三重県教組新聞にチャチャを入れる
平成12年4月3日のメール
はじめまして、九九九様。
時々、ページを拝見させていただいております。
いつも、鋭い視点で日教組の不当性を説いていらっしゃる九九九様に共感するところが多く、今回、不躾ながらメールを差し上げた次第であります。
さて、遅れましたが、私は○○県在住で、半官半民の組織で働いている28歳の男子であります。失礼とは存じますが、本名での自己紹介はご容赦下さいませ。
さて、3月20日に九九九様がアップされた三教組新聞について思うところがありましたので、私なりにチャチャを入れてみました。
かなりの長文のため、ご迷惑をおかけすると思いますが、ご一読いただけましたら光栄でございます。
なお、文章はテキストファイルを添付させていただきます。
それでは、今後ともよろしくお願い申し上げます。
九九九より:新聞を赤,コメントを黒で表しました.
三重県教組新聞(号外2000.3.10より)
職場討議資料
未来に向かって力強く歩み出すために
〜一連の経過に関する見解と今後のとりくみについて〜
昨年の末から一連の動きの中で、職場のみなさまには、ずいぶん辛い思いをしたり、さまざまな情報のなかでご心配をいただいていることと思います。
この間、三教組はさまざまな事態に対応していくとともに、支部長会等で議論を重ね、信頼を基調とする三重の学校教育をどう守っていくか、一人ひとりの組合員を守り、三教組をより発展していくためには何をなすべきかなどについて検討・分析を行ってきました。
これまで、支部の機関誌や分会訪問等でお知らせしたところですが、改めて、ここに一連の経過に関する見解と今後の取り組みを提起しますので、すべての支部・分会での集中的な議論をお願いします。
議論といっても、一枚岩の馴れ合いでしかないと思うが・・・。
◎国家主義的グループの動き
昨年の中頃から、一部の人々が、マスコミを使ったり情報公開請求を行うなど、様々な方法によって、三教組運動や学校教育に対して攻撃をしかけています。
自らの行動に後ろめたさが無いなら、堂々としていればいいのである。
マスコミ報道や情報公開請求を攻撃としか捉えられない性質から見て三重県教組には公開すると困るものがあるということがあるのは明らかである。彼らの態度からは公務員としての本分をすっかり忘れた傲慢さが窺い知れる。
その背後には、現在多くの学校で行われている人権教育・平和教育、さらには一人ひとりの個性を大切にする教育を否定し、学校教育を国家に奉仕する人材を供給するものにしようとする勢力があることは間違いありません。いくつかの県からも同じような報告があり、このことは全国的な動きといえます。
人権教育とは耳心地が良いものだが、その実、部落解放同盟の主張をそのまま垂れ流す愚を犯し続ける偏向教育である。平和教育とは崇高な教えのように思えるが、平和を享受する為の義務を教えていない。無政府主義にも通じる精神を児童生徒に植え付けることしか出来ない。
例えば、彼らは、自衛隊の違憲性と反戦平和・非戦国家の素晴らしさを教える際に、しばしば引き合いに出すのが永世中立国のスイスであるが、スイスは非同盟中立を表明してはいるが、軍隊の放棄まではしていない。ここのところを教えずに、スイスが如何に平和であるかを説いている。
少なくとも私が批判したいのは、人権教育や平和教育の実施ではなく、それを運用する立場の人間が偏向した思想を垂れ流している事態である。
そもそも、学校教育は国家にとって有益な人材を送り出すための機関であって当然だと私は考えるが、彼らが主張するところの「個性を大切にする教育」というものは明らかに、児童生徒に甘えの意識を植え付け、基本的なところでは、権利には義務が付随していることすら教えられていない。
子供の好きなようにさせることが個性を伸ばすものと勘違いしているのだろうか。
私には、組合教師どもが子供を具に駄々をこねているようにしか思えない。
私たちは、国家主義的思想によって現場での教育が侵され、学校教育がねじ曲げられてしまったという歴史に学びながら、このような勢力に対しては毅然とした態度でのぞんでいかなければなりません。
彼らがナショナリズムを即、戦争に結びつくものとしか考えられないのは、発想の貧困さからくるものであり、思考停止した組合教師に多く見られる言動である。
現在、学校教育を荒廃させてしまったのは、秩序と義務履行を教えることを怠り、左翼思想を背景に偏向教育を押し付けてきた組合教師どもに他ならない。
彼らは採用された時に宣誓したことを忘れてしまったのだろうか。
それとも、宣誓はただの形骸に過ぎず、好き放題出来ると考えていたのだろうか。
◎県議会等の動き
12月の三重県議会では一部議員から、三教組や教職員の活動などについて多くの批判や指摘がなされました。また一部のマスコミは、連日これらのことを報道しています。
