新聞全教を笑う
新聞全教とは,全日本教職員組合出版している機関誌です.青字が引用です.
新聞全教(1999年9月20日より)
今話題の 辺見庸さんが記念講演
9月11〜12日に,都内で民主教育研究所主催の第8回教育研究交流集会が開かれました.分科会,分散会などでは教育論議が深められました.記念講演は『もの食う人々』で著名な作家の辺見庸さん.お話の一端を紹介します.
55歳を前にして,自分に寄って立つ基盤がないという思いを持っている.
なぜ,145国会で無用なことが起こってしまったのか,その主体と責任はどこにあるのか,1999年の特筆・大書すべき問題として論じたい.
8月13日に閉会した145国会では,@ガイドライン関連法A通信傍受法(盗聴法)B国旗・国歌法C住民基本台帳法が特に問題となった.この4つがこの夏に偶然国会を通過したのではない.コア(核)は@のガイドライン関連法であり,A〜Cは@を補強するためのもの.ガイドライン関連法で関与を義務づけ,盗聴法で監視し,住民基本台帳で法で管理し,国旗・国歌法で国民統合をねらっている.
村山前首相は,自衛隊合憲・安保容認を打ち出して,「堤防」を決壊させた.戦後を否定することは,自分を否定すること.戦後の民主主義は,この「ぬえ」のような社会党のような生き方をしてきたのではないかということを苦々しく思っている.
この重要な問題に対して何の議論もなかったではないか.何万のデモもなかったではないか.新聞・テレビはなにを反論したのか.そういうことは,何もなかったではないか.つまり,この責任,主体の責任がなかったことが今を導いている.自自公の横暴というが,戦後の民主主義は自分も含めて「緩慢なる自殺」をした.国旗・国歌を群体として拒否するのは簡単だが,個として否定するのは難しい.
今の時期にジャーナリストであることは,屈辱的なこと.これは,教師の世界も同じこと.なんら光明の見えない時期に教師になっている.「日の丸・君が代」がなくても何も困らない.子どもに思想・良心の自由があることを教えるべき.
日本国憲法は,どこの憲法にも負けないユニークなもの.これを体をかけて守りたい.(講演趣旨).
これは,『講演趣旨』だということなので,前後に削除された内容もあることも踏まえて読んでいきたい.(削除された内容に,ミッチー・サッチーが入っていたら笑ってしまうが.)
辺見庸さんといえば,SAPIO8月11日号・ゴーマニズム宣言で徹底的にゴーマンかまされた人である.もし,SAPIO8月11日号を持っていれば,そちらのほうも読んでおくとよい.何が今話題かって?私は,ゴー宣に登場したから話題なのかって思った.・・・だって,「もの食う人々」って,だいぶ前(調べたら1997年角川文庫)に出された本で,なぜ『今話題』なのか分からない.芥川賞受賞だって1991年だし(これは,検索して調べた),産経新聞の検索機能で調べたら,今年の4月20日にお父様が亡くなっておられた・・瞑.
ゴー宣以外で,何が今話題なのか教えてくれー.でないと,「今話題」というのは,「ゴー宣に出たから」という事になってしまうではないか.・・・もしや・・・週刊金曜日別冊ブックレット「買ってはいけない」を書いていたりして・・・変な想像は止めよう.
前半は,ゴー宣でも取り上げられている内容.うーーんどこでも,同じ話ししているのかな.ただし,「ぬえ」の使い方が違う.ゴー宣では「ぬえ」を『戦後は“ヌエのような全体主義”』というフレーズで用い,ここでは『「ぬえ」のような社会党』という言い方をしている.辺見庸にとって,鵺とは一体何なんだろう?
つぎに,「この重要な問題に対して何の議論もなかったではないか.」って,まず,国会できちんと民主的に議論したはず.「何万のデモもなかったではないか.新聞・テレビはなにを反論したのか.」は,そりゃ!国民の大多数が法案に賛成していたからだよ!全部辺見庸の考え通りに動いたら,それこそ全体主義じゃないか.いまさら,何万のデモをあおってどうする!相手は,教職員だぞ!
「今の時期にジャーナリストであることは,屈辱的なこと.これは,教師の世界も同じこと.なんら光明の見えない時期に教師になっている.」って,全教の教研修会って恐いね!こんなこと「勉強」しているなんて.