'03 第43回総選挙 調査プロジェクト
講評
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北丸雄二氏の講評 松村比奈子氏の講評
北丸雄二氏(作家/ジャーナリスト)
性的少数者の人権運動で困難なところは、性的少数者というのは、声を挙げない限りは存在しないと同じことになってしまうという点です。「黒人」解放運動とか「女性」解放運動とかと違って、パッと見、性的少数者は性的少数者の顔をしていません。そこには二重のカムアウトが必要になってくるのです。
英語で「screaming queen」という言葉があります。「(あたしはオカマよ、とけたたましく)叫びあげる(ほどに自明の)オカマ」という意味です。そういう人たちを盾にして性的少数者はだんだんと前に進み出てきました。でも、盾になっている人たちは大変でした。世間ではそういう人たちだけが「オカマ」だと思い、すべてのそしりを一身に受け負わされてきた。なぜなら「声を挙げない」他の「オカマ」たちのありようは、もとより「存在しない」ものと同じだったからです。
ところが、政界にも、マスメディアにも、経済界にも、いつでもどこにでも、性的少数者は存在してきました。それは少しでも知を働かせればやはり自明のことです。「声を挙げないオカマ」たち。黙っていて紛れてしまえる「オカマ」たち。私たちは、これまでずっとそのことを意識にのぼらせてはこなかった。 あるいはいまもなお。
かつて、「東郷健」という「叫びあげるオカマ」がいました。あのときの衝撃を、私はおぼえています。それをおぼえていることをすこし自慢したい気すら いまはするほどに。なぜならあのとき、日本の現代史上初めて、日本人は身内の中の「他者」を知ったのでしたから。黒船が日本の近代に突きつけたものとは別のもっと深いところから、「東郷健」は現代という時代を揺さぶり(きれなどもちろんしなかったけれど)得る種子をきっかりと植え付けたのだと思います。
その種子が芽吹いています。このTMGFのアンケートもその一つです。このアンケートの存在によって知らしめられることはまず、私たちの周りに、話題にする/すべき、性的少数者が存在しているといういまさらながらの事実です。声を挙げて可視となる以前からじつは存在していたのじゃないかと遡及的に知られるような、身内であることだけが拠り所の社会でなおも他者であることを叫びあげる/あげなければ消されてしまうということに自覚的な存在。
「黒人」も「女性」も、かつては語られる一方の存在でした。それがいまは世界史の中で、自分を主語にして語っています。TMGFのこの行いもまた、性的少数者が同じようにこの日本で自分を主語として語りはじめ、自分を主人公とする問いを発しているということの現れです。
アンケートの回答を見ると、面白いことに、妙に候補者の心が透けます。いままで語る一方だった「政治家」たちが、初めて語られる自分を意識し、ドギマギしつつも言葉を紡ごうとしている姿が見えます。これはとても特異なことです。その重圧に耐えられずカーボンコピーになっている政治家もいます。逆にふと驚くことは、自民党という硬直した政党の若い候補者たちが数は少ないながらも(政党の思惑とは別に)真摯にこれに応えようとしていることでもあります。
TMGFのこの政治活動は、日本の数少ない性的少数者の活動の具体としてこれからも続いていくでしょう。今年行われた先の札幌市長選でも、性的少数者による同じような問いかけが候補者すべてになされ、その回答、あるいは無回答に、有権者である性的少数者たちがとても敏感に反応した経緯もあります。そうして誕生したのが、性的少数者問題にきわめて明るい市長でした。
すべての少数者運動は、少数者の解放をその目的にしているのでは、じつはありません。その究極の目標は、少数者を解放することによって、多数者が、つまりは社会が、時代が、よりまっとうなものになるためのものなのです。黒人や女性を解放することによって、アメリカの白人男性たちはいま、かつてにくらべればじつにまっとうな存在になってきました。つまりTMGFのこのアンケートの質問の中にあるいちばんの問いかけは、あなたはまっとうな人間ですか、ということに他ならないのかもしれません。「候補者の心が透ける」と言ったのは、じつはそういう意味なのです。その意味で、これほど面白いアンケートはなかなかありません。
北丸雄二氏のご略歴:
