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「このページは荒谷が感じた声についての問題を時々更新します」
間違いだらけのボイストレーニングも見てください。
4月14日 「吉川晃司君に感謝された」
17年ぶりに歌手の吉川君に渡辺美佐さんの叙勲パーテーで会った。彼はデビユー前1年ぐらいわたくしの教室で声のトレーニングに励んだ。「先生のおかげでいまだにキーは同じだ」と吉川君は感謝した。
同じ頃、俳優志望の金山一彦君もレッスンに通っていた。しばらくして私は渡辺プロの新人担当者に金山君を含めた約10人の預り生に「何か思い切った試練を与えろ」と進言した。単に声がよいぐらいでは存在価値が薄いからだ。その後3,4ケ月して担当者がしばらく金山君はお休みしますと連絡してきた。何でもママチャリで大阪から東京まで自力でコイで、それこそ東海道を上るらしい。「いいねえ、面白い。やれやれ」とわたくしは薦めた。
約1ケ月後、日焼けしてげっそり痩せた金山君が現れた。「先生、ママチャリで箱根の山を越えるのに死ぬ思いをしました」と疲れ切った表情で応えた。
それからしばらくしてNHK連続ドラマ「生きのいい奴」で主役を演じてなんだか大きな賞をもらった。このドラマは好評で続編も作られた。演技力、歌唱力は克服、大きな障害を乗り越える力と正比例していると解釈している。それが見事に当たった一話である。しかしTAXの運転手への暴力行為は情けなかった。今日ではこんな風変わりな、破天荒な先生も生徒も少なくなった。小粒と言うか、優等生ばかりである。故三船敏郎さんと故黒澤明監督の関係はこれ以上に凄いものではないかと推測している。結局、先生も生徒も全存在を賭けた対決、切られれば死ぬ真剣勝負ではないか。その真剣勝負から偉大な何か、名人などと言う人が生まれるのではないか。
私は22才の時、関西の喜劇王と言われた故曾我廼家十吾師匠の泊り込みの一番内弟子で、15ケ月死闘を繰り返した。睡眠は毎日3時間、師匠が寝ていても本を読み聞かせたり、新聞の見出しを読んだりしていた。だから師匠よりも2,3時間は睡眠が短いのであった。舞台出演から、脚本の口述筆記から、果ては新聞連載の「十吾身の上話の回答」の代筆まで師匠と行動をともにして、何時も火の出るような叱りを浴び、顔には師匠のションベンまでもかぶった。実は十吾師匠はトイレへ行くのは大のみで小は部屋で尿瓶で済ます。最後に尿瓶の入り口でアレをポンポンと叩くのである。そのとき顔の前で尿瓶をささげ持っ私に師匠のションベンは容赦なく飛び散った。今から思えば師匠はわざと私の顔にションベンをひっかけたと思われる。この時の修行ではこんな事は軽い出来事であつた。そんな訳で69才の今でも私には真剣で差し合える体力と気力は残っている。
3月23日 「いかりや長介さんが亡くなられた」
死因は原発不明頚部リンパ癌であつた。この「不明」にわたくしはある疑問を感じる。人の寿命を見ていて声の汚い、壊している人は短いのではないかである。歴代の総理大臣の死亡年齢を見ても、声を潰しいてる人の死亡は声のよい人、中曽根さんなどに比べて早い。いかりやさんの場合も声は壊れていて、言葉をつくるのに正常な人の数倍の努力、エネルギーを必要としていた。相対的に声の出ない人は搾り出すために首の両側の頚動脈が大きく膨れる。他にはのど仏の周りの血管も大きく膨らむ。声帯の周りの筋肉だけではなく、血管までも総動員しなくては声にならないのである。
常時、頚動脈を異常に膨らませていると、そこに強度のストレスが起こらないか。それが毎日何千回も続けば、何かの病的症状はおきないのか。この因果関係の解明をぜひ医学関係者に要望する。
わたくしは死者に鞭打つつもりはない。だだ「原発不明」の不明を解明していただきたいから前々から持ち続けている疑問をここに述べているのである。いかりやさんの冥福を祈ります。
3月20日 「自主トレの危険性」
高橋尚子さんがアテネオリンピック2連覇の夢を絶たれた。選考会出場前のトレーニングを小出監督は高橋さんに任せた。結果は痩せ過ぎで後半バテテ悪いタイムで終わった。私の声のトレーニンク゛でも生徒が私のいないところで勝手にやって声を悪くする人がいる。
わたくしのトレーニングは簡単に見えて紙一重のきわどいものがある。それは四十数年の年季が生徒には理解できない難しい、ある意味で高いレベルにあるからだ。その間に蓄えた1万人以上のデーターもあり、色々なタイプ、症状に対応できる中身があるからだ。しかも最近開発した方法は効果がたいへん大きいのでちょつとした間違いでも声をだめにする危険性がある。
NHKの素人喉自慢の日本一を決定する番組を見た。最終には16人が出場していた。
さすがに声はみんな良かった。しかしわたくしの耳は危険信号を発していた。特に優勝した女性は将来声をだめにする可能性を感じた。昔、日本を代表する天才少女歌手の40歳ごろに声のトレーニングを私はした。声の質は最高によいものがあったが、それでも長年歌っている間に声帯にポリープができて2度の手術の経過が悪く高音がでにくくなっていた。NHKの16人の何倍も恵まれた良い声を持っていた彼女でも声に問題が起きる。それは素人の時は低速で走っているので欠陥があってもたいしたトラブルにはならない。しかしプロになると超高速で走る車と同じで車輪が外れたり、エンジンが焼けきれたりするのと同じである。
現在、わたくしは猛烈なスピード(声)を出しても、傷まない、壊れない声のトレーニング法を開発している。おそらく世界のどんな国にもこんな方法をもつているトレーナーはいないだろう。
2月22日 「なんちゃって歌手の化けの皮を剥ぐ」
マライヤ・アンキモさんは一年間、私の教室で熟成される。ELTの持田香織さんも1年がんばった。来年の4月ごろにはアンキモさんは衝撃のデビユーをするだろう。その時、姫とかOややとかもてはやされている、なんちゃって歌手達は「こんなにすごい声が日本人にもあるのか」と腰を抜かすだろう。スポーツジムで汗を流すぐらいで声は本物にはならないのだ。
私は以前、TV界の大物、大山勝美さん(ふぞろいのりんご、岸辺のアルバムなどのTBSのプロデユーサー)に「荒谷さんは有言実行の人だ」と2冊目の声のトレーニング本の推薦文でほめられた。その通りを彼と立ち上げた東京アクターズスタジオで実証して、裕木奈江、中島ひろこさん達を短期間に養成し、映画の新人賞を続けて取らせた。来年の夏にはアンキモさんで世間を驚かせる。彼女は今でも仲間とカラオケに行くとショックを与えるぐらい上手く、二度と一緒には歌わないと逃げる人が多いらしい。私の生徒の「でか声君」もカラオケに行き、立ち上がれないぐらい強い衝撃を受け、その翌日、私が「どうすればよいか」を延えんと説かなければならないほど落ち込んでいた。ポップスやロックはテクニックではなくセンス、しかも超都会的でなければならない。それは大阪よりも東京、いやニユーヨークであるほうがよい。だからあしたからニユーヨーク人になるようにセンスを磨けと・・・・・ああしんど。
アンキモさんは周りの同世代人を落ち込ませる歌唱力(センス)を既に持っている。それが1年間の私の教育で世界に出しても恥ずかしくない声になるのだ。多くの業界人は私を無視したり、馬鹿にしてきた。それは私の生徒が世間に衝撃を与る場に立てないケースが多かったからだ。マラソンの小出監督も高橋尚子さんを世にだして認められた。アンキモさん私も日本一になりましよう。ついでに世界一もおもしろいなあ。私の声のトレーニング法は世界の何所に出してもひけを取らない実力を持ち合わせています。ここまでくるのに48年かかりました。小出と高橋。荒谷とアンキモ。来年の夏をご期待ください。
2月8日。
今日、声のトレーニングの後、生徒たちと話していたら、以前声帯結節でドクターストップがかかっていたヘビメタの歌手が最近の伝言板で声のよいランキングで一位になっていたとその伝言板を見た他の生徒から報告があった。もし彼がわたくしの教室に入っていなかったら今頃は歌手をあきらめていたと断言できる。「鋼鉄製の声帯」は彼の事でもある。今ではどこから検討しても、たとえケチつけようとしても穴がないぐらいの声になっている。改めてわたくしの方法は世界の最高のところに出しても恥ずかしくないまでに成長していると自負している。ある時期に、これらの生徒を一堂に会して歌とか声の発表会をやってみようか。聞き手は全員おどろくだろう。声はここまで磨く事ができるのかと。
2月1日。
町田市に我慢ならん隊隊長と言う市議会議員がいる。80才を超えるお年なのに駅前などて毎日のように演説をぶっておられる。よってか何時もトップ当選である。私も「もう我慢ならん」と声のトレーニングを全国の人たちにぶち上げる。つまりインターネットで大なサイトに乗せてお知らせする。理由はTVなどに出演する人の90%以上が声がでたらめである。地方のアナウンサー、キャスターは99%ひどい声を出している。歌手、俳優もひどすぎる。当然、彼らは耳鼻咽喉科、通いが日課である。声帯手術を3,4回繰り返す人も多い。東京のキー局に出演するコメンテーターも95%までが困った、間違った、つぶれた声を振り絞っている。これは仕方がないでは済まされない無知の領域で、汚い下着をテレビで見せびらかせているに等しい。わたくしなどの手ほどきを受ければ、もつと聞きやすい、医者通いのない声になる。ちなみに朝の番組を食事をしながら聴いてみるとよい。殆どの出演者の言葉は理解できない。ものを噛むのでその音が耳の鼓膜に影響を与え、言葉が聞き取りにくくなるのである。ちゃんとした声の人はバリバリお新香を噛んでいても言葉がこちらに明確に伝わる。これで評価すると90%以上が出鱈目、壊れていると判断できるのである。
視聴者人気ナンバーワンの男女も最悪の汚い声をしている。メイン政党の党首もそろってひどい声で、そのうちしゃべれなくなる。それでも何ら対策を立てない。もし医師から「このまま放置すれば歩けなくなりますよ」。「目が見えなくなりますよ」などといわれれば放置するだろうか。ところが声はそんな最悪の状態でも何ら対策をほどこさない。あるいはしたくても本物の先生がいないのかもしれない。声はなくなって初めて、その大切さが分かるほど日本人は軽視している。私は今まで密かに、ごく少数の人に隠れるようにして声のトレーニングをしてきた。この3月で69才になるので、棺桶に入るまえに、わたくしが健在な間に多くの人を助けたい。新しく立ち上げるHPに期待してください。
1月28日
古賀議員の学歴に嘘があると国会が騒いでいる。官房長官などは議員のいろはもお分かりにならないと馬鹿にしている。ところが私に言わせれば日本の国会議員の98%までが議員のイロハを知らない。それは声に関して殆ど全員が落第、いや幼稚すぎるのだ。議論を尽くす場でそのもっと重要な声がでたらめで使い物にならないほど低級であるのだ。腹芸や裏の根回しですべてが決まるこの国は、議論なんてナンセンス、声なんて出なくてもよいと高をくくっている。それは美意識の強い欧米人には耐えられない汚らしさで「日本のベテラン国会議員でも殆どは発展途上国以下」と軽蔑されているのをご存知ない。私の観察から言えば声の汚い代議士の多くは犯罪かそれに近い困った問題を起こしている。汚い声の候補者には投票しないだけでも国政はよくなる。
声は自己管理に厳しい人ならいくらでも改善できる。例えばそんな人は私のこのHpにたどり着けるのだ。結局、自己すら管理できない人たちが国を管理、運営しているのだから日本国は崩壊するのが当たり前である。
テレビ、ラジオで声を出す人たちも声の管理ができていない。その数は90% 以上で、地方になると99% もでたらめな声を出している。ゆえに声のトラブルが絶えない。
故人になられた演歌歌手の娘さんが私の教室に入られた。5回目のレッスンでものすごくしつかりとした大きな張りのある声になった。彼女はマシュマロのようなふにゃふにゃした体で、私から「アンキモ」とあだ名された。筋肉がないのだ。それでも1年後には中低音の強いマライヤ・キャリーのような声になるだろう。マライヤ・アンキモー、がんばれよ。今後がたのしみである。
