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セネガル共和国



  1960年4月4日マリ連邦としてフランスから独立し、8月20日にはマリ連邦から分離しセネガル共和国として単独国家となった。 9月6日セネガル社会党 (PSS) のレオポルド・セダール・サンゴールが初代大統領に就任、親フランスの穏健改革路線で1980年12 月31日まで長期政権を維持した。

  1981年1月1日アブドゥ・ディウフ首相が第2代大統領に。1982年2月、ガンビアとセネガンビア国家連合を発足させた。 1982年12月26日、カザマンス紛争(英語版)。 フランス領であったセネガルとイギリス領であったガンビアの体制の違い、主 権問題、経済格差などの問題で対立し1989年9月にガンビアとの国家連合を解消した。ディウフ大統領は1983年、1988年、1993年 の大統領選で勝利した。

  2000年3月19日の大統領選決選投票でセネガル民主党 (PDS) のアブドゥライ・ワッド党首が当選(4月1日就任)。 4月5日ワッド大統領はディウフ政権で外相などを務めたムスタファ・ニアスを首相に任命(連立政権)。

  2001年1月7日、新憲法案が国民投票で承認され、大統領任期を7年から5年に短縮、議会を一院制とし議席 数も140から120に削減、さらに女性の土地所有権も認められた。国民議会選挙をめぐって連立与党内での対立が 発生し3月3日、ワッド大統領はニアス首相を解任、後任にマーム・マジョル・ボイを任命し、同国初の女性首相が誕生。 4月29日の立法議会選挙でセネガル民主党 (PDS) などの政党連合「変革」が120議席中89議席を獲得、進歩勢力同盟 (AFP) は11議席、 セネガル社会党 (PSS) は10議席、民主刷新連合 (URD) は3議席を獲得した。

  2002年5月の地方議会選挙でも、与党連合 (CAP21) が安定した勝利を収めた。これにより、 大統領選挙、国民議会選挙に続き、ワッド大統領はセネガル国民からの支持を三度にわたって獲得し、 1960年以来40年間続いた社会党政権からの政権交代を完了させ、国内政治を運営する上で安定した政権基盤を築いた。 9月26日、ガンビア沖でフェリージョラ号が転覆。事故調査委員会は乗員乗客1,220人のうち、1,053人が死亡したと伝えた。 軍が現場に船や飛行機を派遣したのが事故発生から12時間後であり、さらにフェリーは定員550人を大幅にオーバーし、 設計も湖での航行用だったため、サンボ国防相とサコ設備・運輸相が10月1日に責任を取り辞任。ワッド大統領は11月4日ボ イ首相以下全閣僚の解任を発表。PDSのイドリサ・セック副党首が首相になった。

  2004年、マッキー・サル内務大臣が首相に就任。同年12月10日、死刑制度廃止。同年12月30日、カザマンス和平協定締結。

  2005年に再び中華人民共和国と国交を樹立したため台湾とは断交した。

  2007年2月25日の大統領選挙でPDSのワッドが選ばれた。

  2012年の大統領選挙では、ワッド大統領の対抗馬として 立候補したマッキー・サル氏が3月25日の決選投票でワッドを破り、第4代大統領に就任した。




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