します。

とにかく複線が多い。

不倫を巡るメロドラマ&悲劇としても読むことが出来るし、

衛生兵の女性の「癒し」の映画としても読むことが出来るし、

戦争物(とくに飛行機マニア)としても読むことが出来るし、

国籍の持つ悲劇性を浮き彫りにした社会派映画としても読むことが出来るし、

患者に恨みを持った男が対話を通じてその思いを昇華させていくヒューマンドラマ(『恩讐の彼方』?)としても読むことが出来るし、

イタリアと砂漠の風景の美しさを撮った風景映画としても読むことが出来る。

ちなみに、@地図マニアとしては、砂漠の地図が軍事的にいかに重要であったかをもう少し描いてほしかった。

A伯爵の愛した鎖骨と鎖骨の間のくぼみ(彼いわく"Almácy Bosporus")は"suprasternal notch"(頸切痕)というそうです。(これで調べるとそのマニアのページが出てきます・・・)

見終わったあとでもまだ消化不良。よくアカデミー賞を受賞したなぁと。

10月

 

14日

フォレスト・ガンプ/一期一会

1994年、

作品賞・主演男優賞・監督賞・視覚効果賞受賞、

ロバート・ゼメキス監督、

原題:Forrest Gump
 

まず、フォレスト・ガンプって人名だったんだ・・・。というのが最初の驚き。
「森?じゃあガンプって何だ?」と思っていたらForrest(しかも南北戦争&KKK関連)だとさ。今までの10年間の誤解が晴れてよかった。

最初のKKKのForrestのところでさりげなくワルキューレが流れるなど細部までこだわって小さな笑いを誘おうとする姿勢に初っ端からすっかりはまってしまいました。
まあストーリー展開には無理があるのは百も承知の上で、アメリカの冷戦史をがさっと洗うにはもってこいの映画です。(ジョン・レノンやアップル、ウォーターゲートの話は深夜にもかかわらず声を上げて笑ってしまった…。)ちなみに各時代の音楽と思しきBGMがかかっており音楽史的にも面白いのだろうけど、あまりフォローできなかった。

興味深いのはアメリカの政治史がいかに暗殺(または未遂事件)に覆われていたかということ。時代の設定が変わるごとに暗殺風景が出てきたのが興味深かったです。時代背景を説明するのにこれが一番いいと判断したからだと思いますが、日本では何がいいのでしょうねぇ。

あとは当時の記録映像と現代の映像の組み合わせの面白さ。CGを駆使して大統領とトム・ハンクスのツーショットを作り上げた製作側の努力もたいしたものだと思いますが、それ以上に大統領をうまく馬鹿にしているのがおもしろい。もっとも、10年前だから出来た業だなぁと。(たしかに華氏911みたいなものは出来るのだが。政治色が強すぎ。)

最後のシーン(ちと涙)。「ダン中尉の言ったこととママの言ったことのどちらが正しいのか。人間には運命があってそれに従うのか、それともただ風に漂っているだけなのか。」これは政治学的にもきわめてインプリケーションの強いメッセージですね。環境などの制約と意思のせめぎあい。そういう観点からこの映画が出来ていたのか、と改めて確認しました。

あとどうでもいいのですが、失恋(?)から4年あまりアメリカ大陸を走り回るときのシーンは、ランナーの心境をよく理解しているなぁと感心しました。走っているときは意外といろいろなことを考えるものです。

役者としてはトム・ハンクスも意外とよかったのですが、ダン・ティラー中尉役のゲイリー・シニーズの存在がよかったかと。

3月

 

25日

普通の人々

1980年、

作品賞・助演男優賞・監督賞・受賞、

ロバート・レッドフォード監督、

原題:Ordinary People
 

事故で長男を亡くしたことをきっかけに平穏な家族にさまざまな問題が波及的に押し寄せていきます。
5,6年前の自分や家族の経験と合致したところもあって見ていて苦しいのですが、
心理的描写が正確でカタルシス効果がありました・・・。
少年期の心理って不安定でつかみ所がないですから・・・。

決してハッピー・エンディングとはいえませんが、一番病んでいた次男のコンラッド(ティモシ・ハットン)に希望が、父(ドナルド・サザーランド)と息子という難しい関係に光が見られて救いがありました。

母親ベス役のメアリー・タイラー・ムーアは怪演というべきでしょうか。途中から憎らしくなってしまいます。

それにしても精神科医って偉大です・・・。

2月

 

20日

ゴッドファーザー

1972年、

作品賞、主演男優賞受賞、

フランシス・F・コッポラ監督、

原題:The Godfather

三部作シリーズということは知っていたのですが、まだ一度も見たことがありませんでした。
むろん原作(マリオ・プーゾ)も読んでおりません・・・。
マフィアなどの非合法暴力集団のネタは少年期の心の傷を思い出させてくれるのであまり好きではないのです・・・。(合法集団ならいいのかという大問題はあるのですが・・・。)

ドン・コルレオーネ役のマーロン・ブランドは、『波止場』のときとは全然違いました。
口ごもり気味で、滑舌もよくないのですが、凄みがありました。
このボス、麻薬には手を出すべきではないと、なぜか良心的。このあたりは任侠とやくざの違いみたいなものでしょうか。