2004年1月8日 「発見、発見、これは偉大かも」
昨年の合宿で新しい発見があった。 それはある人の声が正しいか、否かの判定である。屋外の遮蔽物のない広い野原の真ん中で、ある若い男性A君のトレーニング中の声を近くで聞いていた。教室でも聞きなれているので 「相変わらずだなあ、今回もたいした進歩はないか」 と多少気の毒になった。一生懸命、殆ど命をかけてトレーニングしているのになんともしてあげられないのか。しかし今回は私には強い確信があった。つい先日開発した方法で一人の男性の声が教室で鋼鉄のような強く鋭い響きを持ち、他の生徒も数段の進歩をみせていた。この合宿でもその方法を試みさせた。
広い野原の真ん中にマットを敷き寝転び数人合宿生が声を出している。私はなんとなくその場からブラブラと離れて遠くへ歩き出した。空を見上げるとパラグライダーが50台ほど飛んでいる。赤いのや青いの中には模型飛行機ような翼があるも浮いている。なかなか下に降りてこない。ベテランになると2,3時間も空中に漂っていると言う。上からは富士山がよくみえるだろうなあと思いながら合宿生からどんどん遠ざかった。
百メートル以上離れた時、A君の声が力強く、はっきりと届いているのだ。たしか以前はA君の 声はこれぐらい離れるとこんなには聞こえなかったはずだ。近くで聞いていると全然変化がないと思われた声も、遠くに離れてみる違いがはっきりした。これは発声法の判定になるのではと喜んだ。例えば、テスト生をある地点、E地点に寝転ばせ、そこを中心にして東西南北の4つの離れた地点(各々100メートル以上)に音声感知装置を置いてデシベルなどを測定すれば、そのテスト生の声の能力が分かると思われる。無風の屋外で何ら反響するものがないところがよい。これはすでに検証済みで4,5人で100メートル四方は軽々と届いていた。
最大の関心は発声がよいといわれている声楽家で実験してみたい。日本のロックやポピユラー歌手は50メートルも届かないか、四方に均等に声は拡散しないと確信できる。こんな判定法がなかったから多くの歌手たちは安穏と仕事をしていたのだ。なんとしてもこの判定でインチキな声を出している歌手や俳優達を驚かしてやりたい。 「声をなめるな、いい加減な声はバレルのだ」
12月24日 「今年最後の教室」
私の45年近い声のトレーニング法の研究、開発の中で今年の後半は最高に収穫があった。2週間参加しなかったら新しい方法があったとみんなが驚くほど毎日、新しい効果のある方法を発見した。この欄で以前「声を磨くと竹製のリードの音になる」と述べたが、今日は鋼鉄製の声帯が生み出す声を聞いた。あったのか鋼鉄のように強い鋭い声が。結局、竹製になり、最終的には鋼鉄になるのだ。最高に幸せな気分で今年を終わる。来年はもう一段レベルを上げよう。本物を目指す人は私の指にたかれ。
12月17日 「今日は幸せな日だった」
以前、お芝居に出演して他の人よりも抜きにでていて本物の声をだしていた私の生徒の女性をこの欄で取り上げた。今日のレッスンで一段と本物さを増した。実は10日ほど前から新しく発見した響き、声楽では頭の上部に声を当てると言う方法を開発した。非常に簡単な方法でそれだけやれば危険性もありパランスをとりながらやらねばと、このホームページの「間違いだらけ・・・・」で私は述べている。それこそ3分か5分でOKなのだ。だから簡単にすぐに可能にする生徒が複数現れた。この女性はその内の一人で声の出所が深く鋭く強く、頭部にちゃんと当たって大きくひびいているのだ。
同業者は人の生徒の声にケチをつけたくなる。私もさんざんこの欄で欠陥を指摘している。しかし今、完成しつつある複数の生徒達の声はどこから聞いてもケチがつけられないほどになりつつある。声に関心を持ち、自分の悪声を何とか直したいが21歳の時であった。それから日本一有名なレベルの高い俳優座俳優養成所で3年学んだが、どの先生も私の声を改善してくださらなかった。よい先生がいると聞くと住まいの新宿から鎌倉まで食費を削って教えを乞に行った。「声」と名のつく本は殆ど読みあさった。しかし誰もどの本も私の声をよくしてくれなかった。最後は自分が開発するしかないと47年間がんばってきた。やっと完成に近いた。48年間の重み、長さをかみしめて今日は一段と幸せを感じた。
12月8日 「最高の音質のDVDに最低の歌手の声」
鳴り物入りで売り出された極限の音質を実現したDVD,スーパーCDは歌手の声で潰される。それは名水入りというペットボトルに大量のごみが混ざっていると同じで、そのまま売り続けられるのか。しかし現状ではそうするしかない。そこでDVDの製作者達は歌手の声を機械的に改造するのに腐心している。こんな苦労を歌手はそ知らぬ顔(声)である。この怠慢は自らを死亡させるという恐ろしさを想像しない。歌唱力は21世紀になってもその本質にあるものは「精神的葛藤」である。マラソンランナーは死の極限まで苦闘・葛藤する。芸術家もしかりだ。なんで歌手だけが42.195キロメートルを動力で動く車の上で走る振りをつづけるのか。そんなごまかしが何時までもばれないと思っているのか。
昨日、18才の女性が私の教室に入った。彼女は先ず、他の生徒の音量とパワーにたまげた。みんなの声はおよそ100畳の剣道場の中に響き渡り、1キロメートル離れた屋外まで届いているのだ。しかも風邪を引いても最高時の90%は維持している。私の教室にいる限り、絶対に声帯結節やポリープにはならないと推測できる。おそらくDVD時代に生き残るのは私の生徒であろう。
11月24日 「声の完成は自然 (リアリテイ) をなくしてはいけない」
歌う学者の授業を聞いた。クラシックのバリトンの綺麗な声であった。しかし違和感が先に走り、リアリテイはまったくない。もし彼が私が考える声を持っていれば今の何倍も聞き手(生徒)に感動をあたえるだろうと想像した。それは彼が頭部に響く声に終始しているために聞き手が彼の鼻腔などに意識が回るからである。ピアノで言えば高音部の1オクターブしか音がでないに等しい。
声は人間の音源を聞き手に意識させるとその段階で表現の母体(内容)を歪めてしまう。たとえば彼の声で「私はあなたを愛しています」と言えば相手は「信じられない。そんな嘘っぽい声をださないで」と拒否される。たとえ心から本当に愛していてもその真実が伝わらないのだ。そのようなものを私は「加工された声」という。テレビ、ラジオのアナウンサーやレポーターは殆どこの加工された声で良質の耳では耐えられない歪みと苦痛を聞き手に与えている。
音声の拡大・強い声は多くの人が望む。しかしどこまで磨いても自然な感じ、真実を伝えられる声でなくてはならない。こんな声は最高のミユージカル劇団でもあまりない。強い声を出すために加工されているのだ。大劇場で生の声、マイクでもあるが聞かせる事に無理があるのか。それともボイストレーナーの未熟さなのか。おそらく両方であろう。その状況は生鮮食品を長く保存するために考え出された保存薬に似ている。人体に少しではあるが害を与える。加工された声も真実を蝕んでいる。
10 月27日 「朗読は1mm単位」
俳優座養成所で勉強していた時、故田中千禾夫先生の朗読の授業があった。俳優にとって朗読なんて重要ではないと軽く考えていた私は精神、経済、肉体、声も荒れていたある時、乱暴な読み方をした。このとき先生は数分間、私をにらむように見て「どうするんだ」と一言いわれた。その鋭い目は私に刺さり 「朗読とは何か」 が芽生えた。人一倍ダイナミックな表現ばかりが頭にある自分を反省した。演技は力でねじ伏せられる。しかし朗読は絹ごし豆腐の細やかさが必要と思われた。演技は1cmとか5cmの荒さでも成り立つ。一方、朗読は1mm単位の繊細さかも知れない。そうか田中先生は1cm単位でしか表現できない私に 「1mm単位の細やかさを持て」 と忠告なさったのだ。半年後、授業の最終日に朗読テストがあった。私は毎日ろくなものを食べていないので風邪を引き38度5分の熱がでていた。目の前が朦朧として教材の活字が見えない。そこで田中先生に向い立ち上がり 「今日はだめです」 とお断りしようとした。その私の心を見抜かれて田中先生の鋭いは目が光った。その光は私の目の前の靄を剥ぎ取り深い海のそこのような静寂と安定をもたらした。
読み始めた。淡々と進む。こんな軽い集中は初めてである。0.5mm単位の表現をしているのだ。読み終わると田中先生はクライマックスのところをもう一度読んでと言われた。私は0.5mmを大切にする感覚で再び読んだ。先生は大きくうなずかれた。授業が終わり先生が退席された後、クラスの生徒たちは 「荒谷は卒業公演でいい役をもらうだろう」 と言葉を交わした。
私は3年間の締めくくりの卒業公演で2日間、主役と思える役をいただいた。
40年後の今、私を慕う若者達に「 1mm単位 」を教えようとしている。
10月2日 「朗読、民話なども調整不足な楽器」
昔、民話などを語る教室を開いていた。声優やアナウンサー志望がかなり在籍していたからである。もっと強い理由は巷の語りに不満があったからだ。一般の朗読や語りは今の自分の母体にほとんど手を加えないで、単に声を出す。だからしゃべり方や表現 (ではなくて強くとか弱く、明るくなど口先のごまかしである) の工夫に終始する。俳優や歌手と違い他のいろいろでカバーできない語り手は、ある意味で「それらの何倍も難しい作業である」を誰も知らない。それを簡単にやるのだから聞く側にとっては耐えられない苦痛の時間となる。語りなどは誰でもできて誰にもできないものである。プロの語り手(俳優)でも私が満足した人は数人もいない。
すべては母体(声、心、感性など)の調整不足なのである。特に心は道頓堀川のような不純物の汚れをそのままにしている。四万十川よりすんだ、綺麗な状態を母体にして、同じく最高に調整された声で、しかも語りの世界に浸り、過不足なく語りを進める。ここまでで最高の芸術であることを理解していただけるだろう。
空気も水も心が洗われる最高の環境、熱海の近くの別荘で誰も到達しなかった朗読、語りを勉強したい。11月1,2,3日の連休に2泊3日ではじめる予定である。定員は4、5名なのでお早めに。最高のの楽器を作り、最高の演奏(語り)をする。想像しただけでもワクワクしてくる。
9月29日 「壊れた声の楽器でしゃべり、歌う人が多過ぎる」
1年以上、教室に通っている女の生徒が中レベルの俳優の集まりで劇の発表をした。1週間の公演で一人(有名な声優)と彼女を除いて他のみんなは声をつぶし、出ない声を乾いたタオルを絞るように出したらしい。早い人は稽古1週間目で声が出なくなる。有名な大学の演劇科でも同じで、うがいと咽喉のあめ、耳鼻咽喉科めぐりである。その大学でも私の生徒のみ何らお世話にならなかったと言う。他にも一流の劇団の女優もおなじである。不思議なことは他の人が声を壊して苦しんでいるのに、一人だけ平然と「声のトラブルがないのはなぜか」。こんな単純な疑問と「どうして」と言う質問もしないのか。無知と先を考えない「明日だけ」の主義の人が多過ぎるのだ。代議士もそうだ。毎回選挙で声を潰しているのに何ら対策を立てない、私がトレーニングを進言しても相手にしない。この人達も「明日だけよければよい」らしい、だからこの国は崩壊するしかない。
歌もお芝居も壊れた声の楽器にガムテープを張ってごまかしているように私には思える。これをオケストラに例えて見ると、太鼓の皮は破れていてガムテープが張ってあり、ラッパもバイオリンも継ぎはぎだらけである。当然、音は壊れた、歪んだモノとなる。こんなお芝居や歌が日本中で95%以上も行われている。なんと甘い、あほな国民なのか。この点では救いようがない。
9月25日 「究極の声のトレーニング」
トップクラスのクラシック歌手の声は音量、パワーともに優れている。ある劇団のミユージカルスターもしっかりしたよく響く声を持っている。しかし私には長い間疑問がつきまとっていた。それは演劇で言うところのリアリテイ、自然な感じから隔たっているからだ。簡単に言えば人工的に作られた声と言う印象が消えない。
