「国旗・国歌」反対強制一問一答集2
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Q9.
「日の丸・君が代」がなかなか話題にならない職場で、どのようにして話題にしていったらいいか
卒業式や入学式において,国旗を掲揚し,国歌を斉唱することは,まったく当たり前のことであり,話題にすることさえ,おかしな事なのです.朝に「おはようございます」.昼に「こんにちは」.夕に「こんばんわ」とあいさつすることに,疑問を感じるのと同じ事です.私の学校では,日教組先生に限って朝のあいさつをしません.生徒にあいさつされても知らんぷりです.国旗・国歌に疑問を感じる人って,あいさつもろくにできなくなってしますのでしょうか.・・・日教組先生すべてがあいさつをしないわけではありませんので,ちょっと言い過ぎかと思いますが.
Q10.
すでに導入されている職場の闘いはどうすればいいのでしょうか
あなたの職場は,教職員一同,よくまとまっている職場といえます.生徒に対する指導もしっかりとしており,上昇機運に高まっているのではないでしょうか.何が大切で,何が大切でないかよくわかっている先生方が多く,生徒も教員も校長もやりがいを感じているのではないかと思われます.
そのようなすばらしい学校に,「闘い」を持ち込むなんて,どうかしています.おそらく,闘いを持ち込んだ日教組先生は,孤立してしまうことでしょう.
先生方の理解が得られないと言って,生徒にHRや授業で洗脳しようとする日教組先生もいますが,それは大きな間違いです.生徒に犠牲を強いるという,最も卑劣で汚い行為です.
Q11.
指導要領の法的拘束性とは、どの程度のものか
日本国憲法があり,その下に教育基本法があります.それを受けて,学校教育法,さらにそれを受けて,学校教育法施行規則があります.学習指導要領は,(中学校の場合)「学校教育法施行規則(昭和22年文部省令第11号)第54条の2及び別表第2の規定に基づき」施行するされたものですから,当然ながら,法的拘束性は存在します.(小学校・高等学校の場合は,基づく条文が少しずつ異なる)
逆に,法的拘束性が存在しなかったら困ることになってしまうのです.今,受験戦争受験戦争と騒がれていますが,その大きな歯止めが学習指導要領なのです.学習指導要領についての問題点は認めます.だからといって,守らなくても良いということにはならないのです.
例えば,前回の学習指導要領改訂において,小中高校生の学力低下を招いたことはまぎれもない事実です.しかも,今回の改訂において,さらに学力低下を招くことは明白です.しかし,だからといって,学習指導要領を無視して大学入試問題を作ることは許せないし,勝手に学力レベルを上げて授業することも許されないのです.そのようなことをしたら誰よりもまず第一に問題視するのが日教組でしょう.ここに日教組の自己矛盾.ご都合主義があるのです.
ある時は,学習指導要領を無視して,「国旗・国歌」に反対する.ある時は,学習指導要領を持ち出して,入試問題の難化を糾弾する.これっておかしな話です.
Q12.
文部省の教育内容への介入は教育的中立性を破るのでは
教育基本法には、第10条に「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」とあります。ここで言う「不当な支配」とは,日教組による政治的介入を指すのです.日教組には,左翼政治家や左翼市民団体のバックがついています.「日の丸・君が代」反対という,政治レベルでの話題を不当に学校現場に持ち込み,学校を混乱させているのです.
教育的中立性を破っているのは,文部省より日教組にあるのです.
Q13.
憲法や教育基本法との関係で、強制はどのような問題点を持つか
国旗を掲げ,国歌を斉唱し,普通のきちんとした卒業式を行いたいという,大多数の生徒・保護者・教員にとって,国旗・国歌は,強制と感じません.むしろ,国旗・国歌のない卒業式の方が奇異に感じられることでしょう.逆に,国旗・国歌を無理矢理反対する思想を植え付けている方に問題があります.
公務員が国旗に反対したり,国歌に反対するような国は,憲法に定める「民主的で文化的な国家」とは言い難く,むしろ,国旗・国歌に反対する少数勢力(つまり日教組)の方が,民主主義をぶちこわしている憲法違反集団なのです.