ゴッド・ファーザー(名付け親)とは、イタリア移民の人間的つながりを強く感じさせる名前ですね。辞書(大辞泉)で【擬制親族】を調べてみると

血縁者ではないが、儀礼などを経て実際の親子・兄弟同様あるいはそれ以上の強い結びつきをもった人々。烏帽子(えぼし)親・仲人親・ゴッドファーザーなど。儀礼親族。

と出てきます。マフィア社会もこうした紐帯でつながっているということでしょう。
また、こうした非個人主義的紐帯の残存する社会があってはじめてマフィアや暴力団などは
存続していくことが出来るのかもしれません。

ストーリー的は、さまざまな角度から見ることが出来そうですが、
個人的には、その手の業界から遠かった三男(マイケル)が、次第に冷徹なマフィアのボスにのし上がっていくという点がもっとも印象的でした。
マイケルの変容ぶりが印象に残ったというところでしょうか。
(マイケル役のアル・パチーノのカッコよさといったら・・・。)

もの悲しいテーマソングとシチリアの風景がマッチしています。

やはりパート2もみるべきでしょうね。
 

 

5日

オペラ座の怪人

2004年、

撮影賞・美術賞・歌曲賞ノミネート、

ジョエル・シューマッカー監督、

原題:The Phantom of the Opera

いわずと知れたアンドリュー・ロイド=ウェーバーのミュージカルを映画化したものです。

サンフランシスコに語学留学していたときにはじめてみて以来、すっかりはまってしまい、

CD(英日)2セットを買ったり、劇団四季(今井清隆バージョン)のも見に行ったりと、
 

僕にとってはかなりなじみのあるものです。最近舞台のミュージカルが映画化

(そしておそらくDVD化)される確率はあまり高くないと思うのですが、うれしい限りです。
 


ストーリーはガストン・ルルーの小説を適当に(時には大幅に)手を入れています。

もともとがたいしたことのないラブ・ストーリーと怪人が最後まで「怪人」であり続ける

単純な悲劇の組み合わせですので、ストーリーで感動するということは最初から

期待していません。

要は、映画ならではの完成された音楽(←ミュージカルの生演奏の反対として)と、

舞台では不可能な映像効果やセットをもちいてどれほど新しいミュージカル映画に

変化させられるか、の2点が重要です。
 


基本的には、この2点は満足できるものでした。最初のシーン(&戦慄のテーマソング)は、

映画ならではの迫力でした。感動。役者・歌手としては、クリスティーン役のエミー・

ロッサムと、ラウル役のパトリック・ウィルソンがよかったと思います。ファントム役

(ジェラルド・バトラー)はもう少し歌い上げてもよかったのでは。

ここは役の解釈の違いだと思いますが・・・。

(ミュージカルの感じで完全に歌い上げてしまうファントムは、悲劇のヒーローでは

なくなってしまうので、これも問題ではあるのです。)

2幕の舞台を休みなしの映画にしているので、シャンデリアが落ちるタイミングが

違うことや、クリスティーヌの生い立ち、マダム・ジリーとファントムの関係が語られ

ているなど、若干の違いがありましたが、よく再現したというのが感想です。ただし、

舞台のほうが余韻を残す形で終わるのに、映画ではタイトルコールが流れ、新曲が

流れてしまうので、ちょっと違うなと感じました。仕方ないのですが。


いずれにせよDVDが出ればゲットする予定です。
 

 

 

1月

 

14日

インドへの道

1984年、助演女優賞・作曲賞受賞、

デビット・リーン監督、

原題:A Passage To India


作品賞ではないのですが、ビデオ屋の棚にあったので・・・。
 

この1984年という年は、『アマデウス』(昔から何度もみているため対象としていません)が作品賞他5部門を独占しています。

インドがイギリスの植民地だったころを題材に、植民地下の人種差別、文化差別によって引き起こされる冤罪の事件を描きます。

冒頭でイギリス本国からインドへ旅するのは、婚約者である男(在インドのイギリス人判事)に会いに行く娘と男の母親(つまり姑)という変わった組み合わせです。二人がインドに着いてイギリス人社会とインド人社会のコミュニケーションの不在に驚き、イギリス人のインド人差別に嫌悪感を持つのですが、「2年で(女性なら半年で)慣れる(=差別主義者になる)よ」というシニカルな発言が印象的でした。

映画全体としては差別に反対し、和解を促すものかもしれませんが、あちこちに見られる『東洋=神秘』という構図が鼻につきます。
また、divide and rule(仲間割れをさせて統治する:分割統治)の「裂け目」となっていたはずの宗教の多様性(イスラムとヒンドゥーの違い)や独立運動を牽引していくインド人のエリート層の存在が描かれていないのも決定的に物足りないです。

それでも、インド人社会とイギリス人社会の間に時折存在する心の通いあいが、かえって冤罪事件を通じて大きな亀裂(暴動に至る)を引き起こしてしまい、両者界の間にあった「良識ある中間人」が存在しなくなっていく(被害者であるアジズ医師はインド人社会の英雄となってしまう)過程は、エスニシティー(民族)が作り上げられていくものであることをうまく表現しています。

音楽で賞を取っていたのですが、それほどでもなかったです。
ちょっとがっかりでした。
 

 

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最終更新日:2006/01/12