芸術は変に歪められたり、非人間的な加工とは無縁である。楽器もそのとおりでよいバアイオリンなどは何億円もする。限りなく自然な音を追求しているからだ。人間の声も同じでどこまで研鑽を積んでも「自然な感じ」はなくしてはならない。
日本での音声の訓練は大きく響く声が主流を占めていて、自然な感じは忘れられていた。声は作っても魂がなくなったと思われる。私は声に関心を持ちその開発法を考え始めて45年以上になる。声のトレーニングを受けていない若い人で自然な感じを保っている人をたまに見かける。この感じを残しながら成長できないものかと私は随分前から考えていた。一般にはこんな自然な感じの声の人でも一度先生にボイストレーニングを施されると声を潰すか、人工的になる。つまり未熟ではあるが芸術的な声を伸ばせられない先生が多すぎるのだ。
どんなにトレーニングしても自然な感じは残せるのか。この前人未踏の考えに私は長年捕らわれていた。つまり芸術的な声を作り出せないかである。昨日、教室で指導している時に「自然を損ねるのは横隔膜の使い方にある」と閃いた。横隔膜は非常に神経質でちょっとした緊張や意志的な命令・願望に歪められる。この神経質な影響を受けやすい横隔膜を力で強引にねじ伏せようと言うのがクラシック、演劇、歌謡、ミユージカル、伝統芸能のやり方であった。
45年掛かって到達した新しい考は「いかに横隔膜を自然な形に保ちながら声を磨くか」であった。この具体的な作業にある方法で取り掛かった。神経質な生徒、不器用な若者は混乱した。以前のやり方の方がよいと言うリアクションもあった。中には声は大きければそれでよいと言う生徒もいるようだ。そんな中から数人の生徒は私が狙っていた効果を瞬時に現し始めた。これが究極のボイストレーニング法になるだろうと楽しみが沸いてきた。
自分の声は楽器で言えば10万円の価値でよいという人が多すぎる。特に歌謡曲、ポップス、ロックなどはチープな(安い)声の楽器のオンパレードである。何千万円、何億円に誰も挑戦しない。
9月7日 「教育関係者の盲点・2」
世界陸上選手権の短距離で初めて日本人が銅メダルを獲得した。全てにおいておめでとう、ありがとうと感謝したい。しかし長い年月の間に何十万人、もつと多くの人が志を持っても花を咲かせられなかった。全てのものには向き、不向きがある。能力、才能ともいえる。全く向いていない人がある事がどんなに好きでも、その道で成功することは先ずない。このトータルが何十万人になったのではないか。これは他の全ての部門にも当てはまる。例えば俳優、歌手などは私が言うところの分散集中に劣っていると絶対に成功しないと言える。このデーターは1000人ほどありその95%の高レベルで当てはまっている。故に教育関係者、研究者、学者はある子供がある道を志す時に「絶対無理だ」の最低限の資質チエツク法を開発すべきだ。これは研究者の重要な問題ではないのか。私から言わせて貰うと「怠慢」の一語に尽きる。
8月27日 「教育関係者の盲点」
先日の合宿の夜、若者達に話している間に面白い論点を発見した。それは多くの日本の子供たちが「偽者にひた走り」、そのまま大人になり、偽者の氾濫はこの国をいずれ崩壊させると言う話であつた。偽者とは何か。それは自分の才能や能力と余りにもかけ離れた夢や憧れが、次第に自分とは関係ない架空の、実現不可能な人間像を作り上げ、その結果は敗北であると言うはものである。俳優や歌手の能力(向いているか、いないか)の判定は簡単にできる方法を私は開発している。それは「分散集中」ができるか、できないかにある。具体的には右手と左手の異なったリズムや運動、それに加えて右足も左足も異なる、単純に説明しても4つもの異なったものへの分散・集中である。これはまだまだ進み9種類の分散集中へも発展する。ここらあたりまで来ると巷に天才と言われる人だけが可能となる。つまり最低の2の分散集中もできない人は俳優や歌手は諦めた方が人生をドブに捨てないための心得である。しかしこんなこども達が余りにも多い。 この話は続きます。
8月4日 「人生を捨てる若者達」
初めての人と接するときに何時も悲しくなる。先生か先輩に科学的に承認されていない、殆どが思いつきか、出鱈目か、昔から行なわれていると云う方法で声を壊させられているからだ。特に酷いのは中学・高校・大学などの部活で演劇を選んだ人である。体を固めたり、締め付けて何かを表現しようとする傾向が強く、声帯も当然、締めっけられている。だから私の声のトレーニング、正確には治療に近いは体をほぐすことから始まる。これは大変厄介な仕事で一番初めに受けたトレーニングはその人に一生付きまとうのではないかと思われるほど根強く一歩前進二歩後退である。多くの若者達は「とりあえずOOOをやる」と安易に、手軽に手ほどきを受ける。これが自分の一生を捨てるに等しい事を全然知らずに。変な癖を付けられたり、壊されると取り返しがつかないという恐ろしさを殆どの若者は知らない。少なくとも義務教育のレベルで「安易な選択、勉強は一生を棒に振る」と分からせる必要がある。これは親達の仕事でもある。どうか心ある親、学校の先生はこの私の言葉を肝に銘じてこどもをご指導願いたい。
7月28日 「大勘違い」
声を職業とする人、したい人は文化会系である。しかしその人の呼吸に全面依存する音声は呼吸法を磨かねばならない。これは殆ど体育会系の仕事である。例えば私が「よい声」と推薦する人たちはマラソンの高橋尚子さん、水泳の北島康介さん、素潜りで53メートルの日本新記録を持つ沙耶さんなどは全て「死ぬのではないか」と云う自己の限界を超えるトレーニングの結果である。ところが文化会系の多くの人はこの苦しみが一番嫌いである。むしろそんな過酷な訓練を必要としないから「声を出す職業」を選んでいる。その人たちを対象にするボイス・トレーニングは苦しくない、辛くない方法を編み出した。呼吸法に触れると必ず苦しさが伴うので、それを避けるために響きを重視したり、声を大きく張り上げる方法で誤魔化すしかない。鼻に響かせるだけでなんとか逃げ切ろうとしているのがアナウンサーである。特に女性アナは露出すればよいと言う願望があり、声を使うフアツシヨンモデルの傾向がつよい。つまり外見だけで勝負するわけだ。その証拠に最近のテレビは美形ばかりが溢れている。「歌はフアッシヨンである」をひた走ったポップ歌手の大量出現で歌の業界は滅びつつある。そのものの本質を忘れ外見や側面の一部を重視する業界は必ず潰れる。いずれテレビアナも同じ運命をたどるだろう。残念ながらこの人たちを救う道は「呼吸は体育会系で鍛え、みずみずしい感性や知性は文化会系で追及しなさい」と私がアドバイスしたら全員「やめた」と逃げ出すだろう。この現実が日本人の声は世界で「もっとも悪い」になっているのではないか。
7月14日
「 夢 」
以前、テレビ関係でトップの実力者のお尻を叩いて優秀なタレント、俳優を育てる塾を都心にスタートさせた。第一期生は約600人の受験生から40名ほどを合格させた。教育レベルの高い人、惚れ惚れするほど容姿端麗な女性や個性的な若者が集まった。講師もトップレベルばかりで、無料で教えるので当時、我々も周りもみんな相当な期待をもった。
開講の時、私は「自分の夢」を生徒たちに語らせた。成功の3原則「運・鈍・根」の根、自分の夢を何時までも持ち続ける、この根の所在をしらべたかったのだ。テニスの杉山愛さんはウインブルドンでダブルスに優勝して「長年我慢して持ち続けた夢がかなった」と言った。一方、私の生徒たちの夢は長続きするとは思えなかった。「お金持ちになり、いい生活がしたい。目立ちたい。そのものが好きだから・・・」などが生徒たちから次ぎ次に述べられた。若者達の多くは好と夢を混同している。この好きは曲者で裏側に嫌いがべったりと張り付いていてすぐに反転する。毎日毎日、嫌いが襲って来るなんて誰も思わない。次に大金を手に入れる夢はそんなに簡単ではなく、追求の過程では「損ばかり」が起こる。古代遺跡を独力で開発した故シユリーマンは自力でそれこそ何百億円も稼ぎ、短時間に何ヶ国語もマスターして火山灰に埋もれたポンペイの都市の遺跡を長い年月をかけて発掘した。当時、土に埋もれたポンペイの遺跡はホメロスの作り話と言われ、誰も本当にあった出来事とは信じなかった。シユリーマンは8才ぐらいのとき、この話を牧師から聞いて「僕の力で発掘してみせる」と結婚を決めていた少女に宣言した。こんな御伽噺を信じるのは正常ではなかつたのだ。故ライト兄弟もみんなにさんざん馬鹿にされ、大怪我をしながら世界ではじめて空を飛んだ。彼らはみんな損ばかりしながら継続したのである。
さて私の生徒たちはトータルで1000名を越えた。しかし今でも当初の夢を継続している人は10人に満たない。この人たちも生活が豊かだとは思えない。なるほど初期には日本映画新人賞を貰う人が2人現れたり、あっちこっちで活躍する人もかなりいた。それが15年も過ぎると殆ど第一線から消えている。「嫌い、損をする」を超越したところに本当の夢が存在すると私には思える。今ではそんな夢が根付かない時代になっているのだろう。物欲(お金)、名誉欲、その他、諸々の「欲」が夢の領分を占領している。故に芸術・芸能は育たない時代になったのではないか。
7月7日
今日から何回かに分けて演技、歌唱などの根本的な問題を探ってみよう。私はこの欄でも時々触れているが、アメリカやヨーロッパのトップレベルの俳優や歌手と日本人のそれらの間には大きな隔たりがある。これを私は「ズレ」と称している。つまり大きくズレられるほど演技力・歌唱力はレベルが高いのである。昨日、2,3年前に mp3 に圧縮していた曲を聞いた。その当時「最高」と言われていた日本人の歌手の歌である。声の音量とパワーはすばらしく、マライヤ・キヤリーに匹敵するぐらいであった。そんな豊かな声の持ち主が今は見る影も無く、全然売れなくなったのである。確認のために聞きなおしてみるとやはり「ズレ」がない。ただ単に恵まれた声をばら撒いているに過ぎない。改めて「ズレ」が起こせるかどうかが「歌手や俳優の生命である」を再々々々確認した。普通はこのズレは育った環境や本人の厳しさで養われる事が多い。俗に「ハングリー精神」とも言われている。難しい言葉で「世界観」とも関係がありそうだ。何か特別な環境や出来事に遭遇したら世界観が変わるとも云われているあれである。例えば現在のアフガニスタンに旅行してみると「同じ人間なのどうしてこの人たちは・・・・」と強いショックを受ける。ナイーブな人であれば顔の表情も固まり言葉も失う。こころに何かが深く刻み込まれるのである。こんな体験をした人は浮かれ騒いだり、酔った女の子をレイプしたりする気持ちには絶対にならない。アフガニスタンの路頭で飢えと寒さに震え物乞いする幼い子供を前にして「自分に何ができるのか」と言う虚しさ、悲壮感に似た辛さが襲うはずだ。飢えて死にかけている子供たちを自分は救う事ができるのか。日本に帰り、働いてお金を送ってやろう・・・と深く心の底に刻み込み、猛烈にお金を儲けるために働くかも知れない。こんな形で古代都市ポンペイを土の中から発見したのが故シュリーマンであった。誰からの助けもなく莫大なお金を独自の才覚で稼ぎ、外国語も短期間に何種類もマスターした。幼い時に教会の牧師さんが話した御伽噺をシユリーマンは本当に在った話と信じて、好きであった女の子に「僕がその遺跡を発見する」と宣言したのである。幼い時に心の深くに刻み込まれた信念が、誰も信じない土に埋もれた古代都市を発見させたのである。「ズレ」の起源は純粋・無垢な心に芽生え易いとも言える。ところが現在の日本人は歌手にしろ俳優にしろ「お金儲け、目立ちたい」がスタート時点にある。だからズレなどが入り込む余地はまったくない。ズレを起こせない人は「がんばります」と元気よく叫ぶ。その時、筋肉の力が先行して心の動きを封鎖すのを知らない。まるでゴマ粒を握り締めて油を絞るように力を入れる。それは音声で言えば声帯から血や肉を絞り出すのと同じになっている。そういえば2,3曲歌うと喉から血を吐いていた歌手も日本にはいた。
