クリントン前大統領からの手紙
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2,3年前、当時大統領であられたクリントン氏に東京のアメリカ大使館経由で私の声のトレーニングの本を2冊送った。「日本にお出でになった時、お時間があればボイストレーニングしてあげてもよい」と言葉も添えて。 手紙の中に妻も自分も日本の旅行を楽しんだとあり、本をありがとうが書かれていた。「そうか大統領に本を送ったんだっけ」とここでやっと思い出した。よく見ると折り筋が全く入らないようにまるで大事な写真でも送るかのような丁寧さで一枚の紙があった。恐らく多くの人は大統領からのお手紙は宝物として額にでも入れて飾るのだろう。そのとき、折り目などがあるのは見栄えがよくない。そこまで神経を使っておられるのだなあとかんしんした。嬉しいような恥ずかしいような気分で引き出しに入れて置いたら、それ以後、行方不明である。たまには見ようとおもっても二度と見た事がない。 恐らく私が自慢したり、コピーに取ってばらまくのを警戒して女房が隠したのであろう。死ぬまでには前大統領のお手紙をもう一度見てみたい気もする。それにしても外国人は他人が投げかけた親切に感謝の意を現すマナーがあるなあと改めて思った。 私はアメリカの大学院で学び、卒業した。勉強中に色々日本では考えられないような、柔軟で、未来に広がる大学側の対応を経験した。たとえば図書館の本は一度に20冊も借りれた。舞台劇の発表のための稽古場は空き教室を自由に使えた。大きな劇場でも無料で使えた。卒論のデーターのための30名の実験生の医学的検査もただであつた。日本では施設はカギをかけてきれいに保管する傾向が強いが、アメリカでは人間が成長、勉強するためにある。その事で建物などの消耗があつても平気である。未来を重んじ、発展する国であるをいやと言うほど知った。それに引き換え自分の国、日本の貧しさ、閉ざされ具合を知り、絶望に近い虚脱を30年近くも味わっている。 |