紅茶について語る





なぜ紅茶にはまっているのか

 僕は今、紅茶にはまっています。なぜでしょうか?
  『安価で贅沢』ずばりこれでしょう。
 例えば、125グラム1500円のリーフティーを買ったとします。100個498円のティーバッグと比べると、これはたしかに高価です。しかし考えてみて下さい。カップ1杯の紅茶に、5グラム弱のリーフを要します。1缶で約25杯以上のお茶が飲めるから、1杯あたり約60円の計算になります。 これを高いと見るか、安いと見るか。缶ジュースが120円もするご時世です。その約半分の出費で、「いま自分は最高の贅沢をしてるんだ」という満足感を味わうことが可能なんです。
 また、喫茶店とかで安くてまずい紅茶を飲んでも200円はします。紅茶専門店に行けば安くても500〜600円します。業務用で買っているはずですから、茶葉の値段は一杯あたり60円もしないのですよ。ほとんどが雰囲気代なわけです。まあ、うちで同じ雰囲気を作り出すのは難しいかもしれませんが、そこのところはあきらめましょう。本当に贅沢ができるだけ裕福になったら、カップをそろえたり、細かいグッズを買いそろえたり、家をらしく改築したりすればいいでしょう。素敵な音楽NHK−FMとか)を流すとか工夫すれば、贅沢感ある程度まであげることはできるでしょう。
 という、それらしい理由をつけて紅茶にはまっていったのですが、はまったらはまったで、次々といろんな紅茶が飲みたくなるんですねぇ、これが。まず紅茶の本を買ったのがいけなかった。世の中には数多くの種類の紅茶やメーカーがあるということを知り、高い紅茶を正しい入れ方で入れたら、ちゃんと味の違いがわかるんだということを知ってしまうと、全部の味を見てみたい、メーカーごとに飲み比べてみたいという欲求がふつふつとわいてくるんですね。
 それで、紅茶について語るためにも少しでも多くの味を知っておかなきゃならないだろうし、「聞き酒」ならぬ「聞き紅茶」もできたら・・・、なんてことにまで考えが及んでくるんですね。
 それで、ひとたび思い立ったら何のためらいもなく財布の紐がゆるんでしまう僕のことだから、あっという間に5〜6種類のリーフティーの缶がうちの台所には並んでいました。じつはこの1000〜3000円という金額が落とし穴だったんですね。何万円もするんだったら思い立つまでに相当時間がかかるんだけど(思い立ってしまうとあとは早い)、実に思い立ちやすい金額なんですね。CDとかと同じで。結局それなりの投資も伴ってしまっているのです。あほやなぁ・・・
 そんなこんなで結局、投資なりの贅沢をしているわけです。はい。



紅茶が好きというひとの多くは、アールグレイが一番好きというのはなぜか
(あくまでむらかみ説)


 あるコーヒー好きの方が、「紅茶が好きっていう人って、たいていアールグレイが好きっていうよな?」と言われました。ううむ、、、。そう言われると「アールグレイが好き」って言う人は多いような気がするし、私自身「アールグレイが好きだ」と人に話すことが多い。逆に「私はアッサムが好き」とか「ダージリンが好き」という人は聞いたことがありません。そのことについてちょっと考えてみます。
 アールグレイが他の紅茶と違うところは、ベルガモットの香り付けがされているところですね。ですから、誰が飲んでもまず間違いなくアールグレイであると認識できます。特に意識して紅茶を飲んでいる人でなければ、他の紅茶の味の違いはわからないと思います。私自身いまだにわかりません。やっと高級なダージリンの味の特徴がわかりかけたところです。ですから、香り付けされているフレーバードティー以外の紅茶は全て同じ味と認識されてしまうのです。そう言う人にとって、自信を持って「アッサムが好き」と言えるわけがないのです。何がアッサムかも区別できないで、どうして好き嫌いの判断ができましょうか。つまり、アールグレイが好きと言っている自称「紅茶好き」の多くは、まだまだビギナーかもしくは似非紅茶好きにすぎない場合が多いことが言えるでしょう。
 では、アップルティーなど他にも香り付けされている紅茶はありますが、それらとの違いは何でしょうか。その鍵はアールグレイのもつ2つの「未知」があるでしょう。
 その一つは名前の意味です。ちょっと詳しい方であれば、「グレイ伯爵」であることはご存じでしょう。もうちょっと詳しい方は、外交使節として中国に赴任していた高官が秘伝とされた着香茶を英国に持ち帰りグレイ伯爵に献上したということまでご存じでしょう。もうひとつは香りです。アールグレイをはじめて飲んで何の香りか答えられる人はいないでしょう。日本の食文化にはない香りです。ある方は「仏壇臭い」といっていました。ちなみに上にも書きましたが、ベルガモットの香りで、ベルガモットとは、肉料理や魚料理の匂い消しなどに用いられる、南イタリア・シシリー島の柑橘類です。
 この「未知」が醸し出す「大人っぽさ」とでもいいましょうか、なにがしかの価値が生じているように見えます。まず「アップルティーが好き」とか「ストロベリーティーが好き」っていうのは、どうもおこちゃまイメージが付随してくるように思うのです。あるいはジュースみたいであんなの紅茶じゃないと思っている人も少なからずいると思います。アールグレイはおなじフルーツの匂いであるにもかかわらず、そのことは認識されないまま(あるいは見ないで)、なんだかエキゾチックな「不思議さ」というベールに包んでしまって、未知であるが故に価値があるような気がしているのではないでしょうか。「未知」と書きましたが、もちろん「既知」の方もいらっしゃるでしょう。しかし相手が「未知」であれば、十分効き目があるのです。「なんだか私の知らないモノをおいしいといって飲んでいる」あるいは単に「私の口に合わないモノをおいしいと言って飲んでいる」とおもわせれば、相手との差異が生じ、その差異によって優越感を感じます。実質的にはその差異に優劣があるわけではないのに、一方が一方的に優越感を感じていれば他方は劣等感を半ば強制的に感じてしまっているのです。アールグレイを好きだと言うことで、このような根拠のない価値を見いだし優越感にひたっているのです。
 かくして、「なぜ紅茶好きのアールグレイ好きが多いか」ということを屁理屈を駆使して説明してみましたが、何の根拠もない私の創作ですので、「そうだ」と納得するもよし、「なにゆってんねん、あほちゃうか」と思うのも読まれた方の自由です。でもここまで読んで下さったお暇な方、おつきあい下さりどうもありがとうございました。



誇示的消費






つづく


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