「飢えと寒さで死にかけている幼い子供たちを自分はどうしたら救えるか」。自分は俳優として、あるいは歌手の活動を通してなんとかできないか。これが肉体の力よりも心の力が優先されて「ズレ」の原初となる可能性は大きい。ところが日本の有名な俳優や歌手、スポーツ選手などはオフはハワイや楽しいリゾートエリアで時間を過ごす。これは「ズレない」状態へ自分を追い込んでいる。ある野球選手はオフにバラエティ番組に出まくり「ズレない」状況にたっぷり浸り、次ぎのシーズンで二軍落ちとなっている。もし彼がオフに世界でもっとも貧しく、非人間的な暮らしをしている国に旅していれば「がんばります」と言う言葉だけの筋肉、力入りまくりから脱却できていたかもしれない。
私はこの様に大切な「ズレ」を短期に起こせる術を開発した。しかし世界観の「せ」の字もない人には有効ではないと思われる。
6月17日 レベルが低すぎる日本人。
音声に関してもそうだが、演技・歌唱の根本について「何でこんなに幼稚なのだろうか」と情けない。例えば男性がTVでコマーシャルに出ているが、これは感情表現は幼稚さを表すサンプル見本みたいなものである。それは喜びを表すコマーシャルで1人がかろうじて喜びの一端を表している。後は何か勉強したのだろうかと思えるほど情けないない表現、いや非表現である。このような状態は彼らだけではない、殆どの日本の俳優・歌手にも当てはまる。時代劇の俳優やロック歌手などは筋肉の力を絞る事が表現と勘違いしていて、これはもう世界では絶対に通じない稚拙さである。
諸外国の俳優達は自分の感情が十二分に表せないと、プロとして評価されず当然、お金がもらえない。日本では自分の感情のひとかけらも出せなくても人気が出れば大金を手にする。そのレベルの違いはアメリカ大リーグの野球と小学生のリトルリーグの開きがある。欧米人にできて日本人に無いもの、それを私は「ズレ」と称している。これは19世紀にすでにロシアの演技術開発の神様、故スタニスラフスキーが苦労の末発見したもので彼は「天才俳優は劇のクライマックスでエキサイテイングな感情表現の時でも肉体の力は抜けていて精神は極度に緊張している、平凡な俳優は肉体も緊張、精神も緊張か、その反対で両方とも弛緩している」。つまり肉体の緊張・弛緩が一致している、ズレないのである。アメリカなどの名優の感情表現を見ていると感情の緊張曲線がグングンと、止まる所を知らず上昇する。しかし日本にはこんな俳優はゼロに等しい。アメリカ人などの名演技を観察している間に私は肉体と感情のズレが大きいほど爆発的な、深く強い感情になると結論づけた。ではそのズレを起こす方法を開発すれば欧米のトップに近ずけるのではないかと色々研究の結果、ある方法を発見した。
さて日本人に話しを戻すと肉体を固めて喜びを表現しようとしているので何も外には現れない。ひとたび肉体が固まると感情は中に閉じ込められて外には現れないからである。あるいは肉体も精神も緩んだままの人もいていかなる感情の営みも感じられない。かろうじて1人だけは感情らしきものが曲がりくねって外に出ている。それでも肉体から力が抜け切らず本当の表現には距離がある。
「ズレ」を起こせればその分だけ感情は内部からほとばしり出る、例えば未熟な4人でも素直に素直に私の指示に従ってくれれば短時間にズレるようになる場合もある。このズレを起こそうとしていた私のレッスンを見たあるプロダクションの社長は興奮して「自分の所属のめぼしいタレント・歌手に手ほどきして欲しい」と懇願された。しかしその直後、ひょんな事から絶縁状態となり日本人のレベルアップのチヤンスはなくなった。残念であるとともに日本人のエンターテイナー(歌手・俳優・タレントなど)の低迷は22世紀まで続くだろう。声楽・オペラ歌手などにも全く同じ事が言えるのだが、彼らはこんな問題が存在する事すら夢にも見たことがない。低迷・低級を愛する日本人は全ての分野で落ちるところまで落ちていくであろう。
6月1日
NHKのテレビ「試してがってん」でアトピー性皮膚炎の話があった。やたらに痒いは皮膚が乾いているからと結論づけていた。下の28日のところで私はあるビタミンAは声帯によいと述べ、アトピー性皮膚炎にも効果があると書いている。それは「皮膚が乾く」を和らげる、つまり潤わせる働きがあるからだ。しかし全てのお医者さんはそんなビタミンAがこの日本にある事を知らない。これは勉強不足と情報を医学・薬学以外の全てから得ると言う謙虚さの欠如であると思われる。医学は科学の分野に属する。それは当然、真実を求めるはずである。しかし何時の間にか「自分たちは最高である、自分たちの知らないものはこの世に存在しない」と言う最高意識が根付き、自分たち以外の分野に「すばらしい物が存在するかも知れない」と言う広い探求が薄れていると思われる。声の悩みにしても医学以外の分野に「救う道」がある事をほとんど認めない。そして自分たちだけで問題・疾患を解決しようとする狭い考えがかなりの不幸を呼んでいる。今も腸ねん転の子供が死亡した。医学についてはズブの素人でも「その子供は死ななくて済んだ」と思われる。人助けのはずの医学が、直接的・間接的にも人を助けられない方向に働くのは何故か。
真っ赤な首や顔で痒くて仕方がない若い女の子は死にたいぐらい悩んでいる。しかしステロイドホルモンしか薬はないと言う医学の限界に医師達は考えを改められないのか。皮膚の渇きを和らげるビタミンAの存在を知る努力はできないのか。これと同じで今、声帯手術の直前にある人に、他にも手術以外で救われる方法がある事を示唆できないのか。
5月28日。大変重要なお話をしよう。
声帯ポリープ・結節ができているか、発生しつつある若者が増えている。他に声に濁りがある、かすれている、響かない人も多い。これらは声帯の状態が健全ではないと思われる。これをわかりやすくするために「車のエンジンオイルが不足している」と私は生徒に説明することもある。エンジンオイルは高速で動くピストンを保護するためにある。だから不足したり汚くなったりするとピストンの働きが異常になり車輪に回転運動を伝えられなくなる。つまり走らないのである。これと似ていて声帯もある種のオイルが不足すると音を作り出す高速振動でダメージを受ける。声帯はオイルに漬かっているわけではなく「粘膜」と言う潤いで高速振動からのダメージを受けないように保護している。この粘膜が乾くと声の障害が起こりやすくなる。
つまり粘膜を常に潤わせるもの、それがビタミンAと言うオイルである。しかしこれは直接声帯に塗るとか、浸すのではなく食べ物や飲み物として体内に摂り入れて粘膜を健康に保つのである。ところがビタミンAは合成のものは粘膜の健康には役に立たない、しかも単位がものすごく大きいのでとりすぎる傾向があり、体内に溜まり害になりやすい。声に役立つものはオイル状で天然のものがよい。それは魚の肝臓にたくさん含まれているが近海魚の肝臓は汚れた海の中に生息するのでPCBなどで汚染されている。私が推薦するものは「すけそう鱈」の肝臓から熱処理を加えないで特殊な方法で抽出したアブラ(ビタミンA)である。すけそう鱈は北海道の北やカムチャツカなどの工場や汚染物質のない海で一生過ごす。だから肝臓は大変綺麗である。残念ながらこれは病院でも街の薬局でも手に入らない。ある人が長い年月をかけて研究開発したもので「企業秘密」の世界で密かに存在する。
この効果はバツグンでエンジンオイルが不足してピストンが今にも焼け焦げる寸前の状態に綺麗なオイルを補充するに似ている。男性ロック歌手は全員、このオイルが不足している状態であり、歌舞伎の俳優もほとんど同じである。大河ドラマに出演している若い俳優も例外ではない。勿論、呼吸法、発声法にも問題はあるが・・・・。このようなわけで私が推奨するオイルでたくさんの人の声は救われつつある。このオイルはアトピー性皮膚炎にも効果を上げている。結局、皮膚と声帯は同じなので肌が荒れている人は声も壊しやすいと言える。
5月24日
日本人の声は世界の中で[最悪になる]をどんどん更新しつつあると思われる。つまり最低の最低にならざるを得ない状況がある。たとえ話に瀕すれば鈍するがある。若者たちの食事が極端に悪くなっている。食事にお金を掛けない、配慮しないが加速している。例え量は足りても質が最悪になりつつある。声帯は粘膜の潤いによって声を発する動作を円滑に行っている。猛烈に振動する声帯は摩擦による損傷を受けやすい。それを少しでも補うのが粘膜の潤いである。声がかれると言う減少は声帯の粘膜が乾く、枯れているといっても過言ではない。吸入を常に行い、喉のあめをたくさん舐めても声帯の粘膜は根本的には潤わない。それは体内にビタミンAなどが十分ある事で可能になる。つまり体内に不足するビタミンAがあればうがいや吸入、飴もほとんど効果をあげない。
問題はビタミンAを多く含む食品は値段が高いか、あまり食してもおいしくない事にある。他に人参は根ものでは一番土壌の農薬を吸収しやすい。だからビタミンAを多く含む食品だからと人参をたくさん食すれば農薬を大量に取り入れる結果となり将来からだを壊す原因にもなる。体質的、栄養的、骨格的に音声を出すには劣る日本人は昔から声は貧弱で劣悪であった。それが長い不況で益々食事にお金を掛けない人々が増えて、一段と最悪を更新しつつある。テレビやラジオに出る人々は最低の収入とは思えないのに、食事の粗末さ、呼吸法・発声法の無知からか声の質量を落としている。大体日本人は声に無頓着、馬鹿にしている傾向が強い。日本の総理がわざわざアメリカにまで出かけて「貧弱な声を晒す恥」を垂れ流していて何も感じないのだから、日本国民は益々世界に「美的センスのない、野蛮国である」を宣伝しているに等しい。
日本のテレビ局も低級である。「汚い声・つぶれた声」を番組で垂れ流し、これらが何らかの形で世界に発信されて程度の低い国民性だと馬鹿にされている状況に全く自覚がない。番組の出演者から音声美に欠ける人を除外すると言う明晰さは毛頭ないようだ。
経済も政治も文化(音声美)も4流であるを誰も改めようとはしない。結果は日本国は崩壊する結末しかないだろう。
5月19日
テレビで「リピーター医師」の特集をしている。何度も医療ミスを侵す医師についてである。声帯手術については喉を切り開いて執刀するわけにはいかないので狭い曲がった空間の奥にある声帯の手術は大変な熟練(技術)がいる。一人の医師がちゃんとした手術が出来る腕を持つまでには何人、何十人を実験台にしなければならないだろう。その上、こんな手術に向いている、向いていないと言う才能に近いものもかかわる。大きな病院の大先生でも患者が術後、はじめて声を発する時はどきどきする。ちゃんと声が出れば周りにいる看護士も医師も手を叩いて喜び合うと言う。それほど成功か失敗かが気になる手術である。人命にかかわる大事故ではないので「おかしいなあ、声が元のようにでないなあ」で泣き寝入りしている患者も多いと推測される。なぜならば声帯手術を行う医師が500名いるとすれば未経験の時から10名は教育期間と思われるので5000名の患者は「失敗」と言う危機にさらされるかも知れない。この欄で取り上げた2名の失敗例はその実例である。
私は声帯結節やポリープはよほど悪質でない限り手術をしないでも治ると信じている。今まで50名以上を手術をしないで私のトレーニングと特殊なビタミンA(市販されていない)で直している。私の願望は声帯ポリープなどは手術しないで直すと言う方向で医師達も勉強していただきたいと強く思っている。つまりそれらを手術しない方向で研究していただきたいのだ。少なくとも日本を代表する一人の天才歌手は声帯手術を境にして寿命を早めたわけであるからだ。
4月22日
