日教組脱会の手引き
新しい記事は下の方にあります.
1.脱会のチャンス到来
教員の中には,不本意ながら日教組に加入してしまった人が多数いる.言葉巧みに日教組先生にのせられ,入会とどけに判を押してしまうのである.しかし,一度判を押してしまったら最後,左翼思想に洗脳され,社会からかけ離れた理想主義に陥ってしまう.最近では,校長や教頭もサヨク思想に洗脳されており,日教組に入会しているほうが,日教組先生にいじめられなくてすむという事で,毎月「会費」を納めている人もいる.しかし,その会費のおかげで,学級崩壊が起こり,手のつけられない中学生が蔓延し,コギャルによる援助交際がはびこったことを忘れてはならない.現在の道徳の喪失は全て日教組の主義主張が達成させられたことに他ならない.つまり,「会費」を収めていること自体が社会にとって,子供にとって悪なのである.
ここで,「身の回りは日教組だらけ」という現実と,「日教組加入率32.7%」という数字は,かなりかけ離れたものと映るかもしれない.その理由は,日教組先生は条件の良い学校に集中する,ということにある.日教組は,組織力を生かし,組合加入者が指導困難な学校に転勤する事の無いように,校長や教育委員会に掛け合っているのである.毎年,12月もまわる頃,「人事対策」の委員会が日教組内部に設けられ,日教組の先生方が都市部に集中するように,しくまれるのである.
特に,進路指導も生徒指導も楽な学校が狙われる.日教組先生が集中すると,当然,進学率低下,学校荒廃が起こる.その頃はまた,日教組先生は別の条件の良い学校に転出していく.都市部周辺の条件の良い学校で,学校の浮き沈みが10〜15年周期で起こるのはこういった理由があるためである.日教組先生が多い学校はどんどん荒廃し,日教組先生の少ない学校は回生していく.また,サヨク校長が学校を荒らし,まともな校長が学校を救っている.これは3〜5年周期である.
さて,話をもとに戻そう.日教組から脱会する最大のチャンスは転勤する時にある.理由は,簡単.喧嘩しなくてすむからである.しかも,組織率の低い学校は必ず存在し,その学校は条件が悪いにもかかわらず,上昇気運が高まっているのである.当然,そのような学校に転勤すると,楽ではない.活動が活発なため,日教組先生のように振る舞っているわけにはいかないのである.逆に日教組先生は孤立しているはずである.
脱会の仕方は,県組織によっていろいろであるが,「脱会届」という用紙があるはずである.3月下旬の春休みの最後の職員会議終了後に,学校の分会長に申し出る.この時は,いくら口論しても,あとに響かないので,たまっていたことを洗いざらい言ってしまった方が良い.むこうも諦めがつく.
2.日教組のイデオロギーにはついていけない.
県レベルの日教組では,今でも国旗国歌反対の立場を取っている所が少なくない.中央組織で,国旗国歌容認の動きが出たからといって,簡単には県組織まで浸透してこないのである.この事実を逆に利用するのである.
年度末の職員会議で,日教組教員が必ず国旗国歌反対の意見を言う.「反対意見を言った」という実績を作っているのである.もちろん,中には2時間以上の会議に及ぶこともある.そして,その職員会議の後がベストタイミングである.
一言「私は,『国旗・日の丸,国歌・君が代』が必要だと思っていたんですけど,ちょっと言い出せなくて」と分会長に言い出す.(職員会議の席で言ってもいいが,そのあと袋叩きにあう.しかし,勇気があれば試みても良い.効果てきめんである.)分会長は,ものすごく驚くに違いない.そこでひとこと.「日教組のイデオロギーにはついていけない.」と言ってしまう.
気の良い分会長ならそっと脱会届を持ってきてくれるはずである(そうでなければ脱会届を要求すること).当然ながら,転勤と重なれば,これほど良いことはない.