批判されるような事をしている自分達の行動を省みるということができないのは悲しい事である。
指摘の内容は、学校教育現場の特性をふまえ長年「慣行」として行われてきたものがほとんどですが、わたしたちは、時代が変わりつつある中で、「理解が得られにくい」ものについては早急に見直すという方針でのぞみました。「勤務時間中の組合活動」や「4時30分退校」等のいわゆる「職場慣行」をあらためたり、勤評の「無差別オールB」の方針を凍結したのもその一環です。
今更ながらに「見直す」とはどういう了見なのだろうか。
そもそも、業務時間内の組合活動が許されるはずも無い。そんなものは職務怠慢である。
民間企業ならば即刻解雇を通告されても文句は言えないはずである。
4時30分退校についても同じである。
定められた勤務時間を守らずに職場から離席・退出するのは職場放棄である。
雇主は過払い給与の返還を求めるべきであろう。
勤務評定のオールB評価については、自助努力を排除する以外の何者でもない。
ぬるま湯に浸かりきって既得権益を堅守するためには、勤務評定は邪魔なものだったのだろう。
あってはならぬ事が、まかり通ると考えていたのだから、組合教師が如何に世間ずれしたコドモであるかということが、彼等の言い分から窺い知ることが出来る。
◎勤務実態調査
この「勤務実態調査」にどうのぞむか、本部執行部や、支部長会議等で議論がなされました。
「勤務時間中の組合活動」に教育委員会、校長、組合員も含め三重の教育界が、子供のことについて互いに信頼・支援しあいながらすすめていく中で「慣行」としておこなわれてきたものですし、支部や分会の活動は、地域の教育課題の解決や、教育研究活動、そして福利厚生に関するものがほとんどである、いわゆる「純然たる組合活動」とは言い難いものです。
どのような形態であれ、仕事中に組合活動をするということが「悪」であるということが、彼等にはよくわかっていないのだろう。
勤務時間中は仕事をすればいいのである。
何かというと「子供のため」という言葉を使いたがるが、免罪符的に多用している現状を見ると、吐き気を催しそうである。
まったく、偽善的である。
また是正したうえで今後どうしていくかを考えることこそ大切であり、過去にさかのぼって調査する必要があるのかという疑問もありました。
私なりにこれを読み解くならば、こう聞こえる。
「是正したから、今後はなるべき気を付けるけど、過去の不法行為は見逃して頂戴ね。」
しかし、議会での約束のもと県教委が行うことについて、学校現場に無用の混乱を引き起こしてはならない、との判断から「学校長が行う調査に協力する」との方針でのぞむこととしました。
都合のいいように言葉を操るものである。
「学校現場」を盾に取るような真似は見苦しい。
評価対象になっているのは、校舎や児童生徒ではない。
怠慢な偽善教師にのみ矛先が向けられているのである。
ただ時間的な制約の中で、この方針について全組合員で討議することができなかったことは遺憾ですが、「長年の慣行」の実態調査に「協力」したことを材料に、個人の責任が問われることがあってはなりませんし、そうした事態にならないよう、組織として精いっぱい取り組んでいかなければなりません。
悪しきを処分することの何が「あってはならない」ことなのだろうか。
職場から自浄作用を排除し、腐敗した者はただの税金泥棒である。
公正なワークルールの確立を
組合活動以外の部分で、従来の「慣行が」法令に照らしてどうなのか、という指摘がなされています。
たしかに、個々の「慣行」は条例・規則から見れば問題となる面もあります。しかし、職場の実態や特性をふまえ、三重の教育をすすめてきたのも事実です。
働いていない時間分の給料を受け取ることは、不労所得であり、業務上横領にも通じる犯罪行為ではないかと考える。楽して稼ごうとするあまり、遵法精神を蔑ろにしているのだろうか。
たとえば、職場を離れてよいはずの休暇時間にも、子供達の指導をはじめとする職務のため休暇がとれず、実態として「8時間45分」勤務となっていること。
しかしながら、職場を放棄して組合活動に精を出している以上、実態として8時間45分勤務という主張は到底認められないのではないだろうか。
教育公務員の超過勤務は「限定4項目」に限られているにもかかわらず、部活動や家庭訪問等、それを越えて教育活動に従事していること。
「時間外手当」にしても予算不足の中で実態どをり支給されていないこと。
学校栄養職員や看護教員などが保育所や幼稚園の給食、養護活動を兼務しているということ。
これらは、法規から見れば本来あってはならないことですが、目の前の子供達の現状を前に、条例・規則・法規を越えて私たちは積極的に活動してきたのではないでしょうか。
小賢しい。
矛先を他へ向け、自分達に対する批判を和らげようとする、浅ましいやり方である。