毎日新聞記者、中日新聞(東京新聞)ニューヨーク支局長を経て新聞社を退社。現在はフリーランスとしてニューヨークで著述活動を続ける。かたわら、1993年よりNY近郊の日本人コミュニティ向けに日本語によるAIDS情報提供ボランティアを行っている非営利団体『JAWS(Japanese AIDS Workshop Series)』の代表世話人を96年から務める。
HP http://home.nyc.rr.com/kitamaru/
松村比奈子氏(拓殖大学講師)
私は、拓殖大学その他で憲法・行政法・法学を教えている憲法研究者です。近年、人権保障の項目としてセクシュアル・マイノリティ問題に興味を持ち、性同一性障害をかかえる人々の戸籍訂正について研究し始め、社会活動にも参加するようになりました。今回、TMGFが「ゲイ(男性同性愛者)に関する政策アンケート調査」を行っていることを知り、早速その概要を教えて頂いた次第です。
このアンケート調査には、2つの大きな意義があると思います。
第1に、ゲイ団体がゲイ団体として政治家ないしはその候補者に対し、自らの社会問題を明らかにし、その対策を問うたことです。セクシュアル・マイノリティは従来、趣味の問題であるから、丸ごとのゲイは存在せず、その社会問題もあるはずがないとされてきたのです。もし何か困った問題が生じるとしても、それは社会ではなく個人の内面の責任とされてきました。
それを正面から否定したのが、このアンケート調査という活動です。@ゲイは存在する、Aゲイであるための社会問題が存在する、Bそれは政治によって解決可能である、という3つの視点を明らかにしました。社会認知へ向けての、重要にして不可欠な第一歩だと思います。
第2に、ゲイとしての困難を、自助だけではなく政治によって解決していこうとする発想です。ゲイの自助グループには、安定した大きな団体がいくつもありますが、だからといって、ゲイの生活が昔よりも劇的に向上したのかといえば、それはどうでしょうか。仲間がいるからといって、公営住宅にパートナーと入れるわけではなく、パートナーの手術同意書が書けるようになるわけではありません。それらの困難は、自助だけで解決できるものではありませんでした。そこに、「隠れて生きる」ことの限界があります。
ならば、どうするか。政治を動かせばいいのです。政治家を使って政治を動かし、ゲイの問題を解決していけばいいのです。ゲイに限らず、全ての人々にとって、それが政治と政治家の存在意義であり、民主主義の王道です。
政治活動を圧力としてではなく交渉の成果としてとらえるなら、政治と政治家の動向に関心を持ち、質問するのは当たり前のことではありませんか。目の前に困難があり、それを解決してくれるかも知れない政治家がいるのに、それを探す努力すらせず、政治的中立などという訳の分からない安逸に逃げてしまうのは、もしかするとマジョリティの陰謀かも知れませんよ。
政治はやさしい、といっているのではありません。時として、思いもかけぬ問題に巻き込まれることもあるかも知れません。ですが、人間が火を使いこなして文明を築いてきたように、セクシュアル・マイノリティもまた政治を使いこなして幸福な生活を手に入れようではありませんか。嘆いている暇があったら、スリルあふれる政治活動に力を注いでみませんか?
政治に関心を持つ、あらゆるゲイの方々へ。皆さんの力を一つにすれば、不可能ということはありません。私は性同一性障害のいわゆるGID特例法の制定過程におけるロビー活動を通じて、それを実感しました。今もなお、神奈川各地の陳情活動の成果によって、それを実感しています。政治は動くんです。それをさせるのが、皆さんの情熱です。
このような重要な活動が、これからいっそう拡大することを願って、TMGFにささやかなエールを送らせていただきます!それでは、エイ、エイ、オーッ!\(^o\) (/o^)/
松村比奈子氏のご略歴:
駒澤大学大学院公法学研究科博士課程後期修了(憲法学)。現在、拓殖大学などで非常勤講師を務める。本来の専門である宗教関係の行政訴訟に加え、2000年秋より人権分野、特に自己決定権に関する研究を開始。性同一性障害者の戸籍性別変更を自己決定権の法理から検証中。
現在は、「性同一性障害をかかえる人々が、普通にくらせる社会をめざす会」(gid.jp)代表代行、「同性パートナーの法的保障を考える有志ネットワーク(仮称)」呼びかけ人を務める。また、「性的マイノリティと法研究会」のメンバーでもある。
HP http://homepage2.nifty.com/hinakom/index.htm
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