とにかく走って走って走りまくった。
そしてついに!
栃木県足利市に突入!
車では何度も来たことのある足利だが、自転車で来たという感動にひとまず万歳。道しるべには見覚えのある地名がずら〜り。実は本来は佐野にいくつもりが、体力の都合上少しでも近い足利に変更したのだ。
よぉ〜し!群馬県太田市に突入!・・・・・!?ってなんじゃい!戻ってしまったのか?そしてまた足利市に突入。東和銀行のキャッシュの前でまた太田に入る。
東和銀行は足利市でその向こうは太田市なのか。そして再び足利に入った。
からくりはこうだった↓

407を→の方向に来て、何度も群馬県と栃木県を出入りしました。
国道50号を横切り、そのまままっすぐ自転車をこぐ。
そしてついに足利市街まで1kmとなった。いままでの冒険はそんなでもなかったが、今回はさすがに一つ県をまたいだのは事実。少々達成感がある。それにしても足利と太田がこんなに近かったとは。
このまままっすぐ進むと・・・
ついに渡良瀬川。そして足利の中心地が見えた。
ここで渡良瀬橋を渡るのだが、なんだかものすごい風→→。自転車ごと吹き飛ばされそうでまっすぐ進むとすぐに→に傾いた。
足利市・・・人口15万8000人で県内第3位。現在では観光都市としての色が強く、観光客数は年々増加している。隣接都市は太田市・佐野市・桐生市と、10万人を越えた都市が多く、群馬県とのつながりが強い地域。姉妹都市は鎌倉市。アメリカイリノイ州のスプリングフィールド市・中国の済寧市の3都市。
橋を渡りきり、市内に入っていく。
変な時計発見。
原理は分からないが、青い液体がポタポタしてて、時計や温度計の役割をしている。
なんとなく変わってたから撮影。
足利学校の前に来る。
足利学校は平安時代初期もしくは鎌倉時代に創設。室町〜戦国にかけて関東における最高学府だった。宣教師フランシスコザビエルは「日本国中最も大にして最も有名な坂東のアカデミー(坂東の大学)」と記し、足利学校は海外にまでその名が伝えられた。とウィキペディアに書いてあった(笑)
誰が建てたのか、いつ建ったのかがいろんな説がある。
そんな歴史が曖昧で論争になっているらしいです。
足利学校に到着! 中には入らないが、とりあえず来てみた。それにしてもな〜んかいい雰囲気だ。管理人はこういう日本な雰囲気が好きだ。京都・奈良・鎌倉なんかもイイ。
特に何をするでもなく足利学校を後にする。(予行だから走るだけ。)
寺に到着。
赤い四角のところの看板に「足利さん家」見たいな事が書いてあったような気がします・・・・・はいはいちゃんと調べますよ。

ほれ。地図。
「足利氏宅跡」らしい。ほ〜らあってた(笑)
鑁阿寺(ばんなじ)という寺で、正式には「金剛山 仁王院 法華坊 鑁阿寺(こんごうさん におういん ほっけぼう ばんなじ)」という。ようするに「足利さん家」だ(笑)
今でも御堀など当時の面影が残っている。国の重要文化財に指定されている。
南北朝時代はあの鶴岡八幡宮の支配下にあったらしい。
んで、調べていくうちに分かったことは日本100名城の一つだったこと! お〜こんなにすごいものだったとは。
織姫神社に向かう途中ハトが急接近。激写。右に何か白いものが入った。
織姫神社は写真撮って「はいさようなら」。
・・・・・・・・・調べます。
織物の守り神が祭られ、1200年もの伝統を持つ。足利名勝の一つ。同名の神社がお隣の桐生市にもあるらしい。
というわけで滞在時間20分くらい。足利よさらばだ。
今度は先ほどと違う道で帰ると、太田市街が見えたので撮影。
さっきは向こうを通ってきたんだ。
なんか407に出るまでめちゃめちゃ時間がかかった。
CCレモンを飲み干して再び走り出す。青で点滅していた信号を渡り、途中で赤になった途端、おまわりさんに「赤だよ」とスピーカーで注意される。ふざけんな。途中まで渡ってしまったのに仕方ないだろうが。戻れとでも言うのか。逆にみんなビックリして危ないだろうが。
ムカツキながらしながら走る。こういう時ってあのサツ(警察官)を懲らしめる妄想をしてしまうのは自分だけか。そうそう、ムカツク奴になんかされた後、どう始末するか妄想してしまうんだ。んで結局やらない。
埼玉に帰る。あとはずっと同じ道を走りまくる。
かなり疲れた〜と思ったが、その後同行した友達とゲームをして楽しむ。
思ったんだが、「行き」はいいが、「帰り」って同じ道とおるのは辛い。こういうときはまったく違うルートで帰るのが一番。次回はそうしよう。
さあ次回はついに! 2泊3日の「大冒険の書」だ。
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