◆空港公園
年間乗降客数が1,800万人を超える新千歳空港。千歳の空港の歴史は、大正15年10月22日午後1時20分、村民の手で造られた飛行場に酒井操縦士の操る北海1号機が着陸したことから始まりました。
国により新千歳空港敷地内に「空港公園・翼の広場」が整備され(平成7年11月に開園)、広場には、市民の寄付等により建立された3体のモニュメントが設置されていましたが、新しい国際旅客ターミナルの整備に伴い、平成19年に空港公園が廃止となりました。
そのため、千歳市が新たにオフィスアルカディア地区内にある広さ約1haの柏台公園にモニュメントを移設し、航空思想の啓発と空港の歴史を継承する場にふさわしい公園として整備されました。
空港から最も近い公園で、離着陸直前の機体を間近に眺めることができるなど、公園を通して多くの人に、千歳空港の歴史はもとより、空港・航空に親しみを持っていただくことが期待されています。
アクセス:南千歳駅より徒歩1分
【村民顕彰の碑】
(顕彰碑解説文より)
千歳飛行場ここに始まる
大正十五年、村民の労力奉仕で造られた小さな着陸場に歓喜に迎えられて複葉機が着陸した
昭和九年、千歳飛行場として開場し、さらに十一年まで村民による拡張工事が行われた
子供から老人まで共に汗を流した飛行場は、今、翼を世界に広げる
飛行場開設七十年を記念して村民の偉業を讃え、千歳市民の誇りとして碑を建立する
【北海1号機】
大正15年10月22日千歳村民が整地した飛行場に初めて着陸した小樽新聞社の三菱式R2・2型複葉機。
【酒井憲次郎操縦士】
明治36年7月新潟県中蒲原郡金津町(現 新津市)生まれ。
大正15年8月小樽新聞社に入社。大正15年10月22日、北海1号機で千歳初着陸。
昭和2年1月朝日新聞社入社。東京−大阪間旅客空輸に従事。飛行時間の累計記録で国際航空連盟より1928年度のハーモントロフィーを受賞。
昭和7年9月満州国承認調印式の歴史的な光景を収めたニュースフィルムを空輸の途中、暴風雨のため、日本海で遭難、殉職した。 (享年29歳)