教育基本法は、「真理と正義を愛する」ことができる国民、「個人の価値を尊重」できる国民、「勤労と責任を重んじる」ことのできる国民、「自主的精神に充ちた」国民、「心身ともに健康な」国民を育てることを通して、その目的を人格の完成におき、最終的な人格の目標を「平和的な国家及び社会の形成者」を育成することとしたのです。
しかもこの教育の目的を達成するためには「学問の自由を尊重し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって文化の創造に努めなければならない」として、さらにこれを具体化するためには「人種、信条、性別、社会的身分、門地」などによって「教育上差別」してはならないとしたのです。
こうした憲法や教育基本法の理念を考えると、「国旗・国歌」を否定することがいかに間違っているかが分かります。憲法第1条の天皇を否定するなんて,もう論外なのです.
日本国民として連帯感を持ち,愛国心を育てていく事が,真の平和をもたらすのです.
Q14.
憲法で保障された思想・内心の自由は、教育公務員にはないのか
当然ながら,国旗を掲揚し国歌を斉唱するという,思想・良心の自由はあります.国旗・国歌を否定するような教育を行うことは,まず,良心に背くことなのです.このことをはっきりしておかなければなりません.教育公務員に,「悪いことをする」自由までは保障されていないのです.これは,教育公務員に限らず,日本国民すべてに当てはまります.
国旗・国歌を否定することは,結局は,憲法を否定することにつながってしまうのです.
何故か,千葉高教組の一問一答には,「思想・内心の自由」とあり,意識的か,無意識的かわからないが,「良心」が「内心」と書き変えられています(他の質問事項にもあります).ここで,誤解を招くといけないので,はっきりしておきます.憲法で保障されているのは「思想・良心の自由」であり「内心の自由」はどこにも保障されていません.
Q15.
「日の丸・君が代」に替わる新しい「国旗・国歌」を作ろうという考えはどうだろうか
日の丸・君が代がこれほど定着している日本国において,新しい国旗・国歌を作ることにどれだけの意義があるのでしょうか.
朝日新聞の世論調査でさえ「日の丸と君が代に親しみを感じる」と答えたのが,日の丸で79%,君が代で65%.産経新聞では「日の丸を日本の国旗と思うか」との質問に対して94%が「思う」と回答.「君が代を日本の国歌と思うか」の質問には80%が「思う」と答えているのです.読売新聞では,「日の丸・君が代が日本の国旗・国歌として定着しているか」と質問し,「ともに定着している」という回答は61%.「日の丸」に限ると79%.「君が代」は63%です.日教組がさんざん国旗国歌否定教育をしてきて,この数字ですから,新しい国旗・国歌を探すまでもありません.
Q16.
「そもそも『国旗・国歌』などいらない」という考え方はどうか
「バカをいっちゃいけない.」だけでは,答えになりませんので,少し考えてみます.
例えば、「『国旗・国歌』などいらない」という命題を考えてみる、なんていうのはどうでしょうか?
―――「『国旗・国歌』は必要ない。」―――
完全に個人的レべルで言えば,この命題には「ノー」と言うしかない.毎日の生活を振り返ってみると,[1]朝起きて渋いお茶を飲みながら食ベる1個の梅干,平和ですね.この平和が保たれているのは,日本国が独立国として他の国の干渉を受けないからなのです.国旗・国歌を否定し,日本国を否定したら,のんびりと梅干しも食べることができないでしょう.[2]通勤に使っている総武本線と武蔵野線の電車.平和ですね.治安が保たれている証拠です.自分の身を自分で守る必要のない国って,なかなか無いですよ.[3]数学の授業をきちんと予習して受ける生徒.もしも国旗・国歌に敬意を持っていなかったら,1時間目から出席する生徒などいなくなってしまうでしょう.敬意を払う対象が無くなるので,もはや教師に対しても敬意を払わなくなってしまいます.[4]昼メシを食ベる時のお箸,この箸が,どのような流通経路をたどって自分のものとなるのか,考えなくてはなりません.[5]夕方赤堤灯で飲む1本のビール(だけではないが)と冷奴.[6]家に帰ってから1日の出来事を知る産経の夕刊,[7]寝るための布団とその中で見る好きな女の子の夢.これらは確かに「必要」だ.これら必要なもののためには,どれだけの人間がかかわっているかを考えてみると,国旗・国歌なしには1日も生活できないのがわかってくるでしょう.
【追伸】 あー疲れた.バカな文章を訂正しながら書くのは疲れる.こんな人が教員だから,日本の教育は良くならないんだ.