先日、雨の日に屋内で私が考案した特殊な腹・背・横筋のトレーニングをいつもの3倍ぐらいおこなった。私の声のトレーニングは屋外を走る事が多い。雨の日は室内を走るが、狭い場合は運動量(正確には運動負荷が軽くなる)が落ちる。せっかくトレーニングに参加しているのだから手抜きは誰も好まない。屋外を走れない分、何かで補いたい。これは合宿の時に痛切に感じる。わざわざ交通費を払い、2日乃至3日費やすのだから「損した」と言う気分は避けねばならない。前々回の合宿は雪が降り、前回は雨が一時的ではあるが降った。天気予報で明日の午後は雨と聞いたので、前の日の夜、別荘でのお話会で私は参加者に提案した。「今までやり尽くせない筋トレがある。もし明日雨ならそれをやらないか」と。参加者の全員が賛成してくれた。予定通り雨になり、地下室の6畳2部屋でその筋トレははじめられた。正規の日帰りの筋トレの10倍近い量をひたすら2時間以上行った。「明日は全員腰が抜けるぞ」と笑いながら。しかしこれが大変効果をあげた。この合宿に参加する前と後ではみんなの声が格段進歩した。先日のこのページで述べたように300メートルも離れた、途中に林や別荘があるのに私の別荘まで声がとどいたのだ。直線距離と一方向へ声を飛ばせば優に1KMは届くと思われる。
おしなべてバンドで歌う男性歌手は喉を壊し、がなり立てている。参加者の一人の17才の若者も喉声で響かない。最近私の教室に入ったのでこの人は相当時間がかかると言い聞かせていた。それがこの合宿を機会に見事に喉にかかる声から脱却した。同じく20才の女性もか細い裏声から抜け出しパワーがついてきた。
さて先日の日帰りトレーニングで雨。そこで筋トレ強化に切り替えた。ところが合宿でやれたスタミナや気力がない。何故だと合宿の参加者に聞くと360度抜けている景色のよい自然のなかで空気が最高に綺麗なとこで、ただ立っているだけでも気分は爽快になる。例え地下室でもその後、綺麗で大きな温泉SPとお寿司が待っていると思えば何倍もの気力、体力が湧くと答えた。その上、何時間か電車で移動する間「やるぞ、やるぞ」が心の底まで漲っているのではないかと思われた。合宿、これはもう最高の声のトレーニングのチャンスである。
4月21日
物事の本質を知らない人は傲慢で不遜である。これは日本人の声についての私の判断である。放送関係の人、つまりテレビなどで声を出す人のすべて、特に野球解説者はひどい声をばら撒いている。現役を卒業して放送に出るに当たり何ら声の手入れをしない。野球のグランドと放送解説とは全然べつのものである。しかるに採用する側もこれを本人に伝えていない。つまり声は最低であってもそのまま放送に流している。放送局のアナウンサーやキャスターもでたらめなので問題にしないのか。一番ていどが低いのは国会議員である。わが国の恥を世界にさらけ出している。なぜ日本人はこんなに自覚のない国民になったのか。そんな中で私の生徒は着実に成果を上げている。現在すでに始まっているが、いいかげんな声を出している人はそう遠くない時期に痛い目にあうだろう。例えば何かの機会に私の生徒と同じ場に居合わせ声を出さねばならなくなると歴然と比較される。そんな状況がどんどん広がりつつある。「備えあれば憂いなし」 これは私の生徒に限る言葉だ。「いいかげんの後には地獄あり」。これが全ての他の人に当てはまる。典型的例では超一流の歌手の声帯ポリープが大きくなり、超一流の病院で二度も手術を受けた。しかし声は以前のよい状態に戻らず、騙しだまし歌っていた。そのころ彼女は私の特訓を受けた。彼女は自分に言い聞かせるように「手術は成功した」と何度も私に言った。その反面、昔の歌が歌えないと悩んでいた。相当揺れ動いていたのか私のレッスンは長続きしなかった。それから男と酒に溺れある夜、ゲロがのどに詰まり深酔いしていて窒息死した。後日この話題になった時、ある医師は彼女の声帯手術は失敗であったと私に述べた。
別の女性教師は小さなポリープなのに声帯手術の数をこなして腕を上げたいと機会を狙っていたと思われる医師に運悪くめぐり合い。有無も言わせず声帯手術をされた。その後、声が出なくなり結局、教壇に立てなくなり退職した。これが極楽といえるだろうか。無知な人よ Good Luck。
3月27日
最近、気になる方法を大胆に試みてみた。それは3月の合宿で行われた。簡単にいえば腹・背筋を私が開発した特殊な方法で鍛えると言うものである。いつもの教室で少しは採用しているが2時間も続けてそのトレーニングをした事がない。つまり2時間近くそればかりを試みたのである。「腰が抜けて明日は立てないかも」と悪い予感はしたが、参加者全員が「それでもやろう。歴史が変わるかも知れないから」と賛同したので強行した。しかしイラク襲撃よりも確かな手ごたえは私にはあった。
トレーニングの途中からみんなの声は変わり始めた。声の根っこが深く、強く、よく響き、それまで喉声の人も鼻の空間によく響き始めた。アナウンサーや歌手で無理やり鼻に響かせて声を出す人がいる。大放送局のスポーツ女子アナはほとんどこれである。よく響くが運動負荷をかければ声は出なくなる。つまり正常な出し方ではないのだ。わたくしは絶対に鼻に響かせるなど部分を強調させない。ちゃんと整えればおのずと鼻の空間などによく響くのである。この現象が合宿の半ばで現れた。晴れた日は近くの牧草の畑で声を出す。360度見渡せる野原で何もさえぎる壁のようなものはない。だから声は360度の空間に散らばるはずである。そこから300メートル以上離れた別荘まで私の生徒の声が届いたらしい。広い野原に空を向いて寝ているので声は空に向かい360度散らばるので、一方向と計算してみると300メートル掛ける3として900メートル。300メートル掛ける6とすれば1800メートルまで声が届く計算になる。これはもう原始人に近いレベルである。文字通り「声の正常化は野生に変える。原始に帰れ」と言う私の判断が実証されているのだ。この原始のレベルの元は特殊な腹・背筋強化の結果がかなりある。
3月15日
適正というか向いている、向いていないという問題はすべての人にある。芸能界、歌手・俳優・声優、アナウンサーなども向いている人もあればそうでない人、いや向いていない人の方が多い。昨日の続きでいえば送り手はすべて自らの力、能力で何かを送らねばならない。それはパイオニアーで、未知の荒野に一人で踏み出し、歩んでいかねばならない。向いていない人は受けて側で何も考えなくても、しなくてもよい。だれかが、あるいは自分の外「他」からなにかが投げ込まれるのを待っていればよい。要するに「自」から行動を起こすことが少ない。それでも人一倍願望や好きが満ち溢れている。しかしそれは永遠に送り手に回る可能性はない。いやむしろ受け手にヌクヌクと閉じこもる場合が多い。この状態で願望と好きだけでその仕事を目指すのは当たりくじのない宝くじを購入し続けるのに等しい。昨日の例でいえば処理しなければならないものが100もあるのに10か20で終わるということだ。不足分の90や80が存在することはどんなに足掻いても成功しない。自分における不足なもの90か80は何か、それはどうすれば克服できるのがわからない人があまりにも多すぎる。特に若者たちは95%以上が受け手にとどまり歌や踊り、演技などの勉強を続けている。そして絶対に成功しない夢を追い続けている。にもかかわらず指導者は何ら注意もしない。
どうか私によってこの重要な問題に目覚めてほしい。それは声のトレーニングよりもはるかに大きく重要である。
3月14日
私の声のトレーニング法は頂点近くまで開発されていると思われる。ところがその私の方法で改善されない人もほんの少しだが現れている。「なんでたろう」「なんでだろう、こんなにいい方法に従っているのに」といいながら両手をグルグルまわしたくなる。最終的にはその人の性格、気性、気ままさ、変なこだわりが原因と思われる。性格は死ぬまで直らないともいわれている。たとえば自分に必要なものが100あるとする。天才と言われる人、大きく伸びる人はこれらをどんどん自分に取り入れ成長する。ところが声で伸び悩む人の大方は自分にとらわれて100あるうちの10とか20ぐらいしか取り入れない。残る部分が多いほど改善は少ない。中には潜在意識で拒絶する人もいる。病気とか怪我をすれば辛いトレーニングから逃げられる。こんな人は私のトレーニングの日に合わせるように病気する。スケジユールの中に2ケ所に分かれたトレーニング場所があるとする。月の初めに月間スケジユールをちらっと見て稽古場が違う事を知っていながら、その日の場所を確認しないで間違った方の稽古場へ行く。現場について間違いを知るが、そこからべつの場所へ移動する時間はない。結局、間違ったという正当な理由のためにその日のトレーニングは避けられる。
性格も問題となる。自分の行動パターンが変えられない。その日の時間、場所、状況に応じて変更・変化する事が苦手である。それでトレーニングメニユーが30%も少なくなったりする。それが何回も続いても自分の行動パターンは変えられない。「性格を変える」は親でも恋人でも難しいと言われている。しかしこれもボイストレーナーの仕事の一部、いや一番重要なものかもしれない。「ああしんど」。
1月28日。
最近の発見は方法だけではなく考え方にも及んでいる。まず声は努力して、多くの場合は力を入れてだすものではなくて、下腹部から湧いてくる、それは噴出すようにである。多くの人は振り絞ったり、お腹に力を入れたりして声は出すものだと思っている。歌舞伎俳優の第一人者でもお腹にさらしの布を巻いて固定して声を出している。私に言わせれば一番大切なところを縛り上げて殺している、だから幅と奥行き深みのある声は絶対にでない。つねに喉は締め付けられる方向にあり長時間声を出すと嗄れてくる。
ところが私の生徒たちは下腹部から勝手に声は出る感じである。それを身につけるためには私の40年に及ぶ開発になるトレーニングにしたがっているからだ。考えても見てください。声は心や感情、ある場合はとっさの危険などで自然と出るもので、あっちこつちを操作してだすものではなかった。それが現代のゆがんだ、あるいは無理な出し方で努力しなければ声にならなくなった。特に下腹部の奥深くが衰えていて声の源をからしてしまっている。この枯れ果てた声の泉を取り戻す方法を私は最近発見したのである。だから声は元気のよい泉のように湧いて出てくるのである。あとはそれを必要に応じて表現と云う形で作り上げればよい。
2003年1月17日
このホームページで以前取り上げた若い女性は高いお金を払ってプロのアナウンサー養成所に通いすっかり声を潰された。現象としては大声発声をそこの先生から無理強いされて2枚の声帯が閉じなくなり隙間が開ていた。有名な音声の専門医萩野先生から声を出してはいけないと禁止されていた。なんとしてもアナウンサーになりたいために彼女は私に泣きついてきた。声のトレーニングをはじめて6ケ月後には萩野先生から「理想的な綺麗な声帯に戻っている。声帯の隙間もなくなっている」と大変ほめられた。しかし声の調子はよくない。強く声を出すと響くのだが、軽く出すと極端に音量がなくなり言葉の明りょう性もなくなっていた。今まで何千人もの生徒の声をトレーニングしてきた私は彼女に色々試みるが、お手上げの状態が続いた。「私の手には負えない」と何度か諦めかけた。問題がみっからないのである。股関節の開きも柔軟も完璧だし、走る能力も他の人よりも優れていた。普通の人はこれで十分声が出る。声帯は音声の専門医がお墨付きを貰うぐらいまで回復している。それから私の試行錯誤がいた。一度よくなりかけたら彼女が続けていた朗読教室の発表会で最悪の状態に逆戻りした。こでも大声を出すのみを強制していた。これを機会に彼女の声は最悪の域から脱出できなくなった。私は自分自身と世間のほかの先生と称するインチキ屋に腹が立った。教え屋ではなく壊し屋ばかりなのだ。自分自身は世界に類をみない基礎的なボイストレーナーとか、この分野では世界一だとか自負しているのに、何でこんなに努力する彼女の声がちゃんとならないのか。原因がわからない。性格か、精神的なものか。過去に強いショックを受けて心が閉ざされ、共鳴腔をゆがめているのか。育った環境が破壊的か、閉ざされていたのか。もしそうだとすれば私の手には負えない。彼女の声は依然として中に籠り、響きが極端に悪い。
