真面目、馬鹿戦史

神の場所
1904年の日露戦争の際に、ロシア正教会は全教会をあげて日本に天罰を 
下すように神に祈りをささげた。結局なにも天罰は降りず、ロシアは負けた。 
20年後、日本で関東大震災が発生。ロシアの物理学者カピッツァはこの事実から 
「神はわれわれから9光年以内にいる」と結論を下したという。 

<平将門じゃないの?
<関係ないけど見たいので
百年戦争
日本と百年近く戦い続けている国がある。 
日露戦争勃発直後、バルカンのモンテネグロ王国はロシア帝国に義理だてして日本に宣戦布告。 
数名の義勇兵を極東に派遣した。 
しかし日本は宣戦布告されたことも知らないままロシアと講和。 
モンテネグロとの講和はまだ締結されていない。 

<ちなみに南朝鮮とも戦争は続いている。これ合成じゃないよ。
勇敢な兵士
これはソ連時代のお話。ある部隊がAKを分解掃除する際ガソリンで磨いていた 
そうだけど(本当は禁止事項)たばこの火が引火して近くにあったバイクまで 
焼けてしまったそうな。で、やばい誰かのせいにしてしまえ、という事で 
反政府主義者2人組が車(パゴダだったかな?)で部隊を急襲し火を放って行ったが 
銃の分解作業中だったため反撃できなかったという事で上司に報告したところ 
上司もうすうす分かっていたので、ついでだから演習中に紛失したRPG-7も 
「連中に」奪われたって事にして中央に報告してしまったそうだ。 

そうしたら、その部隊の兵士達は「反政府ゲリラに武器無しで立ち向かって 
いった勇敢な兵士」って事で中央のお偉いさんに勲章を貰うわ、新聞に 
英雄って乗るわで、えらい肝を冷やししたとか…。 

「ソ連軍の素顔」スヴォーロフ著、原書房より
紳士の国
1795年5月11日、ベルギーのフォントノアでフランス軍とイギリス軍の戦闘が 
始まろうとしていた。一度英軍は破れていたが、再び陣営を整え直して仏軍へと進んできた。 
そして仏前線まで約80歩ほどの所に近づいたとき、彼らはきちんと列を組み、行儀良く帽子を 
手に持って、仏士官に敬礼。対する仏軍も脱帽した。 
 それを見て、英軍先頭部隊指揮官ロード・ヘイは1人で仏軍の元へ近づき、再び帽子をとり、 
近づいてきた仏軍指揮官に対して 
「ムッシュウ、あなたの部下に撃たせて下さい」と申し出た。 
すると仏軍指揮官ドードロッシュ伯爵は 
「いや、ムッシュウ。我々は決して打ち始めませんぞ。あなた方こそお先にどうぞ」と、丁寧に返事をした。 
 この後、2人の紳士はもう1度挨拶を交わした後、互いの陣地へ帰っていった。 
そして、相手の許可を得た英軍は、遠慮せずに反撃しない相手に向かって攻撃を開始。 
結果、仏軍は一度に千人以上の兵士を失い、大混乱を起こして敗北。 


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