|
私と同世代(昭和30年前後生まれ)には、子供の頃にプラモデルを作った経験をお持ちの方が多いと思います。 私もプラモデルを作るのは好きでした。 なぜ好きになったか、自分の力だけで最初に何を作ったのかはもう思い出せません。 私の実家にある、私が生まれる前からあったような古ぼけた小さな飾り棚の中に入っているために忘れられないものがあります。 それは、旧日本海軍の航空戦艦 「伊勢」です。
制作したのは小学3年生の夏休み。 飾り棚の中に入っていたとはいえそこは所詮子供。 出してはお風呂に浮かべて遊び、遊んでは戻しを繰り返したため、パーツは紛失するか壊れ、修復のための接着剤(当時はチューブ入りが主流でした)でコテコテにしてしまい、飾り棚に入れる代物としてはふさわしくないものになってしまいました。
写真でも判るとおり、接着面が剥がれてしまったり、いくつかのパーツが紛失あるいは破損しています。
実測してみると長さ35cmですから、どうやら縮尺は1/600のようです。 当時の子供の目から見れば学校で使うモノサシ(30cm)よりも大きいものです。
小学3年生当時、夏休みを利用して、父の単身赴任先へ母とまだ幼かった弟とで遊びに行きました。 ある夜、父の同僚の人に誘われて風呂上りの夕涼みに商店街まで出かけ、駄菓子屋さんのようなお店に立ち寄ったときにこのプラモデルに目がとまりました(この頃は駄菓子屋さんでもプラモデルを売っていました)。 「飛行機をたくさん積める軍艦」という形の珍しさに惹かれたのでしょう。 私を連れ出してくれたその人が「好きなもの、買ってあげるよ」と言ってくれのには驚きました。 こんな大きなプラモデルは、お年玉のようにまとまった収入でもない限り買えませんでしたから、お正月でもない時期
での「無条件許可」はすぐには信じ難いことだったのです。
宿舎に持ち帰ると案の定、両親が驚き、事情を知って両親はその同僚(もしかしたら上司だったかもしれません)に対して恐縮至極。 当時のことは40年以上経過した今でも鮮明に思い出されます。
飾り棚の中に入れてくれたのは、親が「一人だけの力でここまでよく作った」というご褒美だったと思うのですが、お風呂で遊んだりしたおかげで見るも無残な姿にしてしまいました。
やがて「そこにある」というだけで自身も含めて家族の誰もが関心を無くしたまま、結果的に40年以上も「保存」されてしまいました。
|