不謹慎ではあるが,広島の事件が起こり,所沢高校の事件が起こり,イデオロギーを理由とする脱会がしやすくなった.日教組は,あなたたちの毎月の会費で運営されているのである.脱会が日本の教育をよくする最大の手段である.
3.管理職を目指しているんです.
日教組を脱会しようとすると,当然ながら日教組先生がたは総力を挙げて阻止しようとする.これは,勧誘時の比ではない.自宅に電話,訪問,酒を飲ませて徹底的に説得.ある時は怒鳴りつけたり,暴力団紛いの行動に出る教員だっているはずである.地域の温度差はあるが,校長を自殺にまで追い込む団体である.何をされるか解らないだろう.そこで,比較的成功しそうな一言がこれである.分会長(その学校の日教組の代表者)にいうのがもっとも効果的である.
「分会長,誰にもしゃべらないで下さい.実は悩んでいて,今まで言わなかったのですが,私,教頭試験を受けようかと思うのです.教頭試験に合格した後で,日教組を脱会しても良かったのですが,組合を抜けた立場で,教頭試験に取り組んでみたいのです.」なんて具合に,持ち出す.県によって様々であるが,マルカン(管理職候補者)は,無条件で辞めさせてもらえる所もある.
そのあと,管理職を目指すかいなかについては,各自にお任せする.
4.祥さんよりメール
平成11年12月6日(祥さんより)
当方32歳の小学校教師です。私は24歳で日教組に「入信」した。しかし1年もせぬうち「大変なことをしている」と気づいた。
若かったんだあー,許してくれ!
私も思い返せばずいぶん勝手なことをしたなあ。あの時の子どもたちに謝りたい。今でも「せんせー。」って駆け寄ってくれる子どもたちへ済まない気持ちでいっぱいだよ。でも今は,まっとうな先生だからね。がんばってるからね。
若い日教組の先生方,今からでも遅くない,脱退して欲しい。
早く気づいてほしい。我々は税金をいただいてるんだぞー。国を育てなきゃいけないんだぞー。国を潰す気かー。はよやめなさーい。
九九九より
これほどまでに,教員という立場を考えておられる方のメールは,始めていただきました.祥さんの言う通りです.日教組の先生の中でも,子供のことを第一に考える先生であったら,一刻も早く日教組をやめるべきです.私も一緒になって叫びたい.若い日教組の先生方,今からでも遅くない,脱退して欲しい。
早く気づいてほしい。我々は税金をいただいてるんだぞー。国を育てなきゃいけないんだぞー。国を潰す気かー。はよやめなさーい。
平成12年4月5日(祥さんより)
祥です。ご無沙汰しています。昨年は父が急逝し,バタバタしておりました。私の父(享年68)も日教組でした。かなりすごい「闘争」を経験していたようです。ただ,昭和一桁生まれの父は,「人権」「権利」なんてことを口走っただけでぶん殴るような人でしたので,今の日教組とはだいぶ感覚が違いました。
父の世代は「教師が組合に入ること」が当たり前の時代でしたが(貧困すぎて),今のように「筋の通らない」ことは絶対にしなかったそうです。
父は変わりゆく学校の変化(学校の無政府化)にがまんできず,定年を待たずして退職しました。「日教組が果たす役割はもうない」と悟ったのでしょう。父のように正義感のある,一本筋が通っていないと気が済まない性格には,日教組は合わなかったのかもしれません。
私が組合に加入した当時,そのことを聞いた後の,あの寂しげな表情は今でも忘れません。今になって「おやじ!すまなかった。おやじの気持ちをくんであげられなくて・・・。」と後悔するばかりです。
日教組と縁を切った今,私は父に代わって教師として真剣勝負する毎日です。本当の教師になるつもりで・・・。
九九九より
亡きお父様のご冥福をお祈り申し上げます.
小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』に出てくる父親も,共産党支持で,『「筋の通らない」ことは絶対にしなかった』ようなことが描いてありました.現在の日教組先生と,最も異なる点だと思います.