HOME小説で学ぶ世界史と中国歴史>カーボベルテ共和国     

カーボベルテ共和国



  1974年4月25日に起きたポルトガルのカーネーション革命によってエスタド・ノヴォ体制が崩壊すると、 新たに誕生したポルトガルの左派政権は植民地戦争を終結させ、1975年中に各植民地で独立戦争を戦ってきた組織に独立を認めた。

  独立を目前にした1975年6月30日の選挙でギニア・カーボベルデ独立アフリカ党(PAIGC)は84%の得票を獲得し、 7月5日に初代大統領アリスティデス・ペレイラの下で、既に独立していたギニアビサウに続いてカーボベルデも独立を達成した。

当初PAIGCはカーボベルデとギニア=ビサウの国家統一を目指していたが、ギニアビサウでのカーボベルデ出 身者と本土出身者の間の対立が激しくなり、1980年11月にカーボベルデ系のルイス・カブラル政権が ジョアン・ベルナルド・ヴィエイラのクーデターによって崩壊すると、以降両国を統合しようとする動きは弱まり、 翌1981年1月にPAIGCカーボベルデ支部はカーボベルデ独立アフリカ党(PAICV)に改変した。 アミルカル・カブラルの時代から思想的にマルクス主義の影響を受けていたPAIGC/PAICVは国内に一党制を敷いたものの、 マルクス=レーニン主義やソビエト連邦からは距離を取り、アパルトヘイト時代の南アフリカ共和国を含む各国と実利を優先し た協調を軸にした政策を採った[24]。1990年にPAICVの一党制が廃止されると、翌1991年の議会選挙では民主運動が大勝し、 大統領選挙でも民主運動のアントニオ・マスカレニャス・モンテイロが勝利した。政権はアフリカを重視していたPAICVとは異なってヨーロッパを重視する路 線を打ち出し、1992年には国旗もそれまでの汎アフリカ色(赤、黄、緑)のものから青を主体としたものへ変更された。

  モンテイロは1996年に再選されたが、2001年の議会選挙、大統領選挙では共にPAICVが勝利し、ペドロ・ピレスが大 統領に就任した。ピレスは2006年も再選された。2007年にカーボベルデは後発開発途上国(LDC)を脱した。




TOP小説で学ぶ世界史と中国歴史>カーボベルテ共和国