もう少し詳しく話すと・・・。
私の家は、もともとは村では有数の材木商だったらしい。しかし、私が物心ついたときには、父の会社は傾いていて、母がしていた店で食いつないでいた。勉強をしに都会に出ると同時に、母から「父が倒れた」という電話があり、とんぼ返りになった。まわりにも似たような不幸な家庭があった。私とまったく同じ境遇の同級生が、「父に手かざしをしたらガンが消えた」と言って、宗教の勧誘をした。私も、父に手かざしをしてみた。でも、父には効かなかった。
2月の雨の日を今でも思い出す。寒いと客が来ない。そんな日は心が乱れる。在庫をじっと見ていると、心臓がばくばくして、息が止まりそうになる。今でも夜中にうなされる。売り上げ台帳に、「本日の売り上げ総計 110円」と書いている夢。その前の日は、売り上げ0円、0円、0円・・・。
初めて手にした自分のお金
父がなくなると、叔父がやってきて、「葬式代を全部出す」といった。母は、丁重に断り、私にそっと、「あの人は私に下心がある」と言った。でも叔父は、香典を17万円包んでくれた。少し前まで、「みかん箱置いて、お葬式したら悲しいね」なんて話をしていたけど、普通の葬式ができた。祭壇の前にお香典が山に詰まれたのを見たときに、ついニコニコしてしまった。義兄に「お前、本当に考えとることすぐわかる人間やなあ」と言われた。葬儀の費用を精算すると50万円余りの金が浮いた。義兄から、「これはおまえの金だから自由に使っていいよ」と言われた。はじめて自分が手にした金だった。うれしかった。父が残してくれた金だった。
先物との遭遇
私は、資材置き場の跡地を開墾することにした。これは、たいへんな作業だった。もともとトラックの出入りができるように土砂を入れて固めた土地。コンクリートのような土地に鍬を入れても、鍬はすぐ壊れた。最初の日は1日かけても30cmくらいの穴しか掘れなかった。こんな馬鹿なことを続けていたのは、心が悲しみでいっぱいだったから。そんなときに外務員がやってきた。ネクタイ締めて、車に乗ってやってきた。夕日に映えてかっこよかった。私は、「一度も村を出たことがない」とわざとうそをついた。彼は、都会の話をした。彼の話はすべてきらきらと輝いていた。「同じような歳なのに、人間はこんなに違うものだろうか」と思った。私のぼろぼろの軽トラックを見ながら、「新しい車がほしくないですか」と聞いた。私は、「乗用車は、一生、買えないと思っている」と言った。すると彼は、笑いながら「・・・」
ちょっと、落ち込んだので、ここからは省略
私は、お金をなくしたことには、何の未練もない。ただ、信じて裏切られたことが悲しい。
悪徳の餌食になったことを話しても、まず同情はされない。面と向かって、「欲の皮がつっぱっているからだまされたんだ」「世界中で一番の親不孝ものだ」と言われたこともある。だからもう、人には話さない。先物の話を人から聞いても、知らないふりをすることにした。でも、そうすると、だんだんと心の中におりがたまってくる。息苦しくなり、夜中に叫びたくなる。だから、このホームページを作った。私の場合、ホームページを作っていると心が落ち着く。ホームページを作ることが癒しになっている。
町に出てわかったこと
村の長者より、町の安アパート住まいの方が社会的な信用があることに気付いた。偶然にも、この大不況の中で、「サラリーマンになりたい」という、親子2代の悲願が達成された。国保より、社会保険のほうが、サラ金の対応がいいことも知った。軽トラックどまりの人生と思っていたが、運が向いてきて、今では、乗用車に乗る身分になった。
就職してわかった
サラリーマンって、もっと分業になっていて、機械みたいに動いているんだと思っていた。でもそんなことなくて、みんな優秀な人たちだった。そんな環境の中で、インターネットを知った。「これだ」と思って必死で勉強した。そこでわかったことは、だました側がぐっすり安眠して、だまされた側が毎日くやしくて夜も寝ていないこと。
過去の私は死んだ
村の人は、私のことを先物で全財産を失ったと思っているだろう。でも実際は、先物をしなくても経済的に行き詰っていたので、早かれ遅かれこうなる運命だったような気もする。村の人は、私が生きて、こうして、普通の生活をしているとは思ってもいないかもしれない。今も、誰かが言っているかもしれない。「○○のボンも、結局、この村には住めんようになって、さあ、今はどうしとるかのう。足におもりでもつけられて海に沈められたいう噂じゃけんど、生きとっても、ダンボールの家じゃあ、死んだも同然やなあ」
そんなことないです。まっとうに生きてます。「顔を整形して、名前を変えて、他人に成りすまして・・・」とかではなく、素顔と本名で、正々堂々と、まっとうな暮らしをしています。でも村には未練がないので、死んでも帰りません。
もう一つ
借金は、踏み倒していません。焦げ付きありません。追いかけられていません。だって、コンピュータも持っているんですよ。クレジットカードだって持っているんですよ。インターネットを家でしているというのは、ちょっとしたステータスです。経済的には、それらをすべてクリアーして、ここまでのし上がってきたのです。ここまで来るのは並大抵ではなかった。普通の人の2倍位の人生経験したような気がする。
最後に
借金地獄の私を救ってくれるかと思ったら止めを刺してくれて外務員さんありがとう。家もいらん。山もいらん。工場跡地もいらん。手形の期日に震える日々から解放してくれてありがとう。おかげで普通のサラリーマンとして、順風満帆な毎日です。何?信じてない。一度失敗した人間が昼間堂々と生きていけるポジションなんてあるはずない?まあ、信じるか信じないかはあなたの自由です。
とりあえず生活も安定したので、これからは、じっくりあなたたちに復讐させていただきます。まずはこの告発サイトです。どうぞ、ゆっくりごらん下さい。
念のため
平成の世のお話です。時々、昭和初期の話と間違われます。
(ちなみに私の村では、「この前の戦争」といえば、源平の合戦のことでした。そんな時間の止まった村出身です)
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