ソニーから耳栓型イヤホンがでている。どの様なものかといえば、従来のイヤホンの耳に入れる部分が妙な薄いゴムで出来ていて、それが内側から押すので完全な密閉状態となる。音楽を流さなければただの耳栓である。
これは余の持ち物ではない。余の父親お持ちものである。今は旅行に行っていない故拝借したのである。父親は電車の中でこれを使うという。TMレボリューションとかのニューミュージックをポータブルプレーヤーで音量マックスにすると五月蠅くて聞けたものではない。しかし、クラッシックはマックスにしても音が小さく、電車などは論外で少しの喧噪によってでも害される。それをこの耳栓で遮断して音楽のみを聞かんとするものである。
余は健康のため、近くのスーパーまで歩いて行くことを習わしとしている。ただ歩いていては退屈するので、ポータブルプレーヤーで音楽を聞きながら行く。余の家の周りは静かでいいのだが、大通りを通らなくてはならなくて、その時、車の騒音で音楽がかき消されてしまう。だから、今日試してみた。今日はバッハの無伴奏チェロ組曲第二番・ニ短調を聞く。これがすべて聞ける距離である。因みに演奏は97年のヨーヨーマ。
イヤホンを付けて手を打ってみた。本当に耳栓である。しかし、再生して驚いた。マイクにふれる微かな風の音がはっきりと聞こえる。演奏が始まってもっと驚いた。まるでチェロの中に入ってしまったかのような錯覚に陥る。いつもの通りマックスで流したがそれでは大きすぎたので少し音量を下げた。最初は違和感があったがすぐ慣れた。
何がファンタジ−かというと、外を歩いているにも関わらず音楽以外何も聞こえないのである。自分の足音も呼吸音も衣擦れの音も何もない。人とすれ違ってもそれが何ら音を発しない。テレビを消音にして見ているのに感覚は近い。携帯電話で話している奴とすれ違ったが、にやにやしながら口を動かしているだけに見える。横を通り抜ける車の音は注意しなくては聞こえない。それも、ブーン、ではなく、サー、と聞こえる。そのうち大好きなサラバンドになったので音楽に集中していた。そして気がついたときにはすでに大通りにいた。だが、いつもなら五月蠅くて仕方のない車の音がほとんど聞こえない。微妙に不安になったので片耳だけ外してみるといつもの世界であった。また付けると本来音を出すはずのものが沈黙して、音楽と視覚だけの世界になる。これは、非日常的、非現実的な世界である。
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