「あなた達が法を無視しているのだから、私たちの不法行為も見逃してください」と言っているようにしか聞こえない。
身勝手なものである。
勤務時間を超えての県下一斉の家庭訪問、自殺予告電話への緊急対応、外国からの子供達への現状を憂え、県教委に施策を求める一方で、自らも資金を出し合い「MIEA」を設立し教材等を準備していったこと等、一人ひとりの教員の職務にかけた誇りと熱意、そして保護者・地域住民の理解と協力によって学校教育が前進してきたのではないでしょうか。
法律には、勤務時間を超えて労働してはならないという内容の文言は無い。
自殺予告にしても、予告すること自体、「かまってください」という甘えの行動に他ならない。
本当に死を選ぶものは、誰にも言わず死んでゆくものである。
死にたい奴は勝手に死なせておけばいい。
緊急対応をするのは、最悪の事態が起こった場合の責任所在を追及されるのが怖いからであろう。
ここでもそうだが、自らの行動の正当性を誇示しようとするあまり、「保護者・地域住民」という架空の第三者を仕立て上げる行為はいただけない。
しかも、自分達が引き起こした教育荒廃には知らぬ顔をして、学校教育が前進してきたとは、厚顔無恥も甚だしいものである。
自分達が教育を滅茶苦茶にしておいて、それを自分達で解決しようとする姿はまさにマッチポンプである。
また、本来県教委の責務である福利厚生事業が不十分であるため、教育界あげて自主福祉団体等(厚生会、学生協、退教互、教共済、教育文化会館等)を設立してきました。
福利厚生の充実化は、労働者にとって重要な問題であることは認めるが、福利厚生費も皆様からの税金から支出されることを考えると、難しい問題であろう。
しかし義務も果たせない割に、自分達の利益だけは主張しようとする態度は見苦しいものである。
さらに、旅費規程の不備を補うために、学校で「旅費内規」をつくり、少ない旅費をやりくりしてきた「慣行」もありました。
ただの公金横領に過ぎない。
出張旅費に該当するのは、職務上必要な出張である。そして旅費として計上できるのは費用弁償的性格のものに限られるはずである。
そして、その、費用弁償も、出張先までの経路内において、最も安価な公共交通機関の料金を適用すべきであろう。
もっとも教育界内部でのみ認知されてきた「慣行」をこれからも維持していくべきだとは考えません。「研修」という名のもとに別の活動をしたり、実態として8時間勤務になっていないところ等については早急に反省をし、「慣行」に甘えてきた意識をあらためていかなければなりません。
それにはまず、きちんとケジメをつけるためにも、これまでの慣行による「利益」を返還すべきである。
しかし「個々の慣行」ひとつひとつを「是正」する事によって生ずる、さまざまな課題を現場だけで解決することは不可能です。
この部分で既に、逃げの態勢に入っていることがよくわかる。
県教委に対し、三重の学校教育の実相を正しく県民にあきらかにするとともに、多くの人々の声を聞きながら、学校現場の実態をふまえた公正な、ワークルールの確立に向け、条例・規則等の整備や施策の展開を強く求めていかなければなりません。
三重の学校教育の実相・・・・・組合の不当圧力によって国旗国歌を蔑にしている学校が多いということだろうか。
公正なワークルール作り・・・・組合教師の排除から始める他無いだろう。
私たちは何をめざすのか
さまざまな指摘の中には、「三教組は教育界から撤退すべきだ」との意見がありますが、「教育は現場の仕事」であり、協力・協調、分権・自治のもと、子供や保護者・地域住民とともに、教職員組合として教育施策に反映していくのは当然のことです。また、子どもたちの教育に責任を持つ教職員の集団として、今後も教育研究活動に主体的に取り組み、現場からの教育改革運動をさらに進めていかなければなりません。
そうした活動が積み重なって、今の教育荒廃があるのでは?
当面の運動推進について意思統一をはかる
(1)今後、学校教育や三教組運動にとって、より厳しい状況が予想されるということをふまえつつ、「一連の経過」をめぐる状況と問題点について、支部、分会での話しあいをもつ。
意思統一をはかると謳っている時点で自浄作用の回復が無くなったと解釈しても過言ではない。
私などから見れば、教組のほうが余程ファッショ的に見えてしまう。
運動基盤の再構築をはかる
(2)あわせて、問題のある法律・条例・規則については早急に改正を要求する。
はい、まず、あなたから。
九九九より:どうもありがとうございました.もう最高!
勤務時間については,教職員の場合,他の公務員と違って,休憩時間をとれなかったり,勤務時間外に家庭訪問したりするため,教職員対象に「特殊勤務手当」がでます.つまり,8時間45分勤務で当然なのです.というより,全国の良心的な教職員は,もっと働いているのです.