3ケ月前ごろ、白紙に返り彼女の問題点を徹底的に調べなおした。そして背骨の柔軟度を調べた。よくない。柔軟性がないのだ。しかし同じように固い生徒でも私のトレーニングで十分声は出ている。しかし彼女はこの背骨の固さゆえに呼吸が全く深く入らないと云う特殊とも思える体質であった。この背骨の柔軟性は35年前に解明していた。今も私の開発した世界には見られないトレーニングはメインの一つである。つまり彼女は人一倍このトレーニングを必要としていたのである。その作業がはじまつた。満身創痍・・・手首にサポーター、腰には沢山のシップが張られていると云う哀れな姿で時々シップが剥がれてTシャツからのぞいた。手首を振ったり腰を押さえたり、時には余りの痛さに途中でトレーニング止めた時も何度かあった。それでも徐々に荒谷式背骨柔軟体操を彼女はマスターした。思い起こせば歌手の持田香織さんはこれが得意であった。彼女のデビユー時代のあのすばらしい声は荒谷発声教室で磨かれていたのだ。若い女性は今年に入り背骨の固さを見事に克服し、補助なしで一人でその技をやりと押せるまでになった。 声がかわつた。 深く柔らかで軽くしゃべつても響くようになった。 顔が引き締まり明るくなった。こんな綺麗な顔をしていたのかと驚いた。2年近く悩みぬいた苦悩から今、完全に抜けだそうとしている。 また一人助けた。 今まで沢山の人を助けてきた。 自分の能力に感謝している。
2003年1月11日
さあ、新しい年のトレーニングが始まる。今年は他のボイストレーニングが絶対に及ばないところへジャンプアップするだろう。昨年からかなりの生徒に顕著に成果があらわれていた。有名な権威のある声楽の分野の先生から「荒谷さんに預けている自分の生徒の声が一段とよくなった」と言う年賀状をもらった。来年は「驚き、ものすごい進歩です」と言う賀状になるだろう。それはある生徒が本当の腹式呼吸か、違うかを判別する方法を発見したからである。そしてその発見によって本物への道が解明されたのである。もし今の日本の声楽家の多くを調べれば本当か、嘘かが瞬時に判別できる。その結果は多分、本当の腹式呼吸法の人は殆どいないであろう。
12月21日
世界的に有名で活躍している日本人の男性の声楽家の声をテレビで聞いた。しゃべり声は横隔膜をベースにしていない。「何だこれは ? 」 「やはりそうか」 横隔膜の根から声は出ていないのだ。おしなべてクラシックの呼吸法、発声法はこうなる。どんなに研鑚しても奥底までとどかない。もし一番奥底を10とすれば7か8で止まっているのである。彼も同じように8ぐらいから奥底へはとどいていない。間違いとはいえないが、分かっていないが当てはまる。私でも10まで近ずける方法は40年過ぎた最近、開発できた。だから世界的に有名な声楽家、オペラ歌手の声に疑問がもてるようになつた。
12月17日
「中央突破をしなければ」と電話で声の悩みを相談してきた若者に伝えた。歌手や俳優などを志す現代の若者たちは急ぎ過ぎる。だからケレン、目先の新しさ、ごまかし、脇に逃げてでも一分でも早くゴールにたどり着きたがる。その結果、たとえ売れてもすぐに消えてしまう。電話の向こうの若者に具体的な名前を挙げて聞いてみた。「そうですね、その歌手は一時売れましたが、すぐにきえましたね」と納得した。これは音楽業界全体にもあてはまる。私は常に「何でも売れればよい」と言う姿勢に警告を発した。しかし誰も聞き入れてくれなかった。その忠告が見事に当たり今、CD業界は衰退に歯止めがかからない。歌の中で声の占める割合は大きい、声は個人差があり、それを完成させるのが中央突破の大きな部分である。中央突破、それは辛くて、往々にして遅々と進まない。しかしこれが正攻法である例えばアメリカで歌って見るとよい。声が半端な歌手は全く相手にされない。なぜこんな簡単な原理がみんなわからないのか。
12月7日
本屋さんでVOCALの雑誌やボイスの本を見た。30年前と違って声はマイナーから抜けだしてメジヤーの手前ぐらいまで来ている。しかし今、取り上げられている殆どはソフトウエアーでハードウエアーの健全化には無関心である。世界の人種で一番声の能力が劣る我々日本人相手にもっとも大切と思われるハードウエアーに全く触れていない。だから日本人は世界のヒノキ舞台に出ると手も足もでないで、その悪声をメタメタに叩かれる。何人かの歌手がアメリカを目指したが全て敗北したのは日本人の声のレベルが低すぎるからであった。私はこの声と言うハードウエアーの確立を目指して40年が過ぎようとしている。やつと世界に出しても恥ずかしくない方法を確立した。ここまで来るのに誰も教えてくれない。いやむしろ馬鹿にされたりつぶされる方向にあった。こんな所に重要なものが隠れていたのか。少し変えるだけでこんなに声はよくなるのかの驚きの連続である。もしあなたが私の生徒の声を聞けば「なるほど納得」と感激するでしょう。
11月28日
オペラの世界で世界的有名なボイストレーニングのバイブルとも言われている、ドイツのフスラー先生の説で「腹筋はあまり鍛えてはいけない」とあった。音声専門医で有名な故須永医師も同じご意見であった。しかし最近、腹筋の外側の筋肉を鍛えるのは声の邪魔になるが中心部、つまりからだの中心部を鍛えるのは大変よいを発見した。結局、25年も遠回りしていたことになる。二人の偉大な人が悪いのではなく、一般に腹筋を鍛えると全てからだの外側の筋肉になり、これが横隔膜の働きを規制、閉じ込めていた。だから強い腹筋は声の邪魔になるとなっていた。私は最近、横隔膜の背骨側にちかい体の中心部を鍛えることに成功した。もしこんな方法をフスラー氏や須永医師がお知りになれば自説を変えていたと思われる。要するにそれほど声のトレーニングの世界は未知なものであふれているのだ。悪いと言われていたもののすぐ隣に正解が隠れていたとは本当に不思議だ。しかも67才にしてこんな発見をする自分の才能に感謝している。頼むから盗まないでほしい、なにしろここに到達するのに45年もかかったのだから・・・・・。
11月4日
7、000メートル級の未登頂の山の最終ルートを雪深い冬に探すのと同じ苦しみを現在、私は味わっている。巷に口の中に何かを入れて声をよくしたり、背中に人を負ぶって声をだして良くなると言う方法を最近知るが声とはそんなに簡単なものなのか。百人いれば50種類く゜らいの違いがある。今、私が全力を投入しているのは、この40年間で知りえなかったトラブルである。このようなケースが2例、今の私の前にある。8、000人を超える中でも珍しい頑固な、治しにくい生徒である。この2例は胸郭を締め付けて声を無理やり絞り出すで会話を最低限成り立たせていた。それは殆ど乾いているタオルを絞り水を出すに似ている。この2例に共通するのは腹式呼吸には絶対にならないである。しかし今日、その治療法を発見した。「胸郭の柔軟」 吸気で固まっている胸郭を動かすと言う方法である。海で泳いでいて寒くなればより深い海水に潜ると下のほうが冷たいので比較上、水面に戻ると熱ったかく感じると云う、その方法に似ている。これは30年前に自分自身で試みたが、そのときは胸郭をいため一週間寝込んでしまった。今は数々の成功と失敗を経験しているので、昔のような失敗はない。来年の初めにはこの悩みぬいた若い女性も世の中に出せると思う。今、ベビメタの歌手で声帯に結節のある男性もよみがえらせている。恐らく彼はヘビメタの世界で一番声がよい、ちゃんとしてしると評価される日も近いと思われる。
早く来い来い声の悩みのある人よ。
10月28日
10月7日の胃にアナがあくほど苦しんでいた女性はその後1回、発声教室に現れた後、病院のみんなから「顔色がよくなった」と変化を告げられた。はじめはどす黒い顔色でトレーニングも危ぶまれたが2回を過ぎた昨日、非常に健康そうに見えた。私の生徒達はみんな「医者いらず、病院にいかない」と云う。日本の医療費削減に私は非常に貢献しているわけだ。学校の先生にぜひこの有り難さを分けてあげたいのだか、最近はそっぽを向かれている。なぜか教育関係の人たちに未来が無いように思えて仕方がない。先日もある女子大の先生に「声の重要さ」をといたが無反応であった。その先生は酷く声をこわしているのにである。その大学の女子学生の声も青臭く、幼稚であつた。200名ぐらいがリクリエーションのような授業を大きな体育館でしていたのだが、中学生ぐらいとしか思えない青臭い声を張り上げていた。声の成長はその人の人間性にも通じる。大人になれない、なろうとしない若者が氾濫している。可愛そうな大学である。
10月7日
お医者さまとその取り巻きに胃が痛い症状があるとある有名大学の医学部教授の秘書が言った。かの女は数年に渡り私の発声教室の生徒ではあるが忙しすぎて時々しか出席できない。昨日も2ケ月ぶりに現れて
「胃にアナが空きそう」と苦しんでいた。
私はそんな彼女の苦しみなんて意に介せずどんどんトレーニングメニユーを進めた。途中でダウンしかけてが放っておいた。
「胃の中がク゜ルグル回っている」と言い出した。私はマイナスかプラスかと禅問答的に問うた。
「胃が生き返っている感じ」とかの女の顔が輝いてきた。
多くの医学関係者が胃腸など内臓の血液循環不足で大病するか、早死にしていると推測される。そういえば年一回の健康診断で訪れる病院の関係者の調子が悪い内臓から来るイライラや神経過敏を思い出す。なんとかならぬのか。幸い私はこの67年間一度も手術も入院も経験ない。国民保険を使わない順では老人として日本で一二番の上位に入るかもしれない。
学校の先生の早死にについての一文をしたため、ある新聞に投稿した。現実を知るにつれて「酷い、かわいそう」という気持ちが強く湧いた。中身は単純な提言だが、この簡単な事、改革が教育現場では行なわれにくい状況にある。ある国の長が「20年を待たずに日本国は地球上から消えるだろう」と広言していると日本の国会議員がテレビでしゃべつていた。にもかかわらず存続のための「改革・改善」が遅々として進まないのはなぜか。
9月23日
なんだろう。どうしてだ。またまた新しい方法を開発しました。これはかなり効果があるみたいで、日帰り講習の参加者に好評でした。何でこんないい方法があるのにその恩恵を受けない人の多さにあきれています。みなさん本当によくなる、成功したくないのですねえ。効果? 無駄な力が抜けてその人の本当の声に近くなると言うものでした。長年のどに引っかかる声、搾り出し、にごっていた音も抜けたと参加者は興奮していました。まだまだ私の蓋らしい発見は続きそうです。
9月16日
声のトレーニングの大変さを40年も経過しているのに改めて痛感している。時々このホームページに話題となる若い女性は何所にも欠陥が無いようにおもえるのに声が開かない。トランペットのミユートがきいているように響きが殺されている。そうかまだあつたけ、チェツクポイントが。それは胸郭の問題か。そうだったのか。しかしこれは大変な作業である。一歩間違えると肋骨を折ってしまう。しかし1万人を越える生徒を面倒みてきた私にはやり遂げられるだろうと言う信念がある。1ケ月以上はかかるかも。しかしこんなトレーナーは世界中にもいないだろう。目に見えない大きなものが私に試練を常に与えている気がする。それらを一つ一つ克服してきた結果がいまである。
9月10日
屋外の自然の中での声のトレーニングが終わった。雄大な富士山の全景を目の前にしたり、雨の中であつたり、色々体験した。中でも圧巻は強い雨の中で農道を走り座禅のように座って声をだした。ビニールコートは羽織っているがフードが脱げたり顔や口の中まで雨水が容赦なく入る。生徒達は「瀧に打たれての修行僧みたい」といっていた。約一時間、強い雨は降り続いた。それでもトレーニングの内容を弱めなかった。そして雨はやみ快適な自然になった。大体2時間30分ぐらいなので後の90分はご機嫌なトレーニングになった。問題は100人中99人までがやめるだろう雨中の発声訓練を続けた事にある。ここに成功するかしないかの分かれ道があるように思える。特に私のように自然の中で声のトレーニングは無茶であると言われている。みんなは過保護なのだ例えば音大のピアノ科の生徒は手袋で指を保護する。声楽科の生徒はマスクである。屋外走る事など自殺行為と公言する専門家もいる。
しかしわれわれは自然の中に生きている。サッカーやラグビーは土砂降りの雨の中でも行なわれる。何故歌手や俳優だけがエアコンのきいた快適な室内で超過保護にトレーニングするのか。この過保護が音楽業界(CD)を衰退させている。歌手やタレントの卵は雨が降ったらトレーニングに現れない。室内の最高設備の体育室であってもそこまで来る間に雨に濡れるからである。つまりちょつとした自然の変化に弱い体、精神を作り上げている。多くの歌手やタレントは33度の炎天下の農道を走る、土砂降りの雨の中を走り声を出す、などは地球人のやることではないと思うだろう。人間は過保護にすれば限りなく弱り、甘くなる。これがCD業界を壊滅に導いているのだ。これから地球環境は悪化の一途をたどる。平和ボケ、緩みきった日本人は一番最初に滅亡するだろう。
8月14日
インデーズレーベルで活躍するヘビーメタの歌手が声帯にポリープができて困って相談のメールを送ってきた。年齢的なものもあり私の正規の教室への参加はお断りした。11月に韓国での国際大会に出演するらしく日本からは彼らのグループだけのようで、日本の恥になってもと思い特別に教室への参加を認めた。住まいが名古屋なので大変だろうが「通うならどうぞ」と私はかなり冷たい。必死のおもいの彼はすぐに現れた。俗に「シャウト」と云う振り絞る声や極度の高音、どなりと声帯が潰れないのが可笑しいぐらいの歌の連続である。急遽2回トレーニンク゜が終わった。その日の夕方には埼玉でかなり大きな大会があるらしい。本来ならば2,3ケ月はこんな大会で歌わないほうがよいのだか本人に任せた。いくら私が声のトレーナーとしても世界に類を見ない効果的な方法を開発しているからと言って、声帯にポリープができている人がろくにトレーニングを受けないで絶叫に絶叫を繰り返す歌の本番を迎えるのは進められない。
翌日、彼は大成功と元気に現れた。「さすが荒谷先生はすごい」とも言った。私は「ニーヨークで教室を開いたら瞬時に満員になるだろう。そして一年後にはアメリカ中で荒谷の声のトレーニング法が真似されているだろう」と笑った。そばでトレーニングしているみんなの声もすばらしくなっている。のど声の人などはいない。体全身から力が抜けて声は自然体でよく響いている。この自然体がいちばん難しい。毎度ながら再、再、再・・・・・・・確認の一日でした。それにしてもろくに私の方法の真髄を学ばなかった多くの人達、なかには3回しかトレーニングを受けていないのに今だに私を馬鹿か気違い扱いしている歌手もいる。本物を知らない、いや知る能力のない日本人に時々猛烈に情けなくなる。
8月5日
合宿がおわった。初めての経験ばかりであった。牧草畑の農道を午後2時から4時まで30度を越える炎天下で走った。500メートル走って声を出すを9本繰り返した。十年も荒谷発声教室に通っている人も必死の思い出あった。私もはじめてのトレーニングである。世界中でこんなボイストレーニングを試みる人は一人もいないだろう。しかし声を出す環境は無数にある。もっと過酷な状態で声を出さねばならない場合もある。
見渡すと多くのボイストレーニングが気持ちよい温室のおままごとのようなものだ。だからほんの少し環境が変われば声のトラブルが続出する。今度の合宿に現れた生徒の一人は「声がでない、冷房でやられたらしい」と泣き声を細々と出していた。それが炎天下のトレーニングですっかり声の調子を取り戻して輝くような笑顔で帰った。彼女は今後も参加するらしい。「荒谷先生に従っていると絶対に声は良くなる」と信じている一人である。こんな人が沢山私の教室にはいる。24年以上も参加している人や16年、10年以上なんて生徒はゴロゴロいる。だから67才になっても私の方法は毎日進歩している。近々、「声はその人のハードウエアーに左右される。しかしハードウエアーを個々人に沿って完成させられるボイストレーナーは世界には私以外にはいない」と言うような文章を完成させる予定である。ちなみに殆どのボイストレーニングはソウトウエアーの部類であり、それはニユーヨーク、ドイツ、イタリヤでもそうである。だからたくさんの日本人が学びにいってもよくならない。むしろ壊されている。
7月5日
6月31日,7月1日と合計5時間弱の日帰り講習を済ませた。今回は今まで一度も試した事のない腹式呼吸の新しいバージョンを探った。腹式呼吸の原理は殆ど解明しているだから新しい方法でも心配はない。しかし絶対と云う保障はない。何時も未知の世界に探検する思いである。それは平生の教室のトレーニンク゜とはかなり違うものになった。大体このごろの私の判断は大きく外れた事はない。参加した講習生を失望させる事はまずない。前回の講習で、声の開発度30%から80%ぐらいと爆破的に能力を開発した中国生まれるの女の子はしばらく講習会から遠去っていたので声の開発度が70ぐらいに落ちていた。だからこの講習会が待ち遠しかった。しかしあれは偶然で二度とあんな声にはならないかもしれないと言う不安を毎日もっていた。
一日目の31日はあまり伸びなかった。翌日の朝「今度はだめかも」と泣きそうな顔で私に訴えた。私は殆ど取り合わなかった。彼女の一喜一憂する気持ちは分かるが、私は1日目は新しい方法の探りであり2日目に勝負をかけている。もし2日目に効果が現れなかったらこの手の講習は止める。なぜならば高知県から飛行機で一泊して来る人もいるので彼女の負担は大変なものである。これに応えられなかったら私は無用な先生となる。結果は2日目の中ごろから中国生まれの女の子の声は以前よりも一段とパワフルになった。開発度95%と思える。彼女もそれを体感してニコニコしていた。日常の低次元の声出し・歌や困ったほかのボイストレーニングで開発度が落ちても私の講習会で戻せる。よくもここまで来たものだ。こんな先生はアメリカにもイタリア、イギリスにもいないだろう。47年間、声に関心・研究・35年以上の指導は世界広しといえども例を見ない方法と腕の宝庫となった。「若者達よ早く学んで置けよ、損するぞ」
昨日、この日帰りの講習に参加者した男性がいつものクラスに現れた。なるほど声は深く、軽くて、よく響き、からだ全体に反響していた。周りの生徒も彼の変化を認めた。本人も「長時間歌っても声がかれなくなった」と喜んでいた。相対的に日本の男性歌手の声は酷い。プロとしての自覚も何も無い。サッカーの世界ランクで言えば199位のブータンと同じだ。恥ずかしくないのだろうかそんなブーヒーにちかい声で何億、場合によれば何百億円も稼いでいるのに。声の世界ランクのブービー状態は日本から永遠になくならないのか。音声美の貧困、出鱈目、ジヤンクヤード。「勘弁してくれよ」私は日本から逃げ出したい。
6月30日
民族によって声の完成が異なる事はかなり多くの人が知っている。しかし殆どの人はその実態を深く追求しない。例えば日本人は竹のリード(声帯)クラリネットゃオオボエのような音色が完成に近いなどを知っている人がいるのだろうか。今、中国の若い女性を懇切丁寧にトレーニングしている。彼女はものすごく真面目で可能な限り私のトレーニングを受けてアドバイスにも耳を傾けている。最近、完成度90%ぐらいにレベルを上げているのに音色は竹のリードにはならず日本人の多くの人とは完成の音色が少し違う。ヨーロッパや黒人のような鋼鐵のリードではない。音色のベースとしては竹か木なのだが刃物で云えば先に何か金属が挟まっている、それはハガネを刃物の切り口にはめるようにわずかではあるが竹のりーどの先に金属があるように聞こえる。日本人のように全体が竹だけではないのだ。鋭い声ではあるがヨーロッパ人のように奥深くまでハガネではない。
話をアメリカに転じれば私が指導した30人ばかりと観察からアメリカ人はやわらかい金属のリード、例えば鉛のようである。イタリヤ人やドイツ人はハガネに近いリードである。だからオペラはヨーロッパで栄えた。力強く、よく響く声がオペラには必要なのだ。ここで問題は民族によって、勿論、個人によってでもあるが声の完成は異なると言う事である。それはリードの材質か環境か生活か食べ物か乾燥度かまだ分からない。ただ絶対にいえる事は竹のリードの日本人がハガネのリードのヨーロッパ人の伝統的オペラの声の出し方をそのまま真似ていいものだろうか。同じく中国人やアメリカ人も同じである。すばらしいヨーロッパのオペラを日本で日本人で上演したい。異文化交流、発展に私は異論を呈するわけではない。しかし声の元の根本が異なればちがった形のものになるべきではないか。日本のオペラや声楽家にたくさん音声障害があるのは竹のリードをハガネと錯覚しているからではないか。全ての分野で日本人の声の貧困・潰れた汚さは壊れやすい「竹」と云う認識がないからであろう。だから日本人への声のトレーニングは高度なレベルの方法で細心の注意がひつようなのである。単に「大声を張り上げる」は竹のリードを叩き潰すに等しい。
6月26日
ずいぶん昔から堅実に販売を続けている化粧品会社のユーザー向けに発行している小さな雑誌から取材を受けた。今回は声の特集であるらしい。すでに発行されているその雑誌の「花」という特集を読むとかなりハイレベルの教授や専門家の言葉が掲載されている。しかし私は声のトレーナーとしては孤立した存在で、忌憚の無い毒舌が常なので、他のボイストレーナーの先生が気分を害すると思い、お断りするつもりであつた。取材の当日、担当者にお聞きすると、声のトレーナーとしては私一人だけとの事。恐らく日本には自称・他称を含めてボイストレーナーは数千人もいると思われる。その中から私一人が選ばれたわけだ。「何で」とお聞きすると。私の声の本を読んで決定したと言われた。以前にも音大生などから他の本は買わないが荒谷先生の本は買ったと何人からも言われた。しかしわたくしの声のトレーニングを受けにくる音大生はいない。それは音楽大学の枠外で仕事をしている私から学ぶと将来がなくなるとも云われた。これはある歌劇団を受験する人にも当てはまるらしい。
クラシツクの男性歌手で世界的に有名なドミンゴさんが若手を育成しているテレビを見た。世界貿易センタービルが崩壊し、その追悼式で歌ったアメリカの消防士がレッスンを受けていた。声は力強いが呼吸法は荒削りであった。声楽の常識からも外れた素人の声である。そんな消防士をドミンゴさんは暖かく見守ってレッスンしていた。「よいものはよい」 狭い枠を設けないドミンゴさんに感心した。学歴や過去に習った先生を重視する日本では素人の消防士さんが一流のオペラに出る事は絶対にないだろう。私はドミンゴさんと一緒に仕事がしたいと感じた。この消防士さんをドミンゴさんが絶賛するまでに声の能力を開拓できる自信は私にはある。
6月15日
可愛そうなクラシック(声楽・オペラ)歌手。
クラシック歌手にボイストレーニングをしている優秀なトレーナー(教授)から若い女の子が紹介されて私の教室に最近入った。その教授と彼女のレッスン期間はあまり長くはない。彼女は体が小さい方で痩せていて声楽やオペラに向いているのだろうかと訝った。だから私の発声教室で声の能力を開発してもらいたいが教授の願いであった。彼女は6年間もある大学で声楽の発声を学んでいるのに声は響かず、体の中に篭るようでオペラなどには向いていないと思われた。彼女は声帯の位置、のど仏を押し下げるにばかり神経が集中していて声帯の響きを殺していた。これはクラシックの歌手、特に未熟者の陥る蟻地獄みたいなもので、一生抜け出せないで、本人の声が開発されないままに終わる。こんな音大生が沢山いると思われる。
レッスン開始から数回目で私の思う声の出し方に切り替えた。 「野蛮な声でもいいから今まで習った全てを忘れて自由に声を出してごらん」 とアドバイスした。どんなにいい声でもか細く響かなければ何を歌ってもだめだが私の持論である。突然、彼女の声は荒削りだが大きくなった。「声帯が痛くならないか、声が潰れないか」が心配だったが、かなり大声を張り上げているのに全然のどは平気らしい。彼女の中にこんなパワーのある声が眠っているとは驚きである。それから3回目の昨日は「声帯が竹製のリード」つまりクラリネットやオオボエのような音色がほのかに聞こえて来た。これは本当の声の軌道に乗りつつある証拠である。 「可愛そうなクラシック歌手」・・・・声楽やオペラ歌手は「天然の声」と故須永医師は言う。もって生まれたよい素質が無ければ後天的にはさほど開発されないとも云っておられた。これは私の様な声の基礎を作る先生がいないからである。だから故須永耳鼻咽喉科医師は日本のトップクラスのオペラ歌手の声の面倒を長年見てこられた医師なので私の存在を知って驚嘆と絶賛された。 「可愛そう・・・」と言うのはこの私の存在をかなりのクラシックの先生や医師が知っていながら、先のボイストレーナーの先生以外は絶対に自分の患者や生徒を私の教室に紹介しないからである。問題はクラシックの先生や耳鼻咽喉科の先生だけでは生徒は育たない、つまり抜け落ちている基礎的なものを若者達に補わせて上げると言う愛情の欠如である。だから多くのクラシックの歌手や志望者は自分の本当の声を開発しないままに人生をおわる。これは他の歌手や俳優、声優、アナウンサーの世界や他の多く業種にも似たような状況があり 「可愛そうな若者達・・・」 が日本中に何百万人、いや一千万人以上もいると思われる。
5月27日。
最近自分をギリギリまで追い込んでいる。例えば40年近く所属していた日本新劇俳優協会や30年近く会費を払い続けた、権威ある日本声楽発声学会をやめたり、26年間使い続けてきたオリンピック青少年センターを来年から借りなくしたり、普通の人から見れば「馬鹿か狂ったか」と主われる行動をとっている。67才といえば定年退職後の人生である。しかし私は現役の指導者としてがんばりたく思っている。何もかも捨てると言うケッダンをしてから急に私の方法に磨きがかかってきたようにも思える。46年目の開発。これは恐らく世界では類を見ない効果的な方法と自他共に認めている。他とは主に2人の女性の絶望的な声を克服させて人一倍迫力と音量と遠くまで通る声にさせた。一人は声の名医がさじを投げるくらい問題があつた。もう一人は「声を出す仕事・趣味でも」やめなさいと誰もが言うだろうぐらい声の調子が悪い女性であった。恐らく昨年までの私であつたなら「お手上げ」だったかも知れない。つまり他の声の先生よりはよくなるが「爆発的な変化・改善はない」であつたと思われる。ここに来て私は声に難問を抱えていてもなんとか改善できるであろう自信をもっにいたった。これらはみんな自分が断崖絶壁に立ってちょつとした風に吹かれても死ぬであろう所に追い込んだからである。おいおい大変なケースでも直したと云う報告をこのページでお見せします。乞うご期待。
5月19日。
「一度自分の声をつかんだ人は2ケ月近くが過ぎても元の悪い声には戻らない」これを30年も前に私が発見していました。問題はどんな声のトレーニングに従えばそうなるのか。これが47年目の今、殆ど頂点に達する方法で身につきました。ある状態である方法を行なえばその人の本当の声に近ずくのです。「本当の声」多くの人は自分の本当の声を知らない、開発しないで一生を終えます。脳細胞の十分の一も使わないで一生を終わるよりももっと少ない、悪い状態で棺おけにはいるのです。せっかく与えられたすばらしい声の能力を知らないまま、使わないままに人生を終えるとは考えただけでも悲しいではありませんか。これは全てのアナウンサー、キャスター、声優、歌手、俳優、代議士、弁護士などなどに当てはまります。極端に言えば両足がうまくつかえないので車椅子で一生過ごすに似ています。みなさん早くこの事実に目覚めてください。
4月12日
長年声の研究を続けてきて、誰も知らない、到達しない開発の頂点に達したと思われますので、かなりの文字を打ち込んでいます。
47年目の呼吸法の開発は恐らく世界に例をみない効果と正当性があると思われます。3月30日と,31日の合計4・5時間の講習会を終えて、一週間になるのに参加者の声の調子が12日過ぎても高レベルで持続されています。声の質・量ともに他よりぐんを抜いていまして、体育室の外から漏れてくるみんなの声を聴いてみますと彼女だけが明確に、大きく聞こえていました。講習会に参加しなかった生徒と声を比較しますと大きな違いが見られました。 35年よりも前に声は呼吸法に左右されるを発見していて呼吸法の改善は鉄で言えば熱する(温度をあげる)と効果がある事は見抜いていました。それから35年間、他の発声法とは格段に違う方法で効果はあげていました。それでも10人中7,8人は大変よい声に変化していましたが。もっと改善の余地があるのでは、まだまだ何かがあるのではと言うささやきが耳について離れませんでした。要するに山登りで言えば八合目から九合目まで登りつめていて頂上は見えているが到達していない感がありました。
呼吸法をトレーニングする状態を仮に温度で表してみますと私は今まで、60度かせいぜい100度ぐらいでトレーニングしていたと思われます。これでも他のすべての方法よりは二三倍温度は高かったのです。それを47年目の先日に感覚温度で300度ぐらいに上げてみました。この温度は物理的ではなく呼吸を行なうベースの状態をあらわします。42度で脳みそは焼けるのですから、300度なんてとんでもないと反論があると思われますが、安静時を36度としてその数倍ぐらい呼吸を追い込むとそうぞうしてみてください。それまでに私は、なぜか呼吸法は限界まで追い込むほど声はよくなる事は解明していました。追い込む限界は個人差があり、この見極めは1万人を越える人間を扱ってきた私でないと確実に失敗します。
人間は特殊な酵素の働きで36度で食べたものが燃えるように作られています。だから300度などとてつもない高温では骨も焼けて灰になります。生命維持のために特殊な酵素のおかげで燃やすのに100度必要な食べ物が36度で燃えるようになっています。それと同じで私の呼吸法は特殊な方法で人間の生命を損なわないで感覚温度300度にさせると言うトレーニングなのです。どんないいトレーニングでも体を壊しては主客転倒です。この開発に47年もの歳月を要したと言う事でしょうか。私の呼吸法の完成が先日あったと言う事です。
一般の方法の数倍は未知な世界で強い緊張感が私にみなぎりました。人間の呼吸と鉄を同じに考えて真っ赤になるまで熱して改善してみようと決断し大成功しました。8人中6人までが声に急速な、高度な変化がみられたのです。「呼吸法は追い込まなければ改善されない」を再々再々確認しました。結果は見事なもので一度この高温で磨かれた声は簡単には悪い元の状態には戻らない、劣化しない事も証明されつつあります。毎週参加している生徒たちは先日の日帰り講習に参加した人の声の変化に驚きました。「以前と全然違う、根元が深く強く響く声に変化している」とみんな申しました。ある芸能スクールでこの大変化した声の女の子が台詞や歌を授業で披露したところ周りの生徒さんが「声が急によくなった。よく響いている、おなかの底から出ている」とみんな認めてくれたと喜んでいました。
20才からはじめた私の人間、特に日本人の声の研究は現段階でほぼ完成かと思われます。この位置から周りをみますと殆どのボイストレーナーが声のトレーニングで呼吸を重視し、しかも鉄を真っ赤に焼くと同じなどとは知りません。それはニユーヨークにしてもイタリヤ、ロンドンでもおなじでしょう。つまり温度で言えば体温36度ぐらいでトレーニングしていたのです。鉄で言えば冷めた状態で加工していたのですから叩けばボロボロに壊れていたのです。だからみんなボイストレーニングをやればやるほど声をつぶしていたのです。大方のボイストレーニングは声を破壊する訓練であるのです。「年間100万円以上も支払って声を壊しドクターストップがかかつている」と言う苦情の電話はしょつちゅう私のところにかかってきます。発声法では最高と自負している声楽の世界でも若い人達は一生懸命、高い謝礼を払いながら、低い温度の状態で声を傷めて耳鼻咽喉科に通いつめているのです。それは安静時の呼吸、つまり温度で言えば36度前後で声のトレーニングをしているからです。しかしただやみくもに温度を上げれば声はよくなるわけではありません。35年間の間に積み重ねられた諸々の私しか知らない方法で、しかも温度を上げる事で何倍もの効果をあげたのです。
度々馬鹿にされ、気違い扱いされて、誰の援助もなく、無一文のどん底でアメリカに渡り大学院を卒業して、自分を信じて50年近く声の研究を続けてきた事に「人間を越えた大きな存在」が救いの手を差し伸べてくれているとしか思えない幸運が私には何度もありました。そんな私の本を読まれたクリントン元大統領はわざわざホワイトハウスの便箋で自筆のサイン入りの感謝のお手紙をくださいました。しかし日本の総理もその他、多くの人は私の意見にも方法に目もくれないようです。特に歌手、アナウンサー、代議士が酷く、声では世界一低い国民性と揶揄されても仕方がないほど汚く、壊れていて、ごまかしの声です。日本人の歌手のすべてがアメリカで成功しないのは声の質、量がわるいからです。
4月1日
昨日、2日にわたる日帰り講習を終えました。大変な収穫がありました。47年目ですか、今までズーツと考えていた呼吸法を一段と強化しました。根底的考えは「鉄は熱いうちに打て」正確には真っ赤に焼いていないと細工ができないのです。これと私の呼吸法は同じで真っ赤に焼けるが、限界に近いになり、ここで行なうある種の方法が効果をあげるでした。この限界に近いところまで追い込むが鉄を真っ赤に焼くと同じです。
この見方をすれば世の中にある無数に近い声のトレーニング法の98%までが冷めた、冷たい所で叩くと同じ事をしているのです。だからやればやるほど声は壊れるのです。これは声楽の世界も全く同じで、その証拠に声楽を学ぶ多くの若者が耳鼻咽喉科に通いつづけているのです。呼吸における「真っ赤に焼く」状態が何か、これが荒谷が47年もかけて追い続けて昨日ほぼ完成したのです。そうです講習の前と後では驚くほど声が変わったのです。野球のピッチャーで言うところの切れ味のよい球、声になつたのです。その生徒たちの声を聴いてみてください。
2月18日
45年目の発見。うれしくてウフアウフアしています。コロンブスの卵って話がありましたが、全くそれと同じ気持ちです。後から見れば「何だこんなもの」といわれるほどの単純さがあります。しかし声に対する効果はバッグンによいようです。「何でこんな簡単な事が今まで分からなかったのか」が実感です。この発見もいろいろな偶然が重なりました。何時も立ち寄るオリンピックセンターの喫茶室が超満員で、仕方なくロビーでふんぞり返っていました。そうしたら呼吸の具合がよいのです。奥深くお腹の後ろに見事に息がはいるのです。「え、これは大発見かも」。早速発声教室の生徒に試したところ20人ばかりは全員「Good」でした。この20年間ほどで一番の発見かもしれません。中身は「それは秘密・・・」あまりにもいいので公表しません。だって45年かかつたからです。しかし生徒には教えています。
2001年 12月17日
声の日帰り講習を15日約4.5時間開いた。じっくり取り組んだので効果が大きかった。教室に5年ぐらい通っている女性は何時もの教室のトレーーニングだと頭が痛くなるのに、この日はおまけに1.5時間のレギユラーコースと6時間通して受けたのに快調で、一段と大きな声で大喜びして帰った。二十数年前朝日新聞に私のトレーニングが掲載されて、それから何十回と日帰り、宿泊講習をやった。しばらくお休みしていたが、自分の頭が冴えている事と方法が年々進歩しているのを感じた。つまり昔はやらなかったことがどんどん新しく生まれ出た。まだしばらくは現役の指導者としてみなさまのお役に